第四章:遥かなる闇へと音も無く、白銀は月影に煌めいて/07

 そうして響子の案内で連れて行かれた先は、銀座にある超高級寿司店だった。

 ザギンでシースー……というのは死語も甚だしい上に、まあベタにも程があるのだが。とにもかくにも、何も知らぬ瑛士たち三人が連れて来られたのはそんなお高い店だった。

 店の近くにある適当なパーキングに停めた車から降りた瑛士たちは、響子の先導でその寿司屋の戸を潜っていく。

「らっしゃい! ……おっ、都田さんか。お久しぶりですよ」

「はい、久し振り。最近はチョイと忙しくてね、中々顔出す機会が無かったのさ」

 ガラガラと引き戸を潜って中に入ると、カウンターの向こう側に立つ店の大将や、板前の皆が歓迎した雰囲気で出迎えてくれる。

 響子の会話を聞く限り、どうやら大将とは昔馴染みのようだ。向こうから見た今の状況は、常連客が久し振りに連れを引き連れてやって来た、といったところだろうか。

「予約席はもう取ってありまさあ。ささ、こっちへ」

 どうやら響子が既に電話か何かで予約してあったらしく、四人分の席は既に確保されていた。といっても、瑛士たち以外に客の姿は今のところ店内には誰一人として見受けられないのだが。

 瑛士たちは板前たちに導かれるがまま、カウンター席の隅へと導かれる。どうやら響子、瑛士が隅の方の席を好むことを覚えてくれていて、わざと隅の席を指定してくれていたらしい。

 そんなカウンターの予約席へと、壁際から順番に瑛士・玲奈・遥・響子という順で並んで腰掛けた。

「アンタたち、好きなの頼みな。今日は全部アタシ持ちだからね」

「……しかし、それでは響子に悪いです」

「あーいいのいいの、遥ちゃんも構わずに好きなだけ食べなさいな。アンタたち若いんだから」

「そうだぜ遥。言い出したババアは頑固だからな、大人しく従っておいた方が得策だ」

「…………響子が良いなら、僕は良いと思う。……だから、サーモン握って欲しい」

「そ、そうですか……でしたら私もご遠慮なく。まずお刺身をお願いできますか?」

「アタシは酒だよ酒。いつも通り八海山、熱燗で出して頂戴な」

 というような少しのやり取りを経た後、響子の奢りということで皆は適当に寿司を……酒好きの響子は日本酒も一緒に嗜みつつで食べ始める。

「ったく、ババアは二言目には酒だって。おー嫌だ嫌だ……」

 そうして会食が始まるや否や、すぐさま日本酒を飲み始めた響子を横目に、瑛士が呆れたように肩を竦める。

「……? 瑛士はお酒が嫌いなのですか?」

 すると、そんな彼の反応を不思議に思った遥がきょとんと首を傾げていた。

 そんな風な反応を見せる遥に、隣で熱燗のおちょこ・・・・をちびちびと傾ける響子はニヤリとして、首を傾げた彼女に瑛士がそんな反応を見せた理由わけを説明し始めた。

「そう、遥ちゃんの言う通り瑛士は大の酒嫌いなのさ。ただ、別に呑めない下戸ってワケじゃあないんだよ。寧ろその真逆。コイツは呑ませたら最後、そこいらの連中が目ン玉ひん剥いてひっくり返るぐらいに強いのよ」

「つまり……駄目というワケではなく、単に嫌いなだけだと?」

「そういうことさね」

「んだよ、珍しいか?」

 皮肉っぽく肩を揺らしながら言う瑛士に、遥は「いえ、そうではありません」と彼の方を向きながら言って。続けて彼にこうも述べる。

「……そうではありません。好きではないのなら、無理をする必要もないかと。かくいう私も、お酒類はそこまで好きな方ではありません故」

「ちょっと待て、遥……まさか二十歳はたち超えてるのか?」

 今の遥の口振りからまさか、と思った瑛士が思わず彼女の方に振り向きながら問えば、翠色の瞳で視線を合わせてきた彼女は「ええ」と頷き、

「一応、歳は今年で二一になります」

 と、ある意味で衝撃的なことを口にした。

「マジかよ……」

 これには思わず瑛士もぽかーんと間抜けに大口を開けてしまう。

 …………身長一四三センチの小柄な見た目に、そしてこの可愛らしい容姿だ。彼女には失礼だが、正直言って瑛士は彼女のことを十代半ばか……よっぽど多く見積もって十八、九ぐらいだろうとばかり思っていた。

 それが、まさかの成人年齢超えだ。とてもそうとは見えない容姿だけに、瑛士はこんな風に間抜けな顔をして驚いてしまっていたのだ。

「なんてこった…………」

 その事実を知ってしまった瑛士に出来ることといえば……ただ、物凄く複雑な表情で頭を抱えることだけだった。

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