羽田さんの話①庭からの訪問者


「小さい頃、引越しが多かったんです。

 そのうちの一つ、

 ある貸家で変な体験をしました。」




家庭の事情でお母さんと妹と一緒に

少し古びた平屋の一軒家に引っ越したのは

羽田さんが小学校高学年の時でした。



その歳になる頃には

お母さんが家計のために働きに出るようになり

1つ違いの妹さんと2人でお留守番することが常になりました。




日が照り付ける夏休みのこと。


いつものようにお母さんがお仕事に行ったので

特にすることがない2人は、

廊下に面した障子をぴったりと閉めてエアコンをつけ、涼しい居間でテレビを見ていました。



(つまらないなぁ。)

そんなことを思いながら画面を眺めている、なんてことないくつろぎの時間。



突然、羽田さんはぴりっとした緊張感を肌で感じました。



和紙が貼られた障子の向こう側

廊下を超えた先に、

中庭と面した和室があります。



貼られているのが薄い和紙とはいえ

閉めてしまえば外の様子は伺いしれません。



しかし、

羽田さんはどうも、中庭に何者かがいるようなそんな気配を感じたといいます。



妹もまた、何かを感じてか

テレビから顔を背けじっと中庭がある方を睨みつけていました。



ただそこにいるならまだ良かった。


中庭にいる何かは、

こちらが気配に気づいたのを察知したかのように、動き始めたのです。




ギシッ、ギシッ



中庭にせり出した縁側が軋み、

静まり返った家の中に音が響く…




静まり返った…?




羽田さんはつい先程まで見ていた

テレビの方を振り返りました。



映像は変わらず映し出されていて

賑やかな色彩を放っている、

なのに、全く音が聞こえませんでした。




ここで羽田さんはいよいよ

自分たちの身に良からぬ事が起きていると

察しました。



「同時に思ったんです。

 あの存在に気づかれちゃいけないって。

 なんでか分からないけれどまずいことに

 なる気がしたんです。」




ひりつくような緊張感の中で

顔だけを静かに動かし妹の様子を伺うと、

彼女もまた同じように感じていたようで、

障子を睨んだまま固まっていたのです。



羽田さんもまた障子を見て、

息を飲みました。




廊下にいるだろう何者かの影がそこにあったのです。



背が低く、腰を屈めるようにして歩くそれは

明らかに老婆の姿そのものでした。





ギシッ


ギシシッ


ギシッ


ギシシッ



影がゆっくりと動くごとに

廊下の床板がきしんで、音が鳴ります。




それは、聞き間違えなどではなく

明らかに人の重さを感じるような音。



ゆっくりと目の前を通り過ぎた影は

そのまま引き返って来ることはありませんでした。




しばらく物音一つ立てられなかった2人ですが、テレビの音がまた聞こえるようになったことに気がつき、ようやく動けるようになりました。



羽田さんが真っ先に向かった先は固定電話です。



何者かは分かりませんが、

影は廊下を行ったきり戻ってきません。


つまり、影の主はまだ家の中のどこかに潜んでいる…。

もし、廊下の突き当たりにあるトイレに隠れていたとしたら?


この危険な状況をなんとかお母さんに伝えなくてはと思い立っての行動でした。



電話は繋がったのですが、あまり真剣には取り合ってもらえず、仕事が大事だとつっぱねられ、結局お母さんが帰ってきたのは夕方ぐらいだったといいます。




その間、何者かが家から出ていくことはなかったというのに、

お母さんが探しても、人の姿は見つけられなかったのでした。



関係があるかは分かりませんが、

羽田さんはこの日以降頻繁に金縛りにあうようになったそうです。

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