★後日談その2~そして『転生超人』へとつづく~

 ルノワガルデ公国の最北端にある雪山の一角、ハントマン用ベースキャンプ地点から出てすぐのエリアの水際で、青年は釣り糸を垂らしていた。

 癖のない濃い目のブラウンの髪を首のあたりまで伸ばし、鳶色の瞳をした、ごく普通の──しいて言えば、ちょっと柔和な印象の若い男性だ。

 優男風の顔立ちながら、背は高く体つきもがっしりしている。大型昆虫の甲殻で作ったとおぼしき鎧を着こんでいるので、おそらく狩猟士なのだろう。


 「お、キタキタっ!」

 ビクビクッと揺れる水面の浮きの動きに合わせて、巧みに竿を動かしている。


 「獲ったどー!」

 竿をあげた彼が、つい歓声を上げてしまったのも無理はあるまい。。そこにかかっていたのは、鮮やかなピンク色の鯖──通称「お姫サバ」。この地域で釣れる魚としては、もっともポイントの高い“御宝素材トレジャー”だったからだ。


 彼の名前はイーヴン。ハントマンになって4年目で、まだ上級マスターの認定試験は受けていないが、下級アプレンティスで狩れるの巨獣は一通り単身ソロで倒せるくらいの技量は持っている。彼自身も「駆け出し」と「中堅」のちょうど中間くらいの腕前だと自負していた。


 実際、同じころにハントマンになった連中は、より上級うえを目指すか、ハントマンを(この世からのドロップアウトも含め)“辞める”かしている。割合的にはおおよそ2:8といったトコロだろうか。

 そのなかで現役のまま生き残っているという事実は、彼がそれなりに優秀かつ思慮深いということを意味していた。

 もっとも、そこまでの技量を持ちながら、彼のように下級狩猟士のままのんびり過ごしてる人間は、結構珍しいのだが。


 (ん~、俺としては、それほどお金とか名誉にガツガツしてるワケではないし、ほどほどにスリルと浪漫があって、かつ人里に害為す獣を狩るということで世間様にも貢献してる今の立場が、結構気に入ってるんだけどなー)

 ……と、本人的にはこのような考え方で、マイペースを貫いていた。


 ただ、そういう“ゆるい”人間に、他人が寛容か否かは別問題で……。

 協会で彼が下級向けの依頼をこなしてると、周囲から微妙な視線を向けられることも少なくなかった。


 (ま、確かに、上昇志向溢れる若い連中としては、それなりの腕前を持ちながら下級の仕事に甘んじてる俺が、羨ましいやら歯がゆいやら、ってコトなんだろうな)

 イーヴンもその点は理解しており、最近はあまりやる者のいない“トレジャーハント”に積極的に手を出してるのだ。


 ちなみに「トレジャーハント」という仕事は、普通のハントマンと異なり、その地域の希少な御宝(トレジャー)を集めて納品する仕事だ。

 ※詳細については、本編第8話を読み返していただきたい。


 報酬は、トレジャーごとに設定されたポイントの合計に応じた金銭と特定のアイテム類。もっとも、ほとんどのアイテムは普通にハントマンをしていれば手に入るし、かかる手間の割には金銭的に美味しい仕事でもないため、引き受けたがる者はそれほど多くない。

 しかし、イーヴンとしては、必ずしも大型巨獣を倒さなくてもよいし、短時間(せいぜい2、3刻)、適度に採掘や収集、釣りなどを行うだけで普通の村人の半月分近い現金収入が得られるこの仕事を、結構気に入っているようだった。


