第3話.嫁の為なら俺は魔皇竜だって倒せるかもしれん(中)

 酒場での知人との会話をグダグダなまま終わらせたのち、俺は妻の待つ我が家へと向かった。

 ──やべぇ、いまの「妻の待つ我が家」ってフレーズ、自分で使っててエラく新鮮だ。独り暮らしのころにはなかった、何て言うか、充実感?

 「ただいまーっ!」

 嗚呼、自宅に帰って「ただいま」と言う意味があることの幸福感よ。


 「お帰りなさいませ、我が君」

 家に入ると、予想通り俺の……えっと、嫁? いや、「奥さん」ってフレーズも捨てがたいな。「新妻」と言う響きも悪くないし……。

 ああ、もうとにかく、俺と結婚した女性が、玄関に正座しつつ、三つ指ついて出迎えてくれた。東方風のキモノを着ているので非常に様になっている。


 ただ、この純白と朱色のキモノは、何でも本来は東方で神事を司る“ミコ”と呼ばれる職業の女性が着るものらしい。

 そういう言わば聖職者の服装を自分の嫁さんに着せるのって、どうよ? と思わないでもないが(しかも、その格好のままゴニョゴニョしてるし)、まぁ、ウチの嫁には似合ってるので無問題だ。むしろ萌え!


 それはさておき。

 「おぅ、今帰ったぞ、ラン」

 彼女の名前は、村に連れ帰った日のうちに“ラン”にすることに決めた。

 名前の由来は、彼女が一番好きだという“蘭”の花から取ったものだ。

 本人は「芙蓉フヨウというのも悪くないのですが、少しわらわには可愛らし過ぎますかのぅ」と迷った結果、蘭の方を選んだ。

 もっとも、第一印象パッとみに反して乙女趣味おとめちっくなその性格を知った今では、そっちでもよかったんじゃねーかと思ってたり。


 「夕餉の支度は整っておりまするが、如何なさいますか?」

 新婚さんと言えば「お風呂にする? 晩ご飯にする? それともア・タ・シ?」と言うやりとりがデフォだが、俺は夕方以降家に帰ったときは、まずメシにすると決めている。

 これは以前からの習慣もあるが、酒場で奴に話したとおり、下手に風呂に入るとそのまま“夜の営み”に突入して、晩飯を食いっぱぐれてしまう可能性が大だからだ。

 精力不足に加えて栄養失調なんてのはシャレにならん。


 それなのに、わざわざランが尋ねて来たのは、俺の顔の色を見て軽く一杯ひっかけてきたことに気づいたからだろう。まったく、俺にはもったいないくらいよくデキた嫁さんだ。

 幸い、先ほどの酒場では酒以外のものをほとんど口にしていない。


 「ああ、ちょうどいい具合に腹は減ってるからな。早速いただこう」

 ふたり差し向かいでテーブルに腰かけ、両手を合せて「いただきます」をする。

 本日のメニューは、“玉子豆の炊き込みご飯”に“ボアロースの照り焼き・紫ネギ添え”、“ヘルムガニとクーガエビの煮つけ”、“辛味ニンジンと砲弾レタスのサラダ”ってところか。


 元が鬼蜂ヴェスパーだからか、ランはハチミツを使った多少甘めの味つけを好む傾向はあるが、別に食えないほど甘過ぎるわけじゃない。素材の切り方や火加減、茹で加減なども考え合わせると、むしろ十分料理が上手い部類に入るだろう。

 いや、新婚さんによる愛情補正を除いても、料理を始めて一週間足らずの女性としては出来過ぎと言ってよかった。

 しかも、目の前で作った本人(客観的に見ても美人)が、甲斐甲斐しく給仕してくれるのだ。そりゃあ、食も進むってモンだ。


 「ふぅ~、食った食った……ごちそうさん。今日も美味かったよ」

 「我が君にそう言っていただけると、妾としても妻冥利に尽きまする」

 にこやかに微笑みながら、食器を台所に運ぶラン。


 以前、せめて食器洗いくらいは手伝おうとしたのだが、「厨房は妻女の聖域であります故」と丁重に断わられた。

 従って、今の俺にはすることがない。いや、流しの前で鼻歌を口ずさみつつ腰を振り振り洗い物をしているランを眺めているだけでも、それなりに楽しいのだが。


 そうだ、今のうちに風呂に入っておくか!

