第六章:善き者には美酒を、悪しき者には四五口径の花束を/03
「シュヴェルトライテ、お前の知り合いか?」
――――互いに見合ったまま、唖然として動かぬ二人。
そんな二人に気が付いたアールクヴィストは振り向いて、護衛の女……シュヴェルトライテというらしい女に問いかけた。
すると彼女もまたアールクヴィストの方に視線を向け返しながら「え、ええ」と戸惑い気味に頷き返し、
「…………彼女、ジークルーネは私と同じ存在。私の妹よ」
と、苦い顔でアールクヴィストに説明した。
「ほう……?」
「ということは、例の酔狂な資産家が作り出した九人のデザイナーベビー。あの『プロイェクト・ヴァルキュリア』の産物か……」
シュヴェルトライテと呼ばれた女の言葉を聞き、興味深げに唸るアールクヴィスト。その傍らで、副官の三原もまたそう呟いて唸る。
「…………呪われた九姉妹、か」
そんな二人から一歩引いたところで、独り言を呟く長髪男がスッと双眸を細めていた。
「ジークルーネ、私も前に資料で読んだ覚えがある。シュヴェルトライテ、確かお前とは別の組織に買われていたはずだが。
…………ふむ、さしずめ生き別れの妹といったところか?」
「だがデニス、そうなると」
深刻そうな顔で呟く三原に「そうなるな」とアールクヴィストが頷き返す。
「つまり、このお嬢さんは我々を探ろうとしていた不届き者というワケだ」
その後でアールクヴィストは言うと、不敵な笑みを湛えながら鋭い視線で玲奈を射貫いた。
「…………」
――――マズい。
玲奈を見つめるアールクヴィストの真横で、瑛士はポーカー・フェイスを貫きながらも……内心ではひどく焦っていた。
敵に気付かれてしまった以上、探るも何もあったモンじゃない。幸いにしてアールクヴィストに発信器を仕込むことには成功したし、ここは逃げるべきだ。
だが……逃げるにしても、この状況だと逃げるに逃げられない。何よりも玲奈が完全に動揺した様子で、いつものように動けそうにないのだ。仮に玲奈が万全のコンディションであったのなら、或いは逃げ切れたかも知れないが……しかし、今の動揺した彼女では不可能な話だ。
こんなに動揺した玲奈を、瑛士は未だ嘗て見たことがない。無表情は無表情だが、しかし瑛士には分かる。今の玲奈はひどく混乱していた。それこそ、正常な思考が出来ないレベルで。
逃げるしかない。だが逃げるにしても、さてこの最悪の状況でどうするべきか…………。
「シュヴェルトライテ姉様、どうして……?」
「…………マスター、どうか私にご命令を」
動揺する玲奈を鋭い視線で射貫きながら、シュヴェルトライテと呼ばれた女はアールクヴィストに告げる。玲奈が瑛士を呼ぶときと同じように、彼のことを『マスター』と呼んで。
「折角出逢えた生き別れの妹だ、シュヴェルトライテ……それでも、お前はこの娘を殺せるのか?」
「それが、マスターのご命令とあらば。……私たちは、そのように作られているのよ」
「ほう? ならば結構。では――――命令だ。直ちにこの娘を排撃せよ、シュヴェルトライテ」
「――――命令受諾、任務了解。それが貴方の、マスターのご命令とあらば」
アールクヴィストの言葉にコクリと機械的な動作で彼女、シュヴェルトライテと呼ばれた彼女は頷き返す。
そうすれば彼女はバッと懐に手を突っ込み、ショルダーホルスターから素早く抜き放った自動拳銃を目の前の玲奈に向けて、動揺する彼女に向かって突き付けた。
――――H&K・SFP9‐SF。
他にはVP9という別名もある、ドイツ製の自動拳銃だ。軽量な樹脂フレームで、撃鉄無しのストライカー撃発方式のイマドキな拳銃。その九ミリ口径の銃口が、混乱する玲奈の小さな肢体をジッと睨み付ける。
「……悪く思うなよ、ジークルーネ」
「姉様っ……!?」
「ああくそ、世話の焼けるお姫様だよ!!」
こうなってしまっては、もうどうしようもない。
シュヴェルトライテがSFP9の引鉄に右の人差し指を触れさせる直前、腹を括った瑛士は手に持っていた銀のサービストレイを……上に乗っていたシャンパングラスごと、目の前のアールクヴィストに投げつけた。
そうして投げつけながら、ほぼ同時に瑛士は左手をズボンの後ろ腰に走らせる。制服の裾を捲り上げ、ズボンの後ろ腰に直接差して隠していた愛銃――――シグ・ザウエル1911を抜き放つ。
「むっ」
飛んで来たシャンパングラスとサービストレイを、アールクヴィストが咄嗟に掲げた右腕で防ぐ。腕に激突したトレイがガンッと鈍い音を立てて跳ね返り、ぶつかったグラスは彼のスーツジャケットにシャンパンを撒き散らした末に床へと落下し、パリンと音を立てて割れる。
そうしてシャンパンを腕で防いだアールクヴィストに銃口を向けつつ、サム・セイフティを解除しつつ、瑛士は吠えた。
「シュヴェルトライテっつったか!? 動くなよ、下手に動けばテメーのマスターの
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