第27話 ピアノの聞こえない音楽室で②
音楽室の扉が開いた音がした。ピアノの演奏が止んだ。
「そうだ、そうだ。カギかけるの忘れてた」
「しまった。ここで、友達と待ち合わせしてるの雪姫に言うの忘れてた」
「おー、おー。なら、雑音の知り合いか。うん、うん。お前、友達いたの?」
「その言葉、そっくりそのまま返してやろうか?」
「あたしに友達はいらない。人間強度が下がるから」
「そのセリフちょっと格好いいと思う」
雪姫は口の端を上げて、静かにピアノを弾きだした。
音楽室の扉は控えめに開いた。
明るい色の長い髪の毛をした女の子らしい女の子、美月が音楽室を覗き見てる。俺を見つけると歯を見せて笑ってから、眉を下げて口を開いた。
「ごめーん、しぐれーっ。すっごく遅くなっちゃった。えっ、なにこの木枯らし、上手。でも、どこかで聞いたことあるわ。去年、仙台か浜松のピアノのコンクールに出てたピアニストかしら」
音楽室に入ってくるなり、美月はそんなことを言う。多才というか教養が深いというか、さすがだな。
あれ、ピアノが止まっている。
雪姫は固まっていた。ピアノを弾く手が止まり、目を見開いて上の空を見つめている。
美月はゆっくり、音楽室に入ってきてピアノを弾いている演奏者がだれか確認しようとのぞき込んだ。
雪姫がいきなり立ち上がり走り出した。なぜか俺のほうを向いて、顔を隠しながら走ってくる。俺の椅子を思い切り引いて、俺を立ち上がらせて、俺の背中に顔をつけて隠れはじめた。制服が引っ張られて、雪姫の息遣いが聞こえてくる。力強く俺のブレザーを引っ張って揺らしてくる。どうにかしろとのことらしい。
「美月、おまえなにしたの」
「うーん、思い当たるような無いような。けれど、たぶん前に会ってるんだろうなってのはわかるわ。周りに当たり散らしてたことあるから、しょうがないわね。ごめんなさい、しぐれ。わたし、帰るわね」
「おまえ、ほんとうに皇樹 美月か?」
後ろを向いた美月に、雪姫が話しかける。
「わたしで間違いないと思うわ。たしか、奏さんね。課題曲、ショパンのエチュードで革命じゃなくて木枯らし選択してたのよね」
「ふーん、ふーん。丸くなったな」
「太ったって意味っ?」
ちょっと涙目になりながら、美月が叫んだ。
「あいつ最近、体重に敏感なんだ」
「うん、うん。乙女はそういうね。あたしは、わかんないけど。けど、本人っぽいな。人間、変わるもんだなー。おまえ、ずっと張り詰めてピリピリして周り怖がらせてた皇樹か?なんかすごいお嬢様の」
「そうよ」
雪姫がやっと俺の後ろから離れる。
じろじろと美月を見ながら近づいて行った。数歩距離を開けて、右側から顔を見ていた。
「うん、うん。やっぱ見てもわかんないや。あーっ、えっと、あの頃、あたしがモデルやってるって言ったら実は自分も……ブッ」
「やめて、その話はやめて。その話を続けるなら、あなたの舌を噛み切って、わたしも舌を噛み切るわ」
顔を真っ赤にして、気を動転させた美月は、雪姫の口を手でふさいで言う。
それに驚いて雪姫はふたたび俺の後ろから美月を見る。
「こわい、こわい。雑音、あいつ怖い。やっぱり怖い」
「よしよし。こわいのこわいの、あっちいけー」
「またーっ。また、こわいって言った。ひどいわ、しぐれ。傷ついたんだからっ」
「綺麗すぎてこわいって言ったんだ」
「やだっ、うれしい」
美月は、両手を顔に当てて、ほほを染めて体を揺らす。
「はははっ、ちょろい、ちょろいよ、あいつ。雑音、良い身分だな。チョロインに好かれてる」
「時代は俺に、ハーレムを求めてる」
「ない、ないわー。それはないわー。ハーレム欲しいならトラックにひかれたほう、早いよ」
