第四章:遥かなる闇へと音も無く、白銀は月影に煌めいて/06

 ――――夜の帳が降りた中、眠りを知らぬ不夜城と化した煌びやかな都内を走る。

 僅かに開けたサイド・ウィンドウから吹き込むのは、冷たい冬の夜風。街明かりに満ちた通りの中、僅かな夜闇をヘッドライトの光で容赦無く切り裂きながら、優美な佇まいの白銀の機影が滑るように走り抜けていく。

 カーステレオで流すゆったりとしたバラードは、岩崎宏美の『Street Dancer』。一九八〇年の曲だ。相変わらず瑛士の邦楽の趣味は妙に古いというか何というか。とはいえ、夜風に冷えた冬の都内を流すには悪くないチョイスだ。

「遥、ちっちゃくてかわいい。抱っこしてもいい?」

「……あの、そう言われましても」

「髪の色もおそろい。なんだか……親近感?」

「その点に関しては、私も同意です。奇遇ですよね、本当に」

「僕と遥、友達に……なれる?」

「そう言われましても……今はまだ、なんとも」

「出来ることなら、僕はなりたい。遥は、いや?」

「…………いえ、嫌ではありませんが。貴女とお友達になるには、私はまだ玲奈のことを知らなさすぎる故」

「へーき、へーき。そんなの関係ないよ。友達になろうと思ったら、その時からもう友達だって、マスターが言ってた」

「マスター?」

「エイジのこと。エイジは僕のマスターだから」

「は、はあ……? そうですか、瑛士が玲奈のあるじなのですね」

「うん」

「……そういうことでしたら、構いません。私でよければ、玲奈のお友達にしてください」

「やったー。うれしい、今日から僕と遥は友達」

「ふふ……よろしくお願いしますね」

 右肘を窓枠に掛けながら、相変わらずのラフな片手ハンドルで運転席の瑛士が街中をゆったりと流す中。そんな彼の真後ろ……WRX‐S4の割と広い造りの後部座席では、玲奈と遥が何やらじゃれ合っているというか、奇妙なやり取りを交わしていた。

 玲奈のいつもの調子に翻弄されていると思いきや、遥はちゃんと正面から彼女の相手をしてくれている。話を聞いている限りだと、玲奈の友達になってくれたようだ。

 遥もまた玲奈と同じように表情の変化が少なく、感情の機微がどうにも分かりにくい女の子ではあるが……彼女もまた、ちゃんと感情を持ち合わせているらしい。

 今なんか、間延びした声で子供のように喜ぶ玲奈を横目に見ながら、ふふっと柔らかな微笑を浮かべているぐらいだ。その穏やかな微笑みは端正な容姿も相まってなのか、瑛士でさえもがバックミラー越しに一瞬目を奪われるぐらいに魅力的な微笑みだ。

 実を言うと瑛士は最初、遥に対して氷のような……文字通り冷酷な印象を抱いていたのだが。どうやらそれは完全に間違いだったようだ。長月遥は決して冷酷ではない。寧ろ、ニンジャとしてはどうなのかというぐらいに優しい心の持ち主みたいだ。

 そんな彼女が玲奈と友達になってくれたことは、素直に嬉しい。玲奈に自分以外の付き合いというか、自分以外に関わる人間が増えることは……瑛士にとっても好ましいことだから。

「…………」

 後部座席の二人が談笑する気配を背中越しに感じつつ、S4を走らせる瑛士。微かに照らしては過ぎ去っていく暖色の街灯、街の夜景に照らされる彼の横顔をチラリと横目に眺めながら……助手席の響子は独り、彼に対し内心で静かにこう思っていた。

 ――――コイツは、瑛士はあの頃から何も変わっちゃいない。あの頃と同じように、今でも……湿っぽい、悲しい顔のままだと。

 あのことを、真実を伝えるべきか否か。どうするべきか……判断するにはまだ早すぎる。もう少しだけ、彼の様子を窺おう。あのことを彼に伝えるのは、それからでも決して遅くはない。

 響子はそう思いつつ、助手席のシートに深く身を委ねた。

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