第6話 駆除をせねばならぬ


すっかり過疎化したA県のある村。


普段は滅多に使われない小さな公民館が、

今日はわいわいと騒がしい。



一番奥にある10帖ほどの広さの会議室、

高齢の男女が集まって設営をしていた。





「そんじゃあ、長机を2台くっつけてくだされ。横じゃ無理だ。縦だよ。」

「これのことね!」

「林さんはいいよ!女なんだから。

俺と須田でやるよ。おう!そっち持ってくれ。」

「はいよっ。せーの…!」



ギッシギッシと床がきしむ。


そこへ薄幸な顔相をしたやせ型の女性が来た。

還暦近い歳の彼女、今会議室にいる者の中では一番若い。


「ああ!もう始まっていたんですね。すみません…。」

「山田さんっ、まだまだよお。」

「大丈夫だよ!まだ始まってないからね。」

「しかし、いつも一番乗りなのに珍しいね?」

「実は、またやられちゃって。」

「かー!山に近いといかんなあ!災難だったねえ。」

「須田さんの助言を聞いて色々対策しているんですけれど効果がなくて…。

遅れて本当にすみません。…何か出来ることあります?」

「机は運んだしなあ…。」

「あっ、でしたら椅子を並べますね。」

「それなら私も!いくついるかしら?」



先ほどから場を仕切っていた、

村の自治会の長である加藤は少し考えた。


ピタッとくっつけた机の境目に置いた自分の椅子。

その背を擦りながら天井を見上げ、

今日の話し合いに参加する人数を空で数える。



「俺を除いて6人だな。左右に3つずつ並べてくれるかね?」



両腕を前後に振って、机の長辺に並べるように促す。



「はいっ。」

「珍しいわあ。そんなにも来るの?」



女性陣が椅子を運ぶ間に、

須田は「ちょっとごめんよ。」と加藤の後ろに割って入って

倉庫から引っ張り出したホワイトボードに、

『害獣対策の話し合い』とかすれた黒マーカーで書いた。





「すみません!遅れてしまいましたか?」

「いやいやいや!橋本さん、忙しいのに悪いな。」

「フリーランスなので仕事に自由がきくんですよ。」



若い男に続くように、がたいのいい白髪の男が軽く会釈しながら入ってきた。



「どうも、こんにちは。」

「おお!多々野さん。本日はすみません。」

「あら?どちら様?」

「あとで紹介するよ。さて、全員揃ったね。ささっ皆さん座ってください。」

「ん?お1人見えないようですが…。」

「ああ、実は最近まで入院しててな。

退院したらしいが、来れるかわからないんでね。」

「そうでしたか。」

「さてと…。」



ガタガタとパイプ椅子を引いて全員その場に座る。

それを確認してから最後に加藤がドカッと腰を下ろし、その場にいる6人を一瞥してううんっと咳払いした。





「さて、回覧板に書いておいたように、

この村ではイノシシや猿の害獣による被害が多発しておりました。

電気柵の設置でそれらが治まったと思ったら、今度は新たな被害も出てきてしまったようでしてな。

主に、農作物の食い荒らしと洗濯物を盗っていくというもんです。

もう我々だけではどうにもならんってんで、隣町の猟友会会長、多々野ただのさんに来てもらいました。」

「どうも。」

「猟友会?」


痩せた男が聞き返した。


「専門家の知識が必要だろう?」

「驚いてしまいました。」

「都会から来た恒田つねださんは聞き覚えないかもな。この村も昔はいたんだよ。」

「猟師さんなんて頼もしいわ!ねえ、山田さん。」

「ええ、本当に。」

「早速、今朝ね、山田さんちがやられたみたいでしてね。」

「ええ。洗濯物を盗られてしまいました。」

「山田さんちは山に近いってんで一番高い柵を側に設置したじゃないか。あんなのを飛び越えたんかね!」

「うまいこと穴を掘って潜ってきたみたいです。」



その場にいる全員があきれてため息をついた。



「上手くいっていると思ったんだがなあ。」

「山田さんちだけじゃあない。林さんのところもタオルをとられて、須田さんとこでは加えて鶏をやられましたな。」

「あーれは参ったよ。俺はこれで生活してるから…。そろそろきつくてね。」