 いつもはランが背中を流してくれる(背中だけでなく色々な場所も洗ってくれる)のだが、今日は自分でサッと汗を流してしまおう。そうすれば、2、3回分は消耗を抑えられるし。

 ……何の? とは聞かないでいただきたい。文字通り、ナニの、だ。


 てなワケで。

 「アッ!」

 と言う間に烏の行水を済ませて、風呂から上がる俺。

 手際よく5分足らずで洗い物を済ませたランの乱入も許さないほどの早さだが、今日の狩りはマグニキャンサル2体を3人がかりでボコる楽勝な仕事だったので、さほど汚れても疲れてもいないし、問題はなかろう。

 ……ちょっとだけ恨めしそうなランの視線が痛かったが。


──コトン


 「我が君。こちらをお召し上がり下され」

 頭髪を拭きながら食堂兼用の居間に戻って来た俺の前に、柑橘系の匂いのする器が置かれる。これは……シャーベットか?

 「はい。隣家のシャル殿に昼間教わったので早速作ってみたのじゃが、上手くできたと思います故、ご賞味下され」

 うむ、奥様ネットワークでの交流も順調なようで何よりだ。


 * * * 


 ふたりでお茶を飲んだあと、ランが風呂に入りに行った隙に、俺は寝室の隣りの物置に設置したアイテムボックスの中を探った。

 えーと、強健剤は……やべっ、昨日の卵納品依頼で使っちまったから、今日は超強健剤の方しか残ってねぇぞ。


 たかだか毎晩の夫婦の営みのために、貴重な超強健剤(一流レストランでフルコースを2人前頼んでもお釣りがくる値段)を使うってのもどーよ? と言う気がしないでもないが……背に腹は変えられん。

 ポーションの蓋を開けてグビグビッと飲み干す。


 「……くぅーッ、キクーーーーーーーっ!!」

 強健剤以上の精気の横溢が全身に感じられる。これなら、多少ムチャしてもスタミナは保つだろう。


 現金なもので、自分の体力面での懸念がなくなると(とは言っても時間制限付きだが)、途端に“夜の営み”が待ち遠しくなる。俺はワクテカしながら、寝室でランが戻るのを待った。


──トン、トン……


 ほどなく、遠慮がちに扉がノックされる。

 この寝室は俺達ふたりのための部屋だと言うのに、ランは必ずこうやって入室許可を求めてくる。そこにちょっと隔意を感じて寂しい気がするのは……まぁ、俺の考え過ぎか。


 「ああ、どうぞ」

 「失礼します、我が君」

 風呂から上がったランは、昼間の巫女装束ではなく、素肌に白いユカタだけを羽織っている状態だ。ゆったりとした足取りで部屋に入って来ると同時に、肩からその浴衣も滑り落とす。


 「さぁ、我が君……」

 俺に声をかけながら、妖艶な笑みを浮かべるラン

 普段は首の後ろで束ねている髪も、白いリボンを解いて自然に垂らしているため、その特徴的な黄色と黒の縞模様になった豊かな髪が、彼女のうなじから肩にかけてを豪奢に彩っている。


 「あ、ああ、うん」

 そう生返事しながらも、俺は目の前に立つランの一糸纏わぬ姿から目を離せない。

 これまでにも散々見てきたはずなのに、月明りの下に佇む裸身は、どこか神々しさと、それを遥かに上回る蠱惑を湛えて、俺を魅了してくる。


 「ウフフ……」

 ランの手が立ち尽くす俺の腕を掴み自らの胸へと導いていく。


──むにゅっ……


 本能的に握りしめた俺の両の掌が、ランの豊満な双球の心地よい感触を認識する。

 その柔らかさ、その温もりに促され、自然に手が動いていた。


 「あぁん……」

 反則級にグラマーな肢体を弓なりに反らしながら、切なげな嬌声をあげるラン。

 あまりの心地良さに手に余るほどの大きさの果実を握る指に、意図せず少々力が入ってしまったらしい。


 「我が君、激しいのも素敵ではありますれど、最初は優しくしてたもれ……」

 痛みの混じった快感に、きつくそのまぶたを閉じていたランが、うっすらとその目を開いて、俺に懇願してくる。

 偶然か意図してか、それはこの上なく艶っぽい流し目となって、俺の理性を粉々に破壊した。


 「……も、もう、辛抱たまらーーーーん!!」

 湧き上がる衝動に突き動かされるまま俺はランを寝具の上に押し倒す。


 ──いや、そうしたつもりだったのだが。


 「いかがですか、我が君?」

 あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

 俺は、自分から目の前の嫁を押し倒したつもりだったが、

 気がついたら逆にのしかかられていた!