 ともあれ、そんなこんなで、彼は今日も今日とて雪山地域のトレジャーハントを引き受けて、こうして規定時間ギリギリまで粘って、色々集めてるのだ。

 ところが……。


 「ん~、コイツ、随分とちっさいなぁ」

 お姫サバと言えば、マグロ並みとまでは言わないが、メガロワナのように両手で抱えてズッシリくるくらいの重さがあるのが普通だ。

 しかし、今、釣り糸の先でピチピチ跳ねてるソレは、イワシやアジ並みの大きさ(もしくは小ささ)だった。


 「さすがに、こんな稚魚を獲って帰るのも可哀相か。800ポイントは勿体ないけど、リリースっと」

 彼が針からそのちっこいお姫サバを水の中に返してやったところで、ちょうどハント期限終了の角笛が鳴り響いた。


 「おっと、まだいくつか納品してない品があるな」

 イーヴンは、慌ててキャンプの納品箱に向かって駆け出し、それっきり釣り戻した魚のコトなんてすぐに忘れてしまう。


 ところが、あの雪山での仕事から、2、3日経った日の晩。


 「あのぅ~、すみませぇん。こちらは、“はんとまん”のイーヴンさんのお宅でしょーかぁ?」

 今日は火山で久々に黒焔獣シュバルブルを狩って、いい汗流したなぁ……と思いつつ、自宅で一杯やってたイーヴンの自宅トコロに、彼を訪ねて来た人物がいた。


 「あー、はいはい、確かに俺はイーヴンだけど……」

 大声で答えながら玄関のドアを開けた彼は、扉の前に立ってる人物を見て軽く目を見張った。


 月明かりを浴びて不思議な煌めきを発する桃色の長い髪。

 剥きたての茹で卵みたいな白く滑らかな肌。

 心持ち垂れ目気味ではあるが大きな澄んだ赤い瞳と、小作りで整った顔立ち。

 ──ひと言で言うなら、13、4歳くらいの美少女が、イーヴンにニッコリ微笑みかけていたのだ。


 「あぁ~、ようやく会えましたぁ」

 外見を裏切らない癒し系な愛らしい声でそう呟くと、おヘソ丸出しの青いワンピースを着てポンチョを羽織った謎の美少女は、いきなり彼の元に抱きついてくる!


 (ちょ、何、この嬉し……いや、美味し……ゲフンゲフン、唐突な展開!?)

 女っ気ゼロ歴がほぼ年齢と等しい自分に、あまりに突然に訪れたモテ期(?)の到来に、彼はまだよく事態が呑み込めなかったものの、とりあえずご近所の目もあったので、桃色髪の美少女を家の中へと招き入れた。


 * * * 


 「で、話を要約すると、キミは元は俺が逃してやったあのお姫サバで、そのことに恩義を感じて恩返しに来た、と」

 「はいですぅ」

 正直、ツッコミどころ満載だ。


 俺もハントマン歴はそこそこ長いから、巨獣が人間になるという眉唾な話はいくつか聞いたことがあるし、自称「元巨獣」な奴にも2、3人会ったことはある。

 そして、そのうちのひとり(自称・緑火竜)は確かに普通の人間じゃなかったことは認める──口から火ィ吹いてたし。

 けど……翼竜種どころか大鬼蜂や大野豚みたいな大型獣ですらない、ただの魚が、人間になるだって? なに、そのイカサマ!?


(これが頭の緩い子の妄想だと切り捨てられれば良かったんだが……)


 俺は、目の前の少女の耳を見つめる。

 明らかに人の耳朶とは異なる、魚のヒレの形をしたソレは、あたかも俺の言葉を聞き逃すまいと言わんばかりにピクピク動いている。

 並人種ヒュームは愚か龍人種ドラッケンにだって、こんなキテレツな耳の持ち主はいない。作り物かと思ったけど、さっき触ってしっかり頭から生えてることを確認させてもらったし。


 俺の視線を勘違いしたのか「や~ん、恥ずかしいですぅ」と頬を染める美少女──いかん。正直、めっさ萌える!


