14 うたた寝




社会人になって身に染みたのですが、同期という存在はありがたいものですね。



介護という仕事特有の悩みは多々ありましたが、

それでも仕事を続けてこられたのは、彼らの支えがあったからだと常々感じています。



同じ年数働いているため仲間意識が強く、

普段はそれぞれ違う部署にいて滅多に顔を合わせることがないのに、

会えた時には気楽に愚痴をこぼせたり、相談することが出来るのです。



同期からもらえる意見はどれも新鮮で、今までとは違った視点で物事を見られるようになります。


それは、違う部署に配属されることの美点でありましょう。






働いて数年経ち、中堅になった私達は職場の研修に参加することになりました。



全員の都合が合うことは滅多にない、折角だから集まろう!と、

研修後にご飯を食べに行くことになったのです。




大人数で予約をとったので、広いお座敷に通されました。


特に席順も決めずわらわらと散らばって腰を下ろしていきます。


不思議なことにこういった宴会では話し合わなくとも、

お酒を飲むグループと、そうでないグループに分かれるものですね。



私は運転をするため後者に属しておりました。


机を挟んだ向かい側には、友人からハンドルを任された田山さん(仮名)が座っています。



彼の部署は私がいる部署と同じ敷地内にあるものの、建物が離れているので滅多に会うことがありません。



ですので、最近仕事どう?なんていう当たり障りのない話題から始めたわけです。


案の定、お互いに大変だなあと思うぐらいで会話が終わってしまいました。




すると、田山さんの方から

「なあ、そっちで何か…、心霊現象ってあったりする?」と切り出してきたのです。



今までの会話からは想像できない展開に驚きましたが、

そこはオカルトが大好きな作者、

(普段話さなくて知らなかったがまさか心霊に興味があったなんて!)

と嬉しくなったわけであります。



ただ、いきなり本調子で話しては引かせてしまうかもしれません。

少し様子が見たいな・・・と考えを巡らせて思い出したのはある先輩職員の体験。




「そいえば、夜勤中にカレンダーが勝手にぺらって捲れた、なんていう話は聞いたことあるよ。」

「へえっ。そんなことあるんだね。」



普段はあまり表情を変えない彼が食いついてきました。

そこで、本来話そうとしていた自身の体験談を「これはたまたまかもしれないんだけれど。」と続けて話したのです。




確かお盆の時期だったでしょうか。



1人の利用者さんが窓の外を見ていました。

「どうしたんですか?」と伺うと「子供達が遊んでいて賑やかだなと思って。」というのです。


しかし、その窓から見える中庭には誰もいない。


不思議なことを言うなと思って室内に視線を戻し、ぎょっとしました。



ご自分で歩かれる方は足を止め、普段は周りに興味を持たず眠っている方は身体を起こし目を開いて、同じところをじーっと見つめていたのです。



異様な光景に動けませんでしたが、歩かれる方が過去に転ばれたことがあると思い出して慌てて声を掛けました。


「どうしたんですか?椅子に座りましょうかね。」


すると、その人はこちらを見て「いや、子供が走り回って危ないから動けなかった。」と静かに答えたのでした。






流石にこの話は引いてしまったかなと様子を見ると、田山さんから思わぬ言葉が返ってきました。



「やっぱり、子供か。」

どういうこと?と伺うと、今度は彼が自身の体験談を語って聞かせてくれたのです。





田山さんが1人で夜勤を務めていた時のこと。



見回りや雑務を終えてひと段落つき、

椅子に座ってパソコンに記録を入力していました。



それも終わると時間は深夜の2時。


彼の部署の夜勤は16時からですので流石に疲れがたまったのでしょう、うとうとと眠気に襲われます。

(少し寝よう…。)とうつぶせになった時でした。



(うわ!身体が動かない…?)




突然田山さんを襲った身体の硬直。

動かそうとしても動かすことが出来ません。



それだけでも恐ろしいのに、また別の感覚が彼を襲います。




(…誰かいる?)




彼はうつぶせになる時に、玄関に繋がる扉を見るような形で顔を右に向けていました。


必然と後頭部がリビングの方を向くのですが、そこに誰かがいる気配がするのです。



もちろん、勤務しているのは自分ひとり、

利用者さんがお部屋で眠っている今、

誰かがいるはずはありません。




その背後にいる何かはゆっくりと自分に向かって近づいてきました。




(あ、これ、女の子だ。)



姿は見えず、声や足音が聞こえてきたわけではないのに、

なぜかそれが小さな女の子だと直感で思ったのです。



それが距離を詰めるたびに、田山さんの中である思いが切迫します。




(振り返らないと恐ろしい目に遭う気がする…!)




何故だか分からない。

でも、その女の子を目視せねば自分の身に危害があるという気がしてならないのです。



必死に身体を動かそうとするがびくともしない。

自分の身体であるはずなのに、意思に反して動かぬ身体。

今まで体験したことのない感覚に余計にパニックになります。



動け、動け!ともがく間も、それは容赦なくにじり寄ってくる。



(振り返らなきゃ、でも動けない、どうすれば!?)



それでも必死に身体を動かそうと捩らせて、ようやく彼の身体は解放されました。



息つく間もなくばっと振り返ったのに、

そこにあの恐ろしい雰囲気をまとっていた女の子はおらず、

ただ、電気が消されがらんとしたリビングがあっただけだったのです。





「俺自身、霊感がないから金縛りなんて初めてのことで、正直驚いたよ。」



現実主義者だと思っていた彼からまさかこんな話を聞くとは、と驚いていると、更に続けました。



「朋さんの所でも子供が出て、俺の所でも出た。

これって俺らの施設が建っているこの土地自体に何かあるんじゃないのかな。」






食事会が終わって、ちりぢりに人が帰ります。



実は私、そのお食事処の駐車場が狭いことを考慮して職場に車を停めておりました。

すっかり暗くなった道を歩いていきます。


車に着いてふと自分の部署がある建物を見上げました。



研修に来た時には朝日に照らされて温かい雰囲気があったのに、

今は闇夜の中、どこか重苦しい空気をまとっているように感ぜられます。



先ほどの話に加えて、田山さんが最後に零した言葉が余計に胸の中をざわつかせました。



“朋さんの所でも子供が出て、俺の所でも出た。これって俺らの施設が建っているこの土地自体に何かあるんじゃないのかな。”




一体、この土地にはどんな歴史があるというのでしょうか。

そして、田山さんの元に訪れた女の子は何を伝えたかったのでしょうか。




今まで知ることもなく、知ろうとも思わなかった職場の一面を眼前に突き付けられたような気分です。





見上げた先にある入社当初から働き続けて馴染んだはずの職場、

どこか恐ろしく別の場所のような気がしてなりませんでした。


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