35 匂いに関する話


世の中には、霊を見るだけでなく、

臭いを感じ取れる人もいるそうです。



姿はないのに、

特定の人物の体臭や香水が香ったり、

お線香の匂いがしたりと様々ですが、

それらを引っくるめて霊臭と呼んでいると

伺いました。




今回は匂いにまつわるお話を2つさせていただきます。




1、くるみ


私は介護士として、老人ホームで働いています。

これはまだ私が新人だった時のお話です。



現場に入って働き半年経ち、

業務はまだつたないものの、

一通りこなせるようになっていました。



その頃には、

ターミナル(終末期)ケア、

すなわち最期の時が迫ってきた方の

介護をさせていただくことも増え、

悲しい別れを体験するように。



私はまだ経験が浅く、重い気持ちを抱えながらのケアに憔悴することもありましたが、

経験豊富な先輩方は、

いかにその人らしく最期の時を過ごせるかを

考えて、適切な対応をされていました。



ターミナルケアは経験を重ねるしかない、

そう言われるぐらい、予習や座学では知識が追い付かない、難しいケアであります。



一番ベテランなAさんとBさんは、

ご本人様だけでなく、

ご家族様の心のケアまで出来るほど、

経験をつまれていらしたのですが、

そんな彼らでも、

利用者様がターミナル期に入られると、

顔をこわばらせていました。



利用者様との別れが近いから、というのも

ありますが、2人は口をそろえて、

「嫌な臭いがし始めるから。」と言います。





なんでも、利用者様の死期が近くなると、

その方のいる部屋から、線香の臭いがし始め、状態がすすむほどその臭いが漏れだし、

最終的には、フロア全体に線香の臭いが充満するのだそうです。




彼らはその臭いについて、

「その人から出ている臭いとは違うの。

 ほら、酸っぱいというか胃酸のような、

 内臓が腐ったような臭いがするじゃない?

 そうじゃないのよ。

 本当にお線香の臭いがするの。」

と度々力説するのでした。




私は全く分からなかったので、

ある利用者様がターミナル期に入った時に、

2人が揃って「やばいね。お線香の臭いがするね。」と声をひそめて話すのを、

(まだ生きているのに失礼では…。)と思って聞いていました。





しかし、ある日。


とうとう私も異様な臭いを感じてしまったのです。



Cさんという利用者様のターミナルケアを

開始して、1週間ほどたった頃でした。



そろそろ危ないかもしれないという話が耳に入り始めたので、

夜勤だった私は、いつ何が起きても良いようにと早めに出勤して、情報収集をしたり、

雑務を片付けていたりしていました。




退勤するスタッフから、申し送りを聞いていた時、それは突如として現れました。



利用者様の様子を一人一人話すスタッフ。


申し送り終盤になりその人が、

「Cさんの様子ですが。」と言う。


その「Cさん」という言葉に被さるようにして

ある臭いがぐっわと、鼻の中に潜り込んできました。



それは、最初、木の実をいぶしたような臭いで、スタッフがCさんについて話す度にその臭いはどんどん強くなり、だんだんとくるみを焦がしたような嫌な臭いになって、

鼻の奥にへばりつきました。



あまりの異臭に思わず顔をしかめてしまいます。




なんとか情報を聞き、PHSとナースコールをもらって、お部屋を一つ一つ見てまわっていた最中でした。

先程まで申し送りしてきたスタッフが慌てた様子で寄ってきたのです。


まだ帰り支度もしてないことに首を傾げ

「どうしましたか?」と尋ねると、こう、彼は言いました。



「帰る前に様子を見ようとしたら、Cさん亡くなってた。」


あの、くるみのような臭いは、Cさんの死を知らせてくれていたのではないか。

そう思えてなりませんでした。





2、祖父のヘアトニック



祖父の命日に、祖母とお墓参りに行った時のこと。




花の水を替えて、お墓を掃除し、

大好きな祖父を思って手を合わせて目を閉じると、少ししてから涼しげな匂いが鼻を掠めました。



シトラス系の香水と除光液のような匂いが混じったツンとしたその香りには覚えがあり、

私は祖母に言いました。


「じいちゃんのヘアトニックの匂いがする。」


祖母は、そんなはずはない、線香の匂いを嗅ぎ間違えたんだと流しました。



でも、私は納得できませんでした。



それは煙たくなく、お線香のものとは明らかに違ったからです。



家に帰るなり、私は1階にある洗面台に向かいました。


その洗面台は祖父母が使う場所で、

「処分の仕方が面倒だから。」と祖父が生前に使っていたヘアトニックの瓶が置いてありました。



蛍光グリーンの液体が、3分の1程入ったその瓶を掴み、蓋を外して匂いを嗅ぎました。



(あれ?)


期待していたものの、私の予想に反し、墓場で嗅いだものとは違う匂いがしたのです。



(おかしい、確かにおじいちゃんの匂いだったのに。)



ここであることを思い出しました。



香水などは人の汗や体臭と混ざることを想定して匂いが作られているということを、昔、漫画か何かで読んだのです。






私はヘアトニックの瓶の口を手首にあてがい、傾けて液を垂らしました。




すると、液が肌に触れたとたん、ふわあとあの墓場で嗅いだ匂いがしたのです。




それは久しく嗅いでいない匂い、

まだ元気に歩いていた時にまとわせていた、

懐かしい祖父の匂いでした。







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