第17話 weapon of mass destruction


暗い空を、人は夜と呼んだ。


夕日に混じって夜が来る。


異形のモノを、ヒトは化物と呼んだ。


夜に混じって化物が来る。


かつてヒトは化物を倒し、殺し、その命と地と血を奪った。


理由は彼らが化物だから。それで十分だった。


明るい空を、人は昼と名づけた。


朝日とともに昼が来る。


光が辺りを照らし、ヒトは初めて化物の姿を目にする。


化物の死体はヒトによく似ていた。


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 会合が終わると、スズ達は大通りに面した宿用の家屋に一泊することになった。その宿まで案内したグラスゴゥ本人は、仕事があると言って街へ消えた。


 スズは知らなかったが、今日会った獣人のジブと妖精のスクルドは首に金が懸けられている人物であった。しかし、よく考えてみれば、反政府組織の幹部なのだから当然である。このことはマタイも知らなかったようで、マルコからその話を聞いた時には「だからあんな辛気臭い場所に居たのか」と納得していた。


 宿に着くとすぐに、スズは独り寝室へと向かった。やはり、酒は苦手だった。それに、酔っていると、タイガのことを思い出してしまう。いくら想っても、二度と会えないのだ。ならば酔と共に覚ましてしまったほうがいい。そう考えたスズは、ドアを開けるとそのままベッドに身を投げた。浅い。


 スズ以外は一階の居間の部分に集って束の間の休憩をしていた。あぐらをかいて剣の刃を布で拭きながら、マタイは何とはなしに尋ねる。「あの小人だって、洞窟に引きこもっていれば安全なんじゃねぇか?」


 新聞をめくりながらマルコは答える。「彼には彼の任務があるんだ。流通するモノ……資材、食料、奴隷、水、その量や頻度、それらを間近で見れば、帝国が何をしているのか、よく分かる……今はこういうのもあるしな」そう言って、マルコはバサバサと新聞を振る。「玉石混交だが、稀に良い情報が手に入る……マタイも読む?」


「いやぁ俺。字ぃ読めねぇし」マタイが酒瓶に手を伸ばしながらぼんやりと口にすると「アンタ魔法使えるんでしょ?」とルカが読んでいた本を勢いよく閉じて目を丸くした。


「別に。本読まなくても他のヤツが言ってること真似すりゃいいからな」


 ルカは唖然として、酒をラッパ飲みするマタイから視線だけをミシェルに移す。


「や、アタシは読めるわよ。でもマタイみたいなのも珍しく無いわ……まぁ現場仕事だとこんなモンよ」ミシェルは自分も同類だと思われたくないのか、少し早口になった。


「それよか、俺はハンナが字ぃ読める方が気になるね」マタイは一気に瓶を空にして顔を赤くしている。


「ん~なにそれ?ルカが教えてくれたんだ。いいでしょ」


「うわ、キツそうだな……」


 舌を出して露骨に嫌そうな顔をするマタイをルカが横目で睨む。「何?教えてあげよっか?」


「嫌だね」マタイはヘラヘラと笑いを返し、次の酒瓶に手を伸ばす。


 しかし、彼がそれを取ろうとした瞬間、ルカがヒョイと奪い取る。マタイが焦り混じった声を上げると、彼女は自分が持っていた瓶をマタイの股ぐらに放り投げる。


「アンタにはコレで十分」


 ルカが投げた瓶のラベルには「」と書かれていた。


「馬鹿言うな。酒かえせよ」


「それもお酒だよ」


「違うな。コレは茶だろ?匂いでわかる」


 マタイは焦点の定まらない眼ではっきりとそう答えた。


 ルカとミシェルはそんな彼の姿を見てついに吹き出してしまった。


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「よし、僕はもう寝るとしよう。早朝には発つ。皆も体を休めておいてくれ」


 新聞を読み終えたマルコの声にハンナが生返事をする。彼はコップに入った水を一気に飲み干すと、マタイ達が騒ぐのを気にもとめず寝室へと向かった。


 それを見たマタイは、何か思い出したように辺りをキョロキョロと見回す。「あれ、そういやスズは?」


「飲むとすぐ眠くなるって」


「ところで彼、スズとか言ったっけ?……死なないって、何かそういう魔法でもあるワケ?」スズという名前に反応したのか、ミシェルが不死という点に疑問を呈すると、ルカがマルコの置いていった新聞を手に取って答える。


