第16話 いざこざの間に陽が沈む

「なぁんでアタシが…」カチャカチャと乱暴に音を立てながら、ミシェルは不満げな顔でステーキを口に運び、何度も何度も咀嚼する。そして、グラスに並々と注がれている果実酒でそれを胃に流し込む。


 会合が終わると、スズ達はアジトの料理店で夕食をとっていた。レヴィの姿は見えないが、何故かミシェルが出席していた。


 彼は苛立っていた。


 あの長い会合の後、レヴィに「マルコ・ルフスの護衛」を命じられたからだ。抗議し、その理由を問いただしたが、上司は口を開けて笑い「ま、これもいい経験になる」と、何にも答えることはなく彼の肩を叩いた。そしてレヴィは待機させていた数人の騎士を連れ、帝都へと先に馬を走らせた。その中には、彼が懇意にしている部下のルイも居たのだ。せっかく帝都という最先端の街に行けるというのに、急な命令の所為で台無しになってしまった。


 ミシェルが数刻前のことを何度も思い出しながらイライラしていると、隣りに座っている獣人のジブがつっかかってくる。「なんで騎士団からの援助がお前なんだ?ああ?」獣人は皿の上に置かれた肉を鷲づかみにすると、大口を開けてかぶりつく。クチャクチャと音を立てながら、ミシェルの肩に肘を乗せる。「何考えてんだ?アンタの大将」


寄っかかるジブを払い除け「知らないわよ!」と顔を近づけて怒鳴る。耳元で急に大声を出されたので、ジブはしかめ面で耳をふさぐ。それを見ていたスクルドは、もう少し静かに物を食えないのか?と小言をはさみながら口元を布で拭く。


「余計なお世話よ!」ミシェルは金切り声を上げた。


ジブとスクルドは互いに目を合わせ、深く溜息をつく。


 東国騎士団からの増援であるミシェルをあまり軽率に扱いたくはない。しかし、現状、彼は自分の役割について不平不満をギャーギャーと喚いている。正直、あまり関わりたくないし、できればレヴィとかいう男に突き返したいのだが、彼は今や帝都へ向かっている途中だ。


 普段であれば、面倒くさい奴は、物腰の柔らかいイグァが相手をしているが、彼女は現在、他の集会へと出ている。今日決めたことを、解放軍レジスタンスの他の組織員に伝える為だ。ジブとスクルドは共に、獣人・妖精のリーダであるが、ジブは粗暴、スクルドは少々傲慢なところがある為、他種族に意思決定を伝える役割は向いていない。理知的で相手に感情が読まれにくい竜人の彼女は、そういった役割に向いているのだ。「あ~あ、イグァが二人いればなぁ……」とジブは小さく独り言を呟いた。


 グラスゴゥも言葉遣いは少々荒いが、感情よりも理性を優先させるタイプである。しかしルフス家と解放軍のパイプ役・及び山脈出身の小人族のリーダであるという特殊な立場にある為、彼が伝達役になることは無い。これは、会合がルフス家・小人族以外の第三者を交えて公正に行われたことを組織員に示すものになっている。


 乱暴に目の前に置かれた食べ物を口へ運んでいるミシェルの後ろから、マタイが声を掛ける。「おいミシェル、ガタガタ喚くなって」それを聞いたミシェルは首だけでマタイの方を振り返ると、「はぁ?」と語気を強めて返事をする。「なによ!元はといえばアンタがするからでしょっ!?」


「お前ぇも知ってんだろ。アイツは殺されて当然のやつだ」マタイはミシェルの眼を見ながら淡々と答える。「それに、お前だって、俺んとこの大将を殺そうとしたらしいじゃねぇか!」


「別に殺す気なんて……アンタらがピリピリし過ぎなのよ。それよりこっちだって死にかけたんだから!」ミシェルは席を立つと、マタイの肩を強く掴みながら、彼を睨みつけた。「『死なない』からってやって良いことと悪いことがあんでしょ!?」


 スズの身体のことは、ミシェルがマルコの護衛役に決定した際に亜人達への説明と共に行われた。亜人達が訝しげな反応をする中、ミシェルだけは、スズが眼の前で自分の手を握りながら自爆した奴隷であることを認識し、恐怖に慄いた。


 体を震わせながら、貧弱な奴隷に怯える騎士の姿を見て、亜人達もスズがタダモノでは無いことを悟ったようだった。


「いいじゃねぇか。どっちも生きてんだから」


「アンタ……そういうとこ嫌い!」


騒いでいる彼らを見て、卓の向かいに座っているグラスゴゥがマルコに耳打ちをする。「いいのか?マルコ。こんな奴を引き入れて」


「性格に難はあるけど、彼は優秀な戦力になる。一度手を合わせたから分かるよ」


マルコがそう答えると、ルカが二人の間に割って入る。「でも彼、爆裂魔法を喰らって生き延びるなんて、やっぱり東の奴らは頭おかしいんじゃないの?」


「お前さんのその魔法がどれほどかは知らんが……しかし、あのレヴィとかいう男も信用できるのか?元々帝国軍に居たやつだぞ?」


 グラスゴゥはやはり、今回の事態にはとても慎重になっているのだろう、事あるごとにマルコと論を交わしていた。


「出来る出来ないじゃなくて、信用はするものだ。ま、計画に支障はでないよ」


「……自信があるのは結構だがなぁ……」


グラスゴゥは不満を漏らしながらも、再びマルコとの議論に入った。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