「多々野さん、これらの被害は何によるもんですかね?」

「うーん…。ハクビシンかタヌキかと思いますが、洗濯物を盗ってくってのがね。洗濯物は人間の仕業なんじゃ?」

「古いタオルや手ぬぐいだけなのよ!人間だったらそんなもの盗ってかないわよ。」

「なるほど…。

収集癖があるとするなら、狐の可能性が高いですな。

奴らは寄生虫などの感染源を持っているので万が一のことも考えられるでしょう。

役所の方には自分が鳥獣被害申請を出しますんで、それから駆除に取り掛からせてもらいます。」

「あー!一安心だわ。」

「これで助かった!いやー、多々野さんありがとうございます。」

「駆除、殺すということですか。」



恒田が発した言葉は、歓喜に湧いたその場の空気を凍らせた。

水を打ったように静かになる。

加藤が諭すように言った。



「恒田さんよ。

あんたがいた都会では、

動物愛護だなんだと言われていたかもしれん。

それも正しいさ。

だがな、この村は農業で成り立っているところが大きい。

害獣の被害の損失は全体の損失に繋がるんだ。

それに、ほら、多々野さんも言ってたがね、

万が一噛まれて感染したら、高齢化したこの村じゃ一大事だ。

…多々野さん、すみませんな。

この村に来たばかりなんです。」

「いえいえ。この仕事をしていると知らない人から電話で説教を受けることもあるんで。

 ただ、恒田さん。人間の生活が脅かされるようであれば、駆除も視野に入れてもいいと思うんだ。自然と人間が共存する一つの手段として捉えてもらいたい。」

「そうですか。…仕方ない。」

「ま、そんなわけだ。えー。まあ、むやみに殺そうってわけじゃないんだ、山田さんや須田さんとこもこれからは安心して農業に取り組めるし、林さんだって洗濯物の心配をしなくていいわけだ!な?」



加藤が明るく治めようとするが、

参加者の表情は暗いままである。



そこに鳴り響くノックの音。

返事を待たずに開かれたドアの前に立っていたのは、80は超えているであろう老人である。



「おお!平坂へいさかさん!お身体は大丈夫なんですか?」

「おかげさまでな。皆さんお久しぶり。」

「平坂さん!お元気そうで何より!」

「お顔が見れて嬉しいわ!」



先ほどまでの沈んだ空気が嘘のように、笑顔をこぼす村人たち。

空気が晴れて、明るくなった。



「ささっこちらへ。下座ですみません。空いてる席へどうぞ。」

「ああ、すまんな。ありがとさん。ううん!」

「肺炎でしたんですって?大丈夫です?」

「大丈夫だよ。いやあ、歳とった。はっはっは。」



2回ほど咳をしてから、平坂は腰をかける。

そして、前の席を凝視した。



「平坂さん、実はもう結論が出まして。」

「お、おお。どうなったんだい?」



須田が話し合いの流れを簡単に説明する。



「ううん。なるほどなあ。生活のためにというのもあるが、感染は怖いな。

だが、反対意見も捨てきれんな。えーと、そのお若いさん。」

「橋本です。初めまして。」

「初めまして、平坂です。

橋本さんはどう思うかね?」

「僕、ですか。

…話から、害獣による被害は大きいことは分かりますし今後の影響も怖いです。

ただ、恒田さんと一緒で、僕も動物を駆除するということにネガティブな印象がありますね。それに、実際に現場を見たという人がいないのに狐と断定して駆除をするのはどうなのかな?と。」

「なるほどなあ。儂も同意見だよ。多々野さん、駆除の前に出来ることはありませんかね?」

「そうですな。

確かに、結論を急ぎすぎてしまっていました。面目ない。

まずは罠を仕掛けて山に返すことから始めましょう。

ただ、それでも被害が出るようであれば、

駆除も視野に入れていきますからね。」

「まあ、最終手段としてね。

山田さん、須田さん、まだまだ落ち着かない日が続くかもしれんが良いかね?」

「いやいや!罠があるだけで気持ちは軽いですよ。な?山田さん。」

「は、はい。ほっとします。」

「いやー!よかったよかった。

では、罠を仕掛けるということで結論が出たので、これにてお開きにしましょう!

