第3話クレクレと狂人

 マンションの修繕の都合で、しばらく実家に身を置くことになった高山とハスキー。そんなハスキーを家族は可愛がり、ハスキーは高山家の人気者になった。そして一週間後にマンションの修繕が終わり、高山とハスキーは戻ってきた。


 さて戻ってきた卓とハスキーだが、この先とんでもない騒動に巻き込まれてしまう。これが卓の経験する第一の修羅場だ。

 卓とハスキーがマンションに戻ってきて数日がたったある日の午前六時五十五分、高山は目覚まし時計を面倒くさそうに止めた。

「・・・・!しまった、寝坊した!?」

 高山の眠気が一気に覚めた、大急ぎで着替えハスキーにエサを与えると玄関に駆け込んで出勤した。この時、高山は鍵をかけ忘れたことにはまだ気づいていなかった。高山はなんとかいつもの時間に書店に到着し、店番をはじめた。レジ前の椅子に腰掛けると、ここで高山はハッ!と気づいた。

「しまった、鍵をかけ忘れてしまった!ハスキーが外に出ていなければいいけど・・・。」

 ハスキーのことが心配な高山は帰りたかった、しかし店番を投げ出すわけにも行かないので、ハスキーの無事を祈るしかなかった。そして定時になり帰り支度を済ませると、いつもより大急ぎで帰ってきた。息を切らしながら玄関を開けたが、いつも来てくれるハスキーが今日は来ない。部屋中を呼びかけながら捜したが、見つからなかった。

「困ったなあ・・・、外に出て行ったのかもしれない。」

 高山は「ハスキーは自力で玄関を開けた後、階段で降りてマンションから出た。」と考え、近所を捜そうと思っていた。するとそこへマンションの管理人の後藤さんが現れた。

「高山君、君に話しておきたいことがあるんだ。」

「すみません、今それどころじゃないんです。」

「ハスキーのことでしょ?」

「えっ!どうして、わかったのですか?」

「実は防犯カメラに写っていたんだ、それで君が帰ってくるのを待っていたんだ。」

「そうでしたか、早速見せて下さい!」

 高山は後藤さんと一緒に管理人室に来た、後藤さんは今日の午前十一時四十分頃の入り口に設置された防犯カメラの映像を、高山に見せた。

「あっ、パラドックス・ウルフ!」

 そこには自動ドアの近くで尻尾を振っているハスキーの姿があった、ハスキーは自動ドアに近づくが開かないようだ。しばらくするとハスキーは方向を変えて走り出した、その後を後藤さんが追いかけている。

「これって・・・、後藤さんですよね?」

「ああ、君の所へ連れて行こうと思ったんだけど、すばしっこくて見失ってしまったんだ。」

 次に後藤さんは八階のエレベーターの近くに設置された、防犯カメラの映像を見せた。

「あっ、いた!」

 ハスキーは右側へ曲がると、カメラの視界から消えた。八階は高山の自宅がある階である。

「カメラにハスキーが写っていたのはここまでだ。おそらく、八階の誰かが保護しているのかもしれない。ハスキーのビラを掲示板に貼らないか?」

「わかりました、本当にすみませんでした。」

 後藤さんは気にしないでという顔をした、高山はその後自分の部屋からハスキーが初めて来た時に撮影した写真を持ってきて、後藤に渡した。そして「ハスキー捜索願い」のビラを一枚コピーすると、掲示板に張りつけた。高山はその日、ハスキーの無事を祈るばかりだった。


 翌日、異変が起きた。高山が出勤しマンションの入り口の掲示板を見ると、昨日張りつけたビラが消えていた。

「おかしいなあ・・?」

 高山はそう思いながら仕事に行った、そして帰宅したときにビラがなくなったことを後藤さんに伝えた。

「新しいのを作ろう、データはまだ残ってる。」

 もう一度コピーしてもらい、掲示板に張り付けた。ところが翌朝、見るとまたビラがなくなっている。これには高山も後藤さんも不審に思った。

「もしかしたら、八階の誰かがハスキーを隠しているかもしれない。」

 後藤さんが言うと高山は心配になった、ハスキーは無事なのかどうか、いやそれより満月の夜が心配だ。

 そして時は流れ満月の夜の日の午後七時、高山が寂しそうにテレビを見ているとインターホンが鳴った。

「こんな時間に珍しいなあ。」

 高山が出るとそこには、愛しのパラドックス・ウルフを連れた男の姿があった。

「あっ、見つけた!どこに行っていたんだよ~っ!」

 高山はハスキーに抱き付き、なでなでした。すると男の近くにいた五歳ぐらいの少女が、涙を流しながら高山を睨んでいる。

「あの、高山卓さんですか?」

 男が言った。

「はい、ハスキーを保護してくれてありがとうございました。」

 すると男は「申し訳ありませんでした!」と、大声で土下座した。

「ハスキーはあなたにお返しします!」

「いやだ!これはわたしのペットなの、わたしのものなの!」

「何度言ったらわかるんだ、ハスキーは元の飼い主に返すんだ!」

「ワ~ン、やだやだやだやだ!」

「あの・・、どうなっているのですか?」

 少女を説得する男に高山が訊くと男がこう答えた。

 八階に行ったハスキーは男の娘(少女)が見つけて自宅に保護した、そしてハスキーは娘と男の妻に気に入られ、暮らすことになった。だがある日男がゴミ出しをしていると、なんと掲示板に張り付けたあのビラが見つかった。妻を問いただすとあのハスキーが他の人のだと知られないように、毎朝出かけるときに剥がしてしたようだ。つまり後藤さんの予感の通り、ハスキーは男の家に隠されていたのだった。

「妻と娘はハスキーを盗もうとしていたんです、本当に申し訳ありません!」

 すると娘がハスキーに飛びついた。

「これはわたしの、あんたにはわたさないから!」

「こら、離れるんだ!」

 男が力づくでハスキーから娘を引き離すと、娘はぎゃんぎゃん泣き喚いた。

「強情な娘さんだな・・・、身をもって分からせるしかないか。」

 と考えた高山は娘に言った。

「じゃあ、そのハスキーを君にあげるよ!」

「やったーっ!ハスキーがわたしのペットになった!」

「えっ!・・・あのいいのでしょうか?」

 きょとんとする男に高山が言った。

「ただし一つだけ約束してください。もし手におえないと感じたら、決して捨てたりせず私に連絡してください。連絡先を教えましょう。」

「うん、だけどそんなしんぱいはいらないよ!」

 娘はえへん!とした態度で言った。その後、高山は男と連絡先を交換した。

「それでは失礼します、重ね重ね申し訳ございません。」

「またね~!」

 男と娘はハスキーを連れて帰っていった。

「さてどうなるかな・・・。」

 高山は静かに笑いながら、玄関を閉めた。


 翌日午前七時十五分、この日は仕事が休みなので高山は、自分で用意したモーニングを食べながらテレビを見ていた。するとインターホンが鳴ったので高山がドアを開けた。

「やっぱり手におえなかったね・・。」

 そこには昨日とは威勢が明らかに違う娘と、口の周りが赤いハスキーの姿があった。

「このハスキー・・、返す・・。」

「約束守ってくれて、ありがとう。」

 高山が笑みを浮かべると娘はハスキーを置いていき、振り返ることなく逃げるように走り去った。そして高山とハスキーは再会した。




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