第16話 伝承

『大変な騒ぎになっているな』

 

 電話の向こうの父、慈一郎の声がいつにも増して重々しい。


 同日の内に同市内で立て続いた凶悪かつ異様な事件にマスコミは浮き足立ち、それぞれの現場を中継で繋いでの報道合戦が繰り広げられている。


『本格的に黒惨鬼こくざんきが動き出していると見て間違いはない。平安の世より幾度か封じ重ねられてきた結界が破られたとなれば、この世に地獄を現出させるだけの邪力じゃりきを有しているはず──』


 スマホのスピーカーから流れる父の言葉を真了も可留も厳しい表情で聞き入っている。


「奴の姿がどうしても見えない。乱心する者の中に居ると掴めても姿が・・・・こんなことは今までなかったのですが」

『さもありなん』

「え?」


 本音を漏らした可留に父は、当然そうだろうという含みの言葉を返した。


幻影変化術げんえいへんげじゅつだ』

「幻影変化術?」


 初めて聞く術の名に真了と可留は瞬時、目を見合わせた。

 

『伝承によれば、殺業鬼の中でも黒惨鬼だけが駆使すると伝えられている術だ。むろん私も先代も未だ遭遇したことはないが先々代の残した文書もんじょには記載がある』


 先々代、行木厳雲おこなぎがんうん

 行木家代々の歴史の中でも屈指とされる強靭強力な霊力れいりきを持ち、殺業鬼らと数々の死闘を繰り広げ、そして封印を破り荒ぶる黒惨鬼を追い込み、自らの命を投じた結界で再び封じるに至ったと伝えられている猛者もさ


 父、慈一郎にとって祖父にあたるその人物が遺した、自らの殺業鬼討伐の数々の顛末を記したその文書は一族内では【厳雲文書がんうんもんじょ】と呼ばれているが、真了と可留はまだ実際に目を通したことはなかった。


『文書によれば、黒惨鬼は自らの真の姿を決してあらわにすることはない。時におきな、時に稚児ちご、時に獣、時に樹木、そして時に陽炎かげろう。つまりは都度つど臨機応変変幻自在りんきおうへんへんげんじざい、何ものにも瞬時に変化へんげし我らを幻惑する狡猾こうかつ策士さくしだと書かれている。ゆえに可留、お前が姿を捉えられなくとも無理はない』

「・・・・はい」


 慰めともとれる父の言葉に、可留はいくぶん力ない返事をした。


『ともかく、我らの住むこの地より始まった暴挙混乱が全国へと広がりを見せる前に何としても黒惨鬼を仕留めなければならない。真了、可留、ともに覚悟を決めて臨め!』

「はい」

「はい」


 厳格な父の、魂の奥にまでくさびを打ち込むような重厚な響きの言葉に、2人の返事が重なった。

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