多々野さん、今日はありがとうございました。

平坂さんも病み上がりなのにすみません。

皆さんも忙しい中、今日はお疲れさんでした。」


加藤の締めの言葉で堅苦しい雰囲気が緩み、

それぞれ帰る支度や関係のない世間話をし始める。



「恒田さん、家はどちらですか?」


橋本が尋ねた。


「ああ、一緒に付いてくれるんですか?助かります。実はここまで人の背を見ながら来たぐらいでして。」

「そうなんですか!ぜひぜひ、一緒に帰りましょう。どちらにお住まいで?」

山ヶ出やまがでです。」

「山ヶ出、ですか?…ええっ結構遠くないですか?隣町の境ですよね。」



山ヶ出、その言葉を聞いてすっかり帰り支度を終えて去ろうとしていた多々野が振り向いた。



「山ヶ出?それは俺の家の近くじゃないか。いいよ、送ってくよ。都会から越してきたばかりなんだろう?」



恒田は目を細めて口角をくっと上げて、

「本当ですか。助かります。ついていきます。」と立ち上がった。



「恒田さん、歳も近いですし話が合うかもしれません。

今度一緒に酒でも飲みませんか?」

「酒は好きなんですよ!ぜひぜひお願いします。それでは、お先に。」




恒田は軽く会釈するとそのまま多々野と帰っていった。




「いやあ、助かりましたな。やっぱり専門家がいると違う。」

「本当です。ずっと悩んでいたので…。これで一安心です。」

「いやあ、これで少しは気楽にまた野菜が作れそうですわ。」

「…平坂さん?」



平坂は一人、

椅子に座り机に両肘をつき

組んだ指を口元に当てて何かを考えているようだった。



「加藤よお、一つ聞いてもいいかい?」

「え、なんですか?」



椅子を少し後ろに引きながら机と距離をとり

上体をひねって加藤の顔を見上げた。




「恒田って誰だ?」


加藤はきょとんとしたが、すぐに笑みを浮かべた。


「ああ、平坂さんは入院されていたから知らないでしょうな。恒田さんは最近都会から越してきた…。…越してきて…。」



炭酸の気が抜けていくように、

今、話そうとしていた恒田という男の記憶や情報が、

頭の中から消えていく。



「都会、から、来て…。須田さん、あの人どこから来たんだっけ?」

「え、あれえ?おかしいな。…山田さんは覚えてないかね?」

「えっ。そ、そうですよね。仲良く話してたかは覚えてるはずなんですけど…。橋本さんなら…。」



そこまで言いかけて、山田は口をつぐんだ。

違和感に気づいた橋本の顔は青白く、

脂汗が滲んでいる。


須田が視線を向けると、

林は首を激しく横に振った。



平坂が口を開く。




「それに、山ヶ出ってどこだ?

そんな場所、ここら辺にはないぞ。

…多々野さん、大丈夫か?」




その言葉は、全員の胸の奥でくすぶっていた、何かおかしなことが起きているという予感を

確信に変えた。



それが何かは分からない、

ただ、全員の記憶にない何者かがまるで旧友のように馴染み、そして、一人の男についていったということがいかに危険かは分かる。



空気が一変し慌ただしくなった。



「誰か多々野さんと連絡がとれるもんは!?」

「今携帯に電話かけてます!」

「ここから出てからまだそんなに時間は経ってないですよね!?追いかけてきます!」

「橋本さんやめとけ!何があるか分からん!」

「家の電話番号は分かりませんか?私、かけます。」



返事はせずに、加藤は携帯電話を耳にあてながら、鞄の中を引っ掻き回して分厚い手帳を取り出し、開いて渡した。



「あーくそ!繋がらない!」

「…もしもし?突然すみません。多々野さんの奥様ですか?」




電話口に出た多々野の妻は、

彼がまだ帰ってきていないことを伝えた。



そして、家の近くに山ヶ出なんていう所はないと、山田をうたぐったように言った。




あれから、携帯電話に何度かけても一向に出ない。



警察による捜索が行われたが、発見されることはなかった。

唯一見つかったのは、山道に落ちていた古ぼけた手拭いのみ。




平坂は後に語る。


席に座ってすぐ、獣の臭いがぷーんっと鼻に入ってきた。

視線を上げれば、妙に顔が細く、目のつり上がった若い男がいて、こちらをじーっと見ている。

頭には何故か手拭いを乗せていた。


そんな不自然で見知らぬ男を、

自分以外の人間は恒田、恒田と親しげに話しかけるもんだから、気持ち悪くて仕方なかったと。





多々野は今だに行方不明のままである。






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