 ……いや、これまたいつものことなので、驚くほどのものじゃないんだが。

 ランって、身のこなしって言うかスルリと躱す方法がなんでか、めっちゃ巧いんだよなぁ。

 俺も組打格闘とか習ってみるか? いや、その理由を聞かれて「嫁とのHの時に、ベッドで主導権握るためです」って答えるのは恥ずかし過ぎるか。


 頭の片隅で益体もないことを考えている間にも、前身が蜂(むし)だとは欠片も思わせない妖艶さをたたえてランの顔が寄せられてきた。俺の唇を濡れた舌が舐め回し、ぬるぬるした感触と共に口の中に押し入ってくる。

 何も着ていないランの腕が、獲物を捕らえる蜘蛛のように俺の首にまわされる。


 (大鬼蜂メガヴェスパーなのに女郎蜘蛛とはこれ如何に?)

 そんなことをボンヤリ考えながら、俺は押し倒され、貪られるままに任せていた。


 ──今はまだ反撃の時期ではないのだ。あえて受け身となり、耐えて忍ぶのだ!


 全然耐えてないヨという内心の声を華麗にスルーしつつ、俺も舌を伸ばし、ランの上顎をつつき、歯をなめ回しつつ彼女の舌にからみついた。

 お返しにと、ランの唇は俺の唇や舌を器用に挟み込み、しなやかな愛撫を加えてくる。

 痺れるような、むずがゆいような、形容し難い気持ちよさが口の中ではじけ、俺は下半身が一段と充血するのを感じた。

 「我が君、素敵ですぞえ」

 その昂りに気付いたランがうっとりした視線をソコに向けてくる。


 「あ、ちとタンマ!」

 俺の“バナナ”を剥き身にしようとする(“皮”じゃなくてパンツのことだぞ、念の為)ランを制して、俺は言葉を続けた。


 「前々から思ってたんだがな。我が君と言う呼称もオマエらしくて悪くはないが、せめてベッドの中では、もうちょっと親しげな呼び方をしてもらえないかね?」

 「はぁ……親しげ、ですかえ?」

 ついさっきまで欲情に火照った“雌”の貌をしていたランが、きょとんした表情で聞き返してくる様は、妙にかわいい。


 「ああ、たとえば、“あなた”とか名前呼び捨てとか」

 そう俺が提案した途端、ランはポンッと顔を真っ赤にして身をよじる。

 「そ、そのような呼び方は、恥ずかしゅうございます。堪忍してたもれ……」

 「へ? いや、だって嫁さんが旦那のこと呼ぶのって、普通はそういうものなんだが」

 「で、ですが……」

 俺の胸の中で、ランは両手の人差し指をつつき合わせながらモジモジしている。


 うーむ。

 昼は貞淑で毅然とした妻の鑑、夜は妖艶で淫蕩な雌豹いや女王蜂と化すランが、まさかこんな呼び方ひとつで照れるとは思わなかった。元人外娘の感性は、ようわからんなぁ。

 ……だが、そこがイイ!!!


 もうちょっといぢめてみたいのは山々だったが、あんまり照れりこさせるのも可哀想なので、妥協案を耳元で囁いてみる。

 「! は、はい。それならば妾にも何とか……」

 「おーけー、じゃあ、こーるみー」

 「だ、旦那さま……」 ポッ


 キターーーーーーーーーーーッ!

 俺より若干年上に見える(実際の年齢も見かけ通りらしいが)新妻が、微かに頬を染めながら、恥ずかしげこう呼んでくれる光景は、俺の右の脇腹にある浪漫回路と右前頭葉にある萌え脳を、大いに刺激してくれた。


 彼女の「旦那さま」というフレーズに刺激され、「まだだ、まだ俺は本気を出しちゃいないぜ」とばかりに、俺のそこがさらに大きくなろうと煩悶する。

 「で、では、失礼致します、旦那さま♪」

 俺の懸念を感じ取ったのか、ランはそう断わってから、ゆっくりと俺のそこに手を伸ばしてくる。

 勿論、俺に異論はなかった。

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