「千人分くらい集めれば、一日寿命を伸ばすくらいなら出来るかもしれないけど、非現実的。……スズは神と出会ったら、不死身になったって」


「神ぃ?何それ?どうやって会うのよそんなもん」


 ミシェルはルカの目の前の席に腰をおろす。マルコが座っていた所だ。


 この場にいるもの全員は神の存在自体は認めている。というよりも、そのようなものであるとして生まれ、生きて来たのだから疑うということをしていない。それは例えば、日本に生きる人にとって、1分が60秒であることと何も変わらない。


 ミシェルの発言は神存在への疑いではなく、「どうすれば神に会えるのか」という手段への問いである。少なくとも、この世界におい、神は「死んだら会える」存在とは考えられていないのだ。


「死んだんだって」


 ミシェルの何気ない問いに、ハンナがさらりと返す。それを聞いた彼は、眉を垂らして肩をすくめる。「死んだぁ!?どうやって生き返ったのよ。それも神ってワケ?意味分かんないんだけど」


 しかし「アタシ達も意味分かってないよ。でもたぶん、そうなんじゃない?」と彼女があまりにも事もなげな顔をするので、ミシェルは肩を落とし、大きくため息をついた。


「今は神に思いを巡らしてる暇はないの」ルカが新聞の上の方から眼を覗かせてミシェルを睨む。「『スズの身体は不死身』。彼がこの旅で重要なのはそれだけ。彼の出自なんて何の価値もない」


「……冷たい女ね。アタシの魔法の方がまだ暖かみがあるわ」ミシェルは眼の前の魔女がスズの存在について一片も気にしていないことに呆れ、片肘をつきながら、酒の入ったグラスを傾ける。


 そんなミシェルの小言など意に介さずに、ルカは再び新聞の文字を目で追いかける。しかし、会話を聞きながら何か考え込んでいたマタイが彼女に声を掛ける。「そういえばアイツ、違う世界から来たって言ってたけど、違う世界って何処だ?」


「さぁ。興味ない」


「でも、なぁんで神は彼を不死身にしてまで、この世界に生き返らせたのかしらねぇ」


「少なくとも爆弾にするためじゃねぇな」マタイが自分の言った言葉でケラケラ笑うと、それにつられてミシェルもおもわず失笑した。


 ルカは新聞紙の向こう側から彼らのやりとりに冷ややかな視線を送る。「神に意味を求めても無駄よ。あとこの議論も」


 ルカがぶっきらぼうにそう答えると、マタイは確かにそうだなと頷いた。


「ならルカ。お前の『爆裂魔法イノセント』……だっけ?本気出したらどれくらいの破壊力になるんだ?」彼が顎を撫ぜながらルカに質問すると、ルカは新聞に顔を埋め「ん?街一つくらい」と何気なく答えた。


 街一つ。その答えにマタイとミシェルは言葉を失った。彼らの知る限り魔法は個の技術であったからだ。人対人の戦闘においてそれは強力な武器となるが、戦況をひっくり返すほどの力は持たない。


 なぜなら魔法の習熟度合いは人によって様々であるし、たとえ熟練者の使った魔法であっても自分の周囲10数mに効果を及ぼす程度の影響しか無い。しかし、『爆裂魔法イノセント』は彼らの常識を覆す、大規模な破壊を生む魔法であった。


「街一つ……体力もつの?」


 ミシェルが疑問を抱いた点はそこだった。魔法は使用者に多大な負担をかける。眼の前のヒョロヒョロの魔女に、街一つ破壊するほどの魔法を使う体力が有るとは思えなかったのだ。


 魔女は新聞を畳んで机の上に置いた。「この魔法、全然体力使わないんだ。だって普通に使ったら死んじゃうからね。そのかわり魔力だけは大量に食うんだけど……でも、スズの身体って魔力も相当あるみたいなんだよね」魔女は黒い瞳を輝かせながら不敵に笑う。