(あぁ、話すこと無いなぁ……)


 スズは、どうにもこういった大勢で食事を取る機会は苦手であった。特に初対面の人との会食など、元来人見知りである彼にとってはできれば避けたいものである。


 大抵の場合、近くの知り合いと喋ってその場を切り抜けてきたのだが、今は隣りに座っているルカもマルコも、小人の男と何やら小難しい会話を続けているため、スズは無言で眼の前に出された食べ物を口に運ぶくらいしか出来なかった。


 そもそも、地下室での話し合いの内容もロクに頭に入っていないスズが、そんな会話に入っていけるはずもない。マルコやルカが説明していたことは宮殿で既に聞いていたので分かった。これからの作戦にも大きな変更はないことも理解できた。

 

 けれど、亜人がどうとか、国がどうとか、よく理解できなかった。日本で暮らしていた時だって、そういった話はニュースで耳に入れた事はあったが、深く考えたことは無かった。地下室では、違う世界でも同じようなことはあるんだなぁ、くらいにしか思っていなかった。


 もしかしなくても、自分は、自分に直接関係する事以外への興味が薄いんだろう。だから、人との会話も続けるのに苦労するし、難しいシャカイの話は理解する気も起きない。薄情な男だ。と心の中で自嘲した。


 そんなことをぼんやりと考えていると、先程からハンナの姿が見えないことに気づいた。彼女と同じ獣人であるジブは、すぐそこで肉を食べているのに。


 スズはルカに断りを入れると、奥にある階段から二階に上った。二階には扉が二つ。この店で働く竜人の部屋だろうか。扉を開けてみるが、部屋には誰も居ない。スズは肩を落とすが、ふと廊下を見渡すと、窓が開いていることに気がついた。


 スズは窓から身体を乗り出し、ウルクの市街を眺めた。


 世界は夜になろうとしている。


 夕暮れで西の空が虹色に輝き、街の大通りには滲んだ灯の光が並んでいる。


 ぼぅっとそれを眺めていると、頭上からハンナの声がした。「何見てんの?」彼女が屋根の上から僕を見下ろしていた。手には酒瓶が握られている。


「ハンナを探してたんだよ。何してるの?」


 スズがそう言うと、ハンナは腰を上げ、軽い身のこなしで窓の桟のところまで降りてきた。そして、僕の手を取ると、すごい力で僕を引っ張り、そのままジャンプして再び屋根の上に立った。


「話し合いとか会食とか、嫌いなんだよね。面倒くさくない?」そう言ってハンナは酒瓶を傾ける。


 スズは無言で頷く。


「だからここでちょっとね」ハンナは瓶を口から離すと、空になったそれを指でつまむように持つ。「スズだって爆発しちゃえばよかったのに。つまんない地下室でさ」そう言って、彼女は何処からか酒瓶を取り出しスズに投げ渡した。酔っているのだろうか、彼女は白い歯を見せて笑っている。


「それは無理だよ。僕だけじゃ」


「そうだった。ルカが要るんだった」


 少し冷たく、湿っぽい風が吹き抜ける。


「でも、ハンナだって久しぶりに仲間に会うんでしょ?」


「ん?いや、あの人達は違うよ?」彼女はすました表情で答えた。


「え?あ、あぁ、そうなんだ」


 意外な返答だった。しかし、よくよく考えれば、彼女は自分のことを解放軍だとは言っていない。


 スズは、ただハンナが亜人だからという一点で妙な確信を得ていたのだ。


「言ってなかったっけ?別に全員が全員同じ目的を持てるわけじゃないし。ん~まぁ、そっちはそっちで頑張ってくれたら良いんじゃない?」


「じゃあ、ハンナは何でマルコに付いて来てるの?」スズは南国に向かう馬車の中で考えていたことを聞いてみた。今なら、自然な流れで聞くことができるだろう。

 

「……ん~。ルカと同じ……かな?」


「同じって……?」ハンナも皇帝に恨みでもあるのだろうか。そういえば、ルカは何故、皇帝を殺したいなんて思っているんだろう?最初に言われたあの言葉の衝撃が強くて、その奥にある理由について考えていなかった。それよりも、これまでは人のことを深く考える余裕なんて無かったとも言える。


「まぁ、アタシもルカも、早く自由になりたいんだよ」


「自由……それは解放軍彼らと同じじゃないの?」


「違う。全然違う。少なくとも、アタシは種族とか国とか、どうでもいいもん」ハンナは顔をムッとさせ、少し早口になった。


「でもそれ、マルコが聞いたら怒りそうだ」


その言葉を聞いて、彼女は一瞬真顔になった。


スズは何か悪いことでも言ったのかと思ったが、彼女はすぐに口元を緩ませる。


小さなつぶやきが聞こえる。


「……どうだか」


ハンナが沈みゆく夕日を眺めながら目を細める。


空はもう殆ど濃紺に染まってしまった。


ハンナの言葉の意味を、スズはまだ解りかねていた。


スズは瓶を軽く傾けると、味わうでもなく胃に流し込んだ。


酒は不思議だ。飲んでも飲んでも、喉が渇く。

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