 「(コホン!)あ~、百歩譲って、キミが元お姫サバであることは認めよう。けど、「恩返し」って言われても、一体何してくれるつもりなんだ?」

 普通に考えれば、労働奉仕──小間使いになるってトコか。確かに、この娘にギルド娘が着ているメイドシリーズあたりを着せたら、激しく目の保養になりそうな気はするが。


 けど、これでも俺はハントマンのハシクレ。料理をはじめ家の雑事を片付けてくれる獣人はすでに雇ってるしなぁ(ちなみに手先の器用な小猿族マンクスだ)。


 ところが、そんな俺の予想を斜め上にホップする回答をこのお嬢さんは返してくれやがりましたよ。


 「はい。イーブンさんはぁ、まだ独身おひとりなんですよねぇ? だったら、わたしをお嫁さんにしてください~」

 「──はい?」

 俺としては聞き返したつもりだったんだが、天然ボケ120%なこの娘は「承諾の返事」と受け取ったようだ。

 「本当ですかぁ、嬉しいですぅ!!」

 そう言って、再び俺の胸に飛び込んでくる少女。


 元サバって言うから魚臭いかと思いきや、全然そんなことはなくて、むしろその桃色の髪からは花の香りみたくいい匂いがする。確かに体温は若干低めみたいだけど、決して冷たくはなくて、しっかりと生きた人間としての暖かみが伝わってくるし、なにより未成熟ながら、そのしなやかで柔らかい体の感触が、俺の煩悩を刺激してやまないワケで……。


 つまり、何を言いたいかと言えば──「もぅ、辛抱たまらんですたい!!」って感じ?


 や、コレでも俺、性欲を持て余す若い盛りの男だし、ロリもイケるクチだし、目の前にこんな極上の据え膳ぶら下げられて平静保ってられるほど人間できてないし、むしろちょいロリコン気味だし、そう言えばここしばらく仕事で忙しくてヌいてないし、この娘メッチャ可愛いし、そろそろ嫁さん欲しいなぁ、とか思ってたし……。


 ──結局、そのまま美味しくいただいちゃいました(性的な意味で)。テヘッ♪


 「──ところで、キミの名前は?」

 “事後”のいわゆるピロートークタイムで、改めて、そんなことを聞くのは、我ながらいささかマヌケかもしれない。


 「なまえ、ですかぁ? うーん……ないです」

 へ?

 「だってわたし、オサカナでしたから」

 む、確かにそりゃそうか。

 「ですからぁ、イーヴンさんがお好きなように付けてください~」


 名付け親とは、そりぁまた大役だなぁ。

 うーん、サバ……サバと言えばサカナ……サカナと言えば…………。


 「えっとさ、「トト」とか、どうだろう?」

 確か、東方の言葉で魚を「オトト」って言うこともあったはずだし。


 「トト、ですかぁ……いいですね! なんだかかわいらしい感じがしますぅ」

 どうやら気に入ってもらえたようだ。


 「じゃあ、トト、早速、“2回戦”に突入したいんだけど、いいかな?」

 「はいですぅ。わたしはイーブンさんのお嫁さんなんだから、いーっぱいシてください♪」


 えーと、つまり、この娘の中では「Hする=結婚する」なワケか。

 けど……まぁ、いいか。ちょっと脳天気で天然っぽいけど、少なくとも気立ては良さそうだし、こんな可愛らしい嫁さんをもらえるなら、俺にとってはむしろ「大・勝・利」だろう。


 そして明け方、ふと俺はベッドの中で目覚めた俺は、俺の右腕を枕にして寄り添い、スヤスヤと可愛らしい寝息をたててる少女の顔を見て、3割の後悔と7割の満足感に満たされ、少々複雑な気分になる。


 俺が身じろぎした弾みで起こしてしまったのか、トトもパチリと目を開くと、一瞬「?」と言う表情になったものの、すぐに側に俺がいることに気付くと「ニコッ」と微笑みかけてきた。

 「おはよーございます、イーヴンさん」

 「う、うむ。おはやう」

 「あの……えっと……これで、わたし、イーヴンさんの奥さんになれたのでしょうか?」


 「あ゛~」

 まぁ、当然そうくるよな。


 (うーん、別に問題はないよな。外見年齢14歳のなら、ギリギリ結婚しても咎められない年頃だし、元人外な嫁さんや旦那ってのも、実はこの村、それなりにいるって聞いてるし……)


