第13話 鬼のたくらみ

『へたれてんじゃないだろうな?』

「そんなことはねぇよ・・・・」

『そうか、じゃ、早速やってもらおうか』

「待てよ、俺には俺のタイミングってもんが──」

『馬鹿が! お前のタイミングなんざどーでもいいんだよ! やれ!すぐにやれ!!』

「だから──」

『やらないんなら今すぐ潰すぞ、お前の心臓』

「えっ」

『即死したくなかったら、やれ! 早く!』


 本山孝太は中学生から奪い取った自転車を横に倒し木製のバットを握りしめながら、明らかに自分が小刻みに震えていることを自覚していた。


 三々五々、人々が行き交う駅前広場。

 田所松江を殺害してから自身の中に巣くう鬼の指示通りに動いてきた本山は、ここにきて自我の抵抗との若干の葛藤に惑っていた。


 ここで思い切り暴れろ、と、片っ端から殴り倒せ、と、体内から命令をする鬼──

 やぶれかぶれ、自暴自棄、しかも既に殺人犯となった自身に何も失うものはないことは分かっている。

 世の中の誰が何人死のうと知ったことじゃない──はずだ。


『おい! いいのか? 心臓潰されたいか?!』 


 煮え切らない本山を鬼が脅す。


「だ、だが、ここで捕まったら俺は死刑──」

『大丈夫だ、ちゃんと逃がしてやる。お前にはまだ使い道があるからな』

「本当か?」

『しつこい! やらないなら──』

「わ、わかった、やる、やってやる」

『よし! 行けっ』


「うわああああああーーーーーーーっ!!!」


 突如、バットを振り回し目についた人々を力任せに殴り倒し暴れる男の出現に場は騒然となった。


「ぎゃっ」

「うっ」

「ぐわっ」


 女、子供、老人──無意識に弱者を選んで殴りつけるのは本山の卑怯な本質の顕著な表れだった。


「やめろっ!」

「おいっ!」


 周辺の店からモップやゴルフクラブなどを手に出てきた男たちが遠巻きに叫び始めた。

 そして、警ら中なのか誰もいない駅前交番に飛び込んだ女が出るなり「通報したから!」と叫んだ。


(やばい!)


 瞬時、我に返った本山が焦りで思わずバットを落とした。


『おい! あれに乗れ!』


 3メートルほど先、ミニバイクが目に入った。

 70代らしき老人がその少し先に倒れている。

 どうやら夢中でバットを振り回す本山から逃げようとバイクを捨てて駆け出し転倒失神したらしい。


「お! いける!」


 すぐにエンジンがかかり走り出したミニバイクのスピードをぐんぐん上げ、本山は広場に面した商店街の道に入り爆走した。


「ついてるぜ!」

『逃がしてやると言ったろ?』

「ああ、そうだったな。ありがとよ」

『礼はいらん。お前はまだやれる』

「そうだ、俺はやれる、まだまだやってやる!」


 後方から聞こえるパトカーのサイレンが、本山の気持ちを妙に高揚させた。

 白眼は赤く充血し、さながら般若のごとき形相でバイクを走らせる本山は、しかし気づいていなかった。


 鬼は言った。

『お前にはまだ使い道がある』と。


 つまりは《使い捨て》──用済みになればどうなるか、どうされてしまうのか。


 本山はそこに思い至ることなく、今はただ、己の身勝手な無敵感に酔いしれるばかりだった。




 

 




 



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