第2話恐怖の変身

 さてこれからハスキーを飼うことになった高山卓、しかしそのハスキーが凶暴な大男に変身するのは何と明日なので、対策に追われていた。仕事帰りに高山はホームセンターで養生テープを購入し、それから業務スーパーで買えるだけ特売の豚肉を買った。豚肉の量は二キロ、会計の時に店員から「バーベキューかパーティーでもするんですか?」と聞かれた。特売とはいえ豚肉二キロの大人買いは、高山にとって痛い出費だった。

「今月、生きていけるかなあ・・・。次からは知り合いに頼もう・・。」

 高山は重い荷物を持って家に着いた、到着するとハスキーが迎えてくれた。

「おーっよしよし!可愛いなあ・・。」

 高山はハスキーを溺愛している、しかしそれだけにこのハスキーに襲われるのは何が何でも嫌なのだ。

 高山はまずリビングに居るハスキーにエサをあげてハスキーを落ち着かせると、買った豚肉を全て皿に盛った、これは大男への贈り物である。次に高山はリビングのドアを養生テープで補強、五重に補強したので養生テープを使い切ってしまった。もちろんこれは大男が部屋から出ないためにしたことなのだが、高山は念のため重いダンボールを四つをドアが塞がるようにおいた。ちなみにダンボールの中身は鉄アレイや壊れたテレビ、オーナーいわく引っ越す時に持っていくのが面倒くさいと前の住人が置いていったらしい。

「これでよし、ハスキーにはかなり気の毒だけど我慢してくれ・・・。」

 そういって高山は自分の部屋で数分読書した後、午後十時半に就寝した。それから数時間後、「ガアアアアアアアア!」というけたたましい音で高山は反射的に目が覚めた。

「もしかして変身した・・!」

 高山の部屋の窓から満月が輝いて見える、しかし特に暴れている様子はない。きっと皿に盛った肉を美味しく食べているのだろうと、高山は無理矢理安心して眠りについた。しかしそれから数時間後、「ドンッ!ドンッ!」という大きな音でまた高山の眼が覚めた。

「もしかしてドアを破壊しようと、体当たりしているのか・・・。」

 高山は恐怖で身が震え、子供のように布団に潜り込んだ。それからしばらくすると、今度はインターホンが鳴った。

「さっきの音で、誰か起こしてしまったようだ・・・。」

 気が滅入るのを隠せない高山は玄関に出た、玄関に居たのは頭のはげた六十代の爺。話によると高山が住んでいるところの丁度真下に住んでいて、あの「ドンッ!ドンッ!」という音を止めさせろと激しく怒鳴っている。

「お前、やんちゃ坊主か動物でも部屋に入れているのか!」

「はい、ハスキーを飼い始めました。」

「だったら責任をもって止めさせろ!犬の躾すら出来ないのか!?」

 すると今までに聞いたことのない音、まるで何かが破られたような音がした。その音に高山も爺も、体を硬直させた。そしてあの大男が、身をかがめのそのそと高山の後ろまで来た。

「うわあ、これか!」

「うぎゃーーーーっ、妖怪だーーっ!」

 気が付いた爺は顔面蒼白のまま、高齢とは思えない程の走りで逃げ出した。

「凄い迫力だ・・・、ここまでなのか・・?」

 まだ死にきれない高山、しかしこのままでは捕食される。爺のように逃げ出そうとするが、大男の迫力に圧倒され体がいうことを利かない。そして大男の大きな左手が、高山に触れようとした。

「ああ、食べられる!」

 ところが大男は高山の頭に触れると、撫で始めた。

「あれっ・・・・、私を食べないのか?」

 高山はきょとんとしている、大男は高山に親しみの笑みを浮かべた。

「パラドックス・ウルフ・・・、その姿になっても私に懐いてくれるのか・・・。ごめんね、無理に閉じ込めたりして・・・。」

 高山は泣きながら、大男に言った。大男はその後、身をかがめながら高山と一緒に自分の部屋に戻った。

 その後リビングのドアを見て、高山は大男の恐ろしさを改めて知った。ドアは真っ二つになっていて、ダンボールも吹っ飛んでいてそれがぶつかり壁に穴が開いてしまった。しかもダンボールの中に入っていた壊れたテレビの画面に、大きな亀裂ができていた。高山は眠いのを隠せないまま、管理人(後藤孝雄)に相談した。

「もしもし・・・、後藤さん?」

「高山じゃないか。」

 後藤さんのことは、引っ越しのときに知人から紹介してもらった。だから互いに面識はある。

「実はリビングのドアが壊されていて、どうしたらいいのでしょうか?」

 まさかペットの犬が大男に変身して壊したなんて、誰も信じないだろう。なので高山は、被害者の立場に回った。

「本当か!どんな感じだ?」

「もう真っ二つになっています。修繕費とかはどうなるんですか?」

「わかった、現場が見たいから今すぐに向かう。」

「あの、この後仕事なので、話し合いは午後からでいいですか?」

「わかった、とりあえず業者をよんでおくよ。」

「ありがとうございます。」

 高山は電話を切ると、着替えてハスキーにエサをあげ、朝食を食べずに出勤した。そして高山は書店に入り、店番を始めた。高山が勤めている書店は下町のだけあってとても狭い、それでも本のバリエーションはそれなりに豊富だ。

「高山さん、眠そうだね。」

「はい、きのう物凄く騒がしくて・・・。」

 高山に優しく話しかけたこの人の名は博田平次郎、元この書店の店長で今は高山に店長を委託している。

「今日は新刊マンガの入荷があるから、しっかり頼むよ。」

 博田の言う通り午後になると、マンガを買いに多くの中高生やマニア風の男たちがやってきた。それを全てさばき、へとへとな状態で高山は家路についた。マンションに着くとリフォーム業者のトラックと引っ越し業者のトラックが、駐車場に停まっていた。さらにマンションの入り口付近で、引っ越し業者の人と深夜に怒鳴り込んだあの爺が話し合っていた。

「おっ、高山さん。これから話し合いましょう。」

「あの、あの爺さんこのマンションを出るのですか?」

「ああ、黒丸さんか?そうなんだよ、なんでも昨夜に妖怪を見たとか言っていたね。」

 高山はあの大男を、妖怪というよりも狂人と例えたほうがいいのにと思った。そして業者と後藤さんと話し合った結果、工事には五日かかりその間入室出来ない事と、費用は総額二十万の四割(五万円)を高山が負担することになった。

「これから大変だな・・・。」

 高山はハスキーの頭を撫でながら、ため息をついた。



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