第4話.嫁の為なら俺は魔皇竜だって倒せるかもしれん(下)

 「ぁあああああああああああああアアアアアアァーーーーーーーーーっ!!!!!!」

 背中を弓なりに仰け反らせ、快楽の絶頂に浸るラン……そして、彼女はぐったりとその場にうつ伏せにくずおれた。

 俺の方もそのままランの背中に重なるようにして崩れ落ちる。


 「ふはぁ~~~~っ、ちょ、ちょっと頑張り過ぎたか」 

 背中から離れて覗き込むと、ランの視線はいまだ定まらない様子で、荒い息をしながらも何とか呼吸を整えようと努めているようだ。


 「だ、だんなさま…わらわは……先程、天国と地獄を、一度に見た気分、でしたぞえ……」

 何とかしゃべれるくらいには回復したのか、切れ切れに呟く。

 「おお、そいつは重畳だ。いつも俺の方が極楽気分を満喫させてもらってるからな。たまには嫁さんにも、そういう“天にも昇る気分”ってヤツを味あわせてやらないと」


 やがて、徐々に快楽の波が引いていき、互いの息が平静に戻ってきたら、大人の楽しみその2、ピロートークのお時間だ。

 恥ずかしながら素人童貞だった(と言うか、商売女とだって2、3回しかヤったことのなかった)俺は、ランを娶るまで、男女がベッドで交わす会話なんてものの重要性を認識してなかった。


 もちろん、「言葉はいらない、ただ体を重ねればいい」なんて気分の時だって、たまにはあるだろうが、相思相愛(言ってて照れるな、オイ)の男女が身を寄せ合ってスキンシップしているのだ。

 素面では行いづらい甘い雰囲気の会話とやらをしてみるのもまた、恋人もしくは夫婦ならではの楽しみってモンだろう。


 ちなみに、決して“回復”するまでの時間稼ぎをしているワケではない。そこのところを勘違いしないように。

 ……ホ、本当ですヨ!


 出会ってまだまだ日が浅い俺達だが、だからこそ逆に話すべきことは沢山あった。


 俺の方は、今日の狩りでの苦労や笑い話になりそうなちょっとした失敗談、これまでの俺のハントマン歴のこと。

 ランの方は、昼間の奥様コミュニティーでの出来事、あるいはメガヴェスパー時代に見聞した、ふつうの人間が知らないようなモンスターたちの意外な生態のこと。


 前言には少々反するが、特別艶っぽいわけでもない、そんなごくあり触れた雑談を、布団の中で抱き合いながら語り合う。それだけで、好きな相手となら十分幸せに感じられるもんだ。


 「なぁ、ラン、ちょっと教えてほしいんだが……」

 ふと、話が途切れた時に、俺は前々から気になっていたことについて聞いてみることにした。

 「オマエ、ほんの10日間ほど前までただの……いや、長生きした女王種なのかもしれんが、とにかく一介のメガヴェスパーだったにしては、エラく物知りじゃないか? 東方のこととかも微妙に詳しいし」 

 「ホホ、気になりますかえ、旦那様?」

 口元を押さえて上品に微笑ったランが語ったのは、驚くべき内容だった。


 野生の巨大昆虫とも言うべきメガヴェスパーの、その中でも女王種として生まれたランだが、生まれた直後は、どこでどういう手違いがあったのか、とある村の郊外にある農場の人工蜂の巣にいたらしい。


 無論、養蜂業者が育てるのは普通ただの蜜蜂だ。だが、その元となる蜂の巣を集める段階で、どういう経緯でかメガヴェスパーの卵が混じっていたのだろう。卵自体の大きさは、あんな巨大なメガヴェスパーでもそれほど普通の蜂と変わらないそうだし。


 そんなわけで、日々すくすく成長したランだが、幼虫の段階でもすでに全長30センチくらいまで大きくなったらしい。もちろん、その養蜂家も自分の間違いに気づいたことだろう。

 ところが、いかなる酔狂か、その養蜂家は、メガヴェスパーと知りつつ彼女を育て上げたのだ。ただの好奇心からか、よほどの偏屈者だったか、あるいはうまく飼い馴らせば泥棒除け代わりになるとでも思ったのか。


 そして、確かに成虫になった彼女は頼もしい農場の警護者になったのだ。

 そこで過ごすことおよそ3年。女王種としての知能の高さゆえか、いつしか彼女は主である養蜂家の言葉をおおよそ理解できるようになっていた。


 ペットを飼っている人ならわかると思うが、ある程度意思疎通ができるようになると、飼い主と飼われる者は、それまで以上に親しくなる。

 とは言え、彼女のことを、まるで鷹匠が愛鷹を大事にするように可愛がった養蜂家は、やっぱり相応の変わり者だったと言えるだろう。


 やがて生まれて5年が過ぎるころには、彼女は眠るときも蜂の巣や屋外ではなく、窓から養蜂家の自宅に帰ることが通例になるほど、人間の暮らしに身近に触れるようになったのだと言う。

 もっとも、その翌年、風邪をこじらせた肺炎でその育ての親とも言うべき養蜂家が死んだのを契機に農場を抜け出し、各地の森や林を転々とした揚げ句、10年ほど前にあの密林の洞窟に辿りついたらしい。


 「うーむ、にわかには信じ難い話だが……ま、そのメガヴェスパーが、いま人間になって俺の腕の中にいることを思えば、十分許容の範囲内か」

 それじゃあ、その東方趣味は、その養蜂家のオヤッさんから?


 「いえ、当時、“養父とうさま”の農場には、一匹のケトシーが働いておりました。彼の者が東方の出で、いろいろと故郷の風習などを教えてくれました故」

 今日のビックリ判明事項その2、ケトシーとメガヴェスパーは会話できるらしいぞ!


 「いやいや、我が君。妾の一族……いまは元一族と言うべきかのぅ、とにかく彼らは、普通ネコなぞと話をしようなどとは思わぬし、おそらくできぬじゃろう。知的好奇心溢れる妾だからこそ、会話が成り立ったのじゃ」

 ケトシーとメガヴェスパーを比べたら、どっちかって言うと前者の方が高等動物っぽいんだが……。まぁ、嫁さんの出身の種族を悪く言うのも何なので、あえてここはノーコメントだな。


 「しかし、妾がもしただのメガヴェスパーに生まれ育っておったら、我が君と出会ってこうして妻にしていただくこともなかったろうしのぅ。巡り合わせとは不思議なものよ」

 ああ、その点には同意する。気まぐれな運命の神様と、お前さんの“養父さん”に感謝だな。ところで……。


 「なぁ、ラン。俺の聞き間違いでなかったら、オマエ、まだ布団の中なのに「我が君」って2回ほど呼んだだろう?」

 「──おお、申し訳ありませぬ。ねやでは「旦那さま」と呼ぶ約束でありましたな。許してたもれ……」

 すまなさそうに頭を下げるランだが、どことなく悪戯っぽい光を瞳に宿している。……このヤロー、わざとだな?


 「いーや、許さん。お仕置きじゃーーーっ!」

 「あ~れ~、お許しを~」

 と、まあ、そのままなし崩し的に第7か第8のラウンドに突入する俺達。

 ……そこ、バカップルとか言うな!!

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