 ──ま、ややこしいコトは今はいっか。


 「もちろんだとも、ハニー、今日から俺達は、人も羨む熱々新婚カップルさ!」

 「よかったぁ……では、ふつつかものではありますけど、すえながく、よろしくおねがいしますね、だんなさま」

 パアッと花が綻ぶような綺麗な「彼女」の笑顔を見れたんだから、この選択は多分間違いじゃない……と、信じよう。


 で。

 その日の昼に、とりあえず村長のところに行って結婚の報告。

 午後には、「あの、へたれイーヴンが幼な妻を娶った」、「いや、どっかからロリっ子をさらって来たって聞いたぜ」、「汚れを知らない少女を手籠めにしたイーヴンさん、まじパネェっす!」と言った真偽入り混じった噂が、村中を駆け巡ったワケだ。


 トトはかなりの世間知らず(まぁ、元サバだし当然だろう)で、少々天然気味ではあったが、素直で性格も良かったので、すぐに村のコミュニティには受け入れられた。とくに、年長の主婦連中に娘か孫のように可愛がられ、ありがたいことに色々教えてもらってるみたいだ。


 俺の方は──うん、まぁ、何とか無事にハントマンを続けてる。「幼妻王」とか「勇者」とか言う称号で呼ぶのは勘弁してほしいけど。


 * * * 


 「それじゃあ、行って来る」

 「はい。お気をつけて、イーヴンさん」chu!

 恒例となった「行ってらっしゃいのキス」を“トト”と交わして家を出たイーヴンは、同じく南の方に向かう同僚……というか後輩のハントマンたちと合流し、王都ニァーロ行きの定期便馬車に乗る。


 「はわわ、アツアツでありますね~!」

 弓使いの少女(実はご近所のフィーンさん家の娘さんだ)が、感心したような口調でそんな言葉を投げてくる。


 「だめだよ、ヴェスパさん……すいません、彼女、悪気はないんで」

 相方の槍使いの少年が恐縮するように頭を下げるが、彼は鷹揚に頷いてみせた。


 「(昔の俺なら爆発しろと思ったかもしれんが……俺もいまや勝ち組! 圧倒的勝利者!!)フッ、そういう君たちの方はどうなんだい?」

 そんなに風にからかい返すと、ふたりとも顔を赤く染めている。

 その様子を「ハハハ、初々しいな」と、上から目線で生暖かく見守るくらいの心の余裕すら彼にはあった。


 「確か君らは先月、協会に登録したばかりだったな」

 「ええ、まさに駆け出しルーキーです。なので、もうちょっと稼ぎやすい場所に移ろうかと……」

 確かに、ミコット村近辺の狩場は少々危険度が高いため、新米ノービスには、やや不向きだ。地道に採集依頼中心で貢献値を稼ぐという手もあるが、ソレだとランクを上げるのにどれだけかかるかわからない。


 「そうか。なら、俺のオススメはカクシジカの町だな。王都でもいいんだが、あそこは人が多過ぎて、田舎者には正直ちょっとキツい。その点、カクシジカは、そこそこの大きさで施設も揃ってるし、獲物の強さも初心者から中堅まで幅広く対応できるからな」

 老婆心というか先輩風を吹かせた彼の忠告を、真剣に聞いていた少年少女は、しばしふたりで話し合った後、彼の言う通りカクシジカの町を目指すことにしたようだ。

 そこで少年達には運命的な出会いが待ち受けているのだが……。


 (せっかく王都まで出るんだから、トトにも何か土産を買ってやらないとな~。指輪とか髪飾りとか……あ、ドレスもありか。でもサイズがなぁ)


 青年狩猟士は、自分の言葉がもたらした影響の大きさなぞまったく感知せず、のんきに王都でこなす依頼の後に買う、妻へのプレゼントのことを考えているのだった。

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クイーンに首ったけ~煩悩狩猟士に年上の嫁さんができる話~ 嵐山之鬼子(KCA) @Arasiyama

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