038:怪鬼事変【真】
「いや〜、まじやばかったっすわ〜」
金髪の青年、天笠は離れたビルの屋上からこの壮絶な戦いを見ていた。
その感想はまさに圧巻。
超級の魔物同士の戦いとはここまで苛烈で凄まじいものなのか。
はっきり言って、人間の勝てる存在ではないと思えてならない。
だが、この戦闘の“原因”でもある天笠は言うほど 悲観していないのも事実であった。
普段は軽口をたたきヘラヘラとしている彼だが、人間の強さとは単体の戦闘能力ではないということを知っているのだ。
その風体から窺い知ることは出来ないが、すでに絶望という絶望は経験済みなのである。
───もう、そうそう絶望などしない。
「さーて、どうするっすかね〜」
すでに絶命している鬼のような獣のような気色の悪い魔物と、戦闘に勝利こそしたものの瀕死の状態でぐったりと動かない黒い狼のような魔物を眺めながら、天笠はどう行動すべきかを考える。
とは言っても複雑なことではない。
狼の魔物にとどめを刺してから帰還するか、このまま帰還するかのどちらかだ。
リスクを天秤にかける。
天笠は“逃げる”ことに関しては絶対の自信があるが、ほんのわずかの油断で簡単に命を落とすということはこれまでの経験で嫌でも分かる。
あの狼の魔物の脅威は計り知れない。
慎重になりすぎる、ということはないだろう。
自身の魔力量を確認する。
2回は余裕。
十分だ。
もう一度、ぐったりと横たわる狼の魔物を見る。
動く気配はない。
行くか。
そう決断し、行動に移そうとしたその時───
「ん?」
スキル〈聴覚強化Lv.3〉に反応があった。
足音だ。
恐らく人間。
だからといって安心はできない。
怖いのは何も魔物だけではないのだから。
極限状態の人間とは、時に生半可な魔物よりよっぽど怖い。
「お、来たっすね〜」
しばらく様子を伺っていると、一人の少女がキョロキョロと辺りを警戒しながら現れた。
いや、少女ではない。
あれは身長が低く童顔ゆえに幼く見えるだけで、歳はそれなりだと彼の経験と勘が言っている。
見た感じは普通だ。
こんな世界になる前であれば、年上好きでもない限りなんら気にならないだろう。
だが、天笠が抱いた第一印象は“不気味”である。
はっきり言って不気味すぎる。
この状況において人間のタイプは限られる。
世紀末のようなこの極限世界を楽しむ狂人か、怯えて隠れているタイプ。
そして、仲間と共に抗う道を選んだタイプだ。
目の前の女はそのどれにも当てはまらない。
仲間がいるのか?
いや、そうは見えない。
圧倒的戦闘能力に奢っているタイプか?
どうもそんな雰囲気ではない。
ならば狂人かこの世界に怯えているタイプか?
もっとありえない。
そういう奴らには特有の雰囲気のようなものがあるが、ゆっくりと狼の魔物に近づいていく女からはそのどれも当てはまらない。
強いて言うなら狂人か。
だが、やはりどうもしっくりこない。
「これは、勧誘は保留っすね〜」
こういったよく分からない人物をコミュニティーに誘うのは危険だ。
非情な考えだが、大事なのは自分の命と仲間の命である。
今は人手が必要であり協力しなければならない状況だが、誰彼構わず勧誘するのは危険すぎる。
そんなリスクはおかせない。
「まずは“委員会”に報告して判断を、というよりはユリさんの意見を聞かなきゃっすわ」
とはいえ、この女の行動は観察してできるだけ情報を持ち帰らなければならない。
天笠はスマホを取り出し、撮影を始める。
ネットなどは使えないがこういった機能は健在だ。
充電ができるようになってからは気兼ねなく使える。
ちなみに先程の戦闘も天笠は撮影している。
天笠にとってそれは幸運だった。
渋谷に現れたあの気色の悪い魔物を、最も被害の少ないと思われる新宿に“移す”だけが天笠の仕事だったが、そのおかげで新たな脅威を一つ発見できたのだから実際は想定以上の収穫だ。
「ぶっちゃけもう疲れたから帰りたいんすけ───」
突如、今まで感じたことの無いほどの暴風が天笠を襲った。
「クッ!! なんすかッ!?」
目を開けていられない。
身を庇いながら暴風が収まるのを待ち、ゆっくりと目を開ける。
そして───
「あ……」
天笠の視界に飛び込んで来たのは、『ソレ』が前脚を一振し先程の女を吹き飛ばすところであった。
だが、天笠が息を飲んだのはそんな事が理由ではない。
そう、そんなことは最早些細なことだ。
───あまりにも『ソレ』は美しかったのだ。
「ドラゴン……っすか?」
翼こそないが、それは正しく竜であった。
月明かりを反射し、銀色の逆光を放つ甲殻。
鋭い牙に爪、そして特徴的な尻尾。
尻尾の先端には三日月を思わせる鋭利な刃物のようなものが2つ付いており、三つ又となっている。
そのどれもが天笠の心を釘付けにして離さない。
こんな世界となり久しく忘れていた“感動”という激情は、天笠にとってあまりにも毒だった。
本当に、甘い甘い毒だったのだ。
だからほんのわずかだけ天笠は忘れてしまっていた。
一時たりとも気を抜いてはならない、というこの世界の真理を───
「───ッ!!!!」
その時、銀の竜の鋭い眼光が天笠を捉えた。
確実に、寸分違わずに捉えた。
間違いなく目が合った。
瞬間───天笠は全身の毛穴から汗が吹き出るような錯覚を覚えた。
背筋が凍る、なんて生易しい感覚ではない。
瞬きをした次の瞬間には自分は間違いなく死んでいると断言できるほどの、圧倒的な恐怖。
身体が硬直し呼吸すらままならない。
もし、これが世界の異変直後の出来事であったならば、天笠はショック死していたかもしれない。
しかし、数多の過酷な経験が辛うじて天笠を動かした。
「て、てて、〈テレポート〉ッ!!!!」
刹那、景色が切り替わる。
よく見なれた渋谷の安全地帯、『渋谷スクランブルスク○ア』。
先程の全身を包み込む尋常ではない恐怖はすでに感じない。
もう安心だ。
何も心配する必要はない。
頭では分かっている。
だが、刻み込まれた恐怖はそう簡単に消えはしない。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
激しい運動をしたわけでもないのに、天笠の息はかなり乱れていた。
天笠が再び行動できるようになるまで、それなりの時間を要した。
「ハァ……ハァ……何から報告すればいいんすかね……まったく」
とりあえず報告して、早く横になりたい。
今日はもうどんなに頼まれても何もしたくない。
そんな感情に支配されながら、天笠はとぼとぼと歩き始めた。
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