「死ねって言った。俺に死ねっていった。 死んで異世界転生しないとモテないって言った」
「えーっ、うるさいなあ。じゃあ、学校ごと異世界召喚された世界で、守ってくれるならあたしもハーレムの一員なってやるよ」
「まだ? 異世界召喚まだ?」
「はははっ、わかりやすいやつ」
そんな話をしていたときだった。
グゥーーーッ。
甲高い腹の音のあと、重く響く腹の音がなった。
美月が自分かと疑ってお腹を触っているけど、どうやら違ったらしい。
「おい、食いしん坊」
「うん、うん。どうした、女好きの雑音。ああ、おなかへった。ダメだー。あたし、また倒れるかも」
「燃費悪いな」
「昨日、飯テロしてきた雑音がわるい。なあ、雑音、あたし我慢できないよ。焼肉たべたい」
今日だけで何回も焼肉食べたいって言ってるから、ほんとうに焼肉、行きたいんだろうなと思って笑ってしまった。
「美月、焼肉いこう」
「いくーっ」
万歳しながら美月が言った。
「3人で焼肉いくか」
「雑音、肉焼く係りね。あたしと皇樹でたべるから」
「やだよ。俺のトング食い、見せるときが来たか」
「なんだっけ、テニスだ。いや、テニヌだ」
「テニスじゃひとは死なないから、あの漫画テニスを超えたなにかだから」
「うん、うん。ちなみに好きなのだれ?」
「あと、ベッ」
急に肩を掴まれた。鬼の形相をした美月が立っていた。
「さまをつけろよ、デコ助野郎」
「しまった。王国民だ。だけど、捕まえたぞ、隠れオタク」
「あーっ、もうーっ。バレないようにしてたのにーっ。前の学校だと、漫画とかアニメは禁忌だったのよ。まさかそんなものに時間を使ってませんよね、とか先生にも言われてたのーっ」
「美月がカミングアウトしたから、俺も教えとくわ。実は俺、ドルオタだから」
「知ってるわよ。なんでバレてないと思ってるの? 花恋ちゃん見る目が完全にオタクのそれ。しかもたまに限界オタクになってるもん。わたしも我慢してるのに」
「ちなみに美月がオタクって気づいたの花恋が先だから。美月が携帯2台持ってて、1台のホーム画面が冬アニメのラブコメだって知ってたし」
「はやく言ってよーっ。頑張って会話に入らないようにするわたしがバカみたいじゃないの」
「計画通り」
「天宮兄妹、わっるいやつらだなー」
「そのうちアニメいっしょに見ようって誘おうとしてたんだよ。俺、録画してるから」
「みるーー。 みんなでワイワイ見たい。レジスタンスみたいなオタク活動は、さみしいわ」
俺は雪姫を見た。どうよ?って意味ありげな視線を送った。
「んー、んーっ。いいね、いく。あたしも誘ってくれ。って、おい、おい。誘っておいて、意外そうな目をするな。そりゃあたしは付き合いわるいけど、嫌いなわけじゃない。うるさいのは、嫌いなんだよ」
「言っておくけど、俺らうるさいぞ。ここからさらに、俺の妹とペットのトラがいる」
俺と美月を指さして言った。美月が心外そうな顔をしていた。
「知ってる、知ってる。雑音だけでうるさいのに、皇樹がいると、うるささが倍になる。けど、嫌いじゃないよ。あーっ、またお腹なったじゃないか、もうっ、焼肉、やーきーにーく。食べ放題な、ぜったい食べ放題メニューな!」
「焼いてやるから、いこうか」
「うんっ。わっ、奏さん!?」
雪姫が俺と美月の腕を引っ張る。もう待ちきれないと、ぐいぐい引っ張られた。
さすがに校舎を出ると放してくれたけれど、早足で歩いて、少し歩いたら振り返ってくる。それをひたすら繰り返していた。「散歩されている犬ってこんな気分かしら」と美月が楽しそうにつぶやいていた。
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