 

 ミシェルはその瞳に映された狂気に舌打ちをした。


「……不死身の身体に、底なしの魔力。見ようによっちゃバケモンだな」


マタイが薄ら笑みを浮かべて呟く。その呟きに各々が反応する。


「神が寄越したんだから、神の使いじゃない?」


「スズはヒトでしょ?」


「兵器よ。今はね」


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 一方で、ルカ達が居間で実りのない会話を始めた頃、マルコはスズの眠る寝室へと向かっていた。立て付けが悪いのか、扉を引くと鈍い音が鳴る。その中に混じって布の擦れる音がしたので、マルコは手に持った燭台を掲げ、部屋をぼんやりと照らした。


 すると、スズの顔が天井ではなく、こちらを向いていることに気づき、物音を立てて眠りを妨げてしまったことを侘びた。


「あ、いや。お酒飲んだから眠りが浅くて」


「水でも飲む?持ってこようか?」そう言って彼は扉に手をかけるが、スズは寝台の横に置いてある瓶をマルコに見せて、水を貰ったから必要ないと断った。瓶には「ミズ」と書かれたラベルが貼ってあった。


「そ。……ん?スズ、君は字が読める……よね」マルコは一瞬納得しかけたが、少し違和感を覚えてスズに尋ねる。


「え?うん……そう言えば読めるな。習ってないのに」手に持った瓶を見る。漢字やアルファベットではない記号がそこに印字されていた。しかし、自分はそれを読める。


 何故、今まで気づかなかったんだろうか。まるで、元々母語話者であるかのようにスズはこの記号を自然に受け入れていた。


 呆然とラベルの文字を眺めているスズに、マルコは質問を重ねる。「そう言えば、サンカで、スズはアンドロに連れられて図書室に行っていたね。書のタイトルの意味は解った?」


 マルコに言われて、図書館での出来事を思い出してみる。自分は何も読んでいないけど、確か、タイガが本を一冊とった筈だ。それは、詩集だった気がする。


 ……あぁ、くそ、読めてた。スズはコクリと小さく顎を下げる。


「ああ……あんまりにも君が自然に振る舞うから……スズ、神は君に素晴らしい力を与えたみたいだね。来たこともない地に降りたその時から、僕らの言葉を扱えたんだから」マルコはそう言いながらベッドに近づく。

 自分が褒められている訳ではないが、素晴らしいと言われて、スズは悪い気はしなかった。しかし、直後に肩をマルコに掴まれて緊張が走った。かつて馬車で叱咤された記憶が蘇る。


「何故、神は君にそんな力を与えた?……しかも、不死身の肉体付きだ。スズ、何か心当たりは有るか?」


 その言葉には怒りは感じられなかったが、スズは申し訳さを抱いた。それは、スズが今まで神から受けた「預言」のことを誰にも言っていなかったからである。


 何故、スズは黙っていたのか。一つはスズが「預言」について何一つ理解していなかったからである。預言はあまりにも抽象的、というより明確な対象を言っていなかった。なので、上手く人に伝える準備が出来ていなかったのだ。もう一つは、この世界に来てから短時間の内にいろんな事が次いで起こった為、彼が単純に忘れていただけだ。


 マルコの眼力の強さに圧倒されて、スズは神に言われたことを、思い出しながら語った。


 神を騙る者たちがいること。手段は問わないからその人を導くこと。そして、自分はその預言を受け入れるしか無かったということ。


 はじめは眉間にシワを寄せて話を聞いていたマルコだったが、スズが口を閉じると、肩を震わせ、顔を綻ばせた。


「なるほど。スズ。問題ない。預言は為されているよ」


「?……意味が解ったの?」


「神の言うことに意味なんてないさ」マルコはそのまま向かいのベッドに腰を下ろし、燭台をナイトテーブルに置いた。「こっちが解釈するだけ。大丈夫。きっと上手くいくさ」


 そう言ってマルコは横になりそのまま、寝息を立て始めた。


 何がなんだか分からなかったが、脳に残ったアルコールと中途半端な睡眠が魔物となってスズを襲った。彼は今度こそ、深い眠りに落ちた。

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