第14話 黒い転移

 バットを振り回し人々を無差別に殴打し暴れまわった通り魔の出現後、現場には多数の警官が配置されマスコミのヘリも上空を旋回している。

 バイクを奪い逃走した男──本山──はまだ捕まっていない。


「ここにはもう気配はないな」

 可留が首を振った。

「そうか──」

「あ」

「どうした?」

 真了が可留の横顔に目をやった。

「ちょっと変だよ、あっちの方」

「気配があるのか?」

「うん──何かおかしい」

「わかった、行ってみよう」

 騒然としている駅前から離れ、2人は歩き出した。

 

 可留の霊的アンテナが捉えた気配。

 それは過去に幾度も対峙をしてきた殺業鬼たちの放つ毒々しく特異な波動。

 一族郎党、数十にも及ぶ様々な鬼たちそれぞれが異なる奇怪な波動を放っている。

 それらはむろん人間の放つ生体エネルギーとは周波数が違い、異形のモノ特有の禍々しさで可留の霊的アンテナに絡み付く。


「あ」

「いるのか?!」

「いや・・・・」

「何だ?」

「おかしい・・・・あれは・・・・」

「何なんだ、何が──」 

「あそこの子供から黒い瘴気しょうきが出てる──」


 駅から離れるように線路沿いをしばらく歩いていた時、可留が前方を指差した。

 その先10メートルほどの所、踏切近くのケーキ屋の外で母親と幼稚園児ほどの息子とおぼしき2人が何やら揉めている。

 その子供は店の外に出ている菓子を盛ったワゴンに手を掛け、揺らしながら駄々をこねている。

 と、次の瞬間、そのワゴンを子供が力任せに引っ張り倒した。

 散乱する菓子、慌てふためく母親、わめく子供──


「やっぱりおかしい──行こう!」

「よしっ」


 可留に備わるセンサーといえる感知能力は、殺業鬼が放つ、人とは明らかに異なる魔波動を広範囲で的確にキャッチするが、今、それが捉えたものはこれまでとはまったく異質のモノに感じられた。


「あの子供に入ってるのか?」

 真了が問う。

「いや、形は成していない。だが匂う・・・・」

 そう言いながら可留は、殺された田所松江の魂から得た殺業鬼の波動との類似を探ってみる。


「ぎぃぃやぁぁぁぁーっ」

「正人っ! やめなさいっ!」

「ああっ、ちょっと何してるんですか! 困りますよ!」

「すみません、すみませんっ」

「ぎっ、ぎぇぇぇぇぇーっ」

「あああ、商品がっ!」

「正人っ!!」

「ぎいいいいいいいいーっ」


 倒されたワゴンからばら蒔かれたように散乱する菓子を子供はさらに投げる、蹴る、踏みつける、そして奇声をあげ発狂し、店から出てきた従業員や母親の制止もきかず暴走狂乱している。


 間近に駆けつけ、その異常な様子を見ながら可留は「何故だ・・・・姿がつかめない・・・・」と言い、さらに子供を凝視した。

「だがあの様子は間違いなくそうだろう──違うか?」

 荒れる場から目を離さないまま、真了が言う。

「違わない。奴らの中のどれかだ。だが見えないんだ、鬼の姿が──」

 可留は小さく首を振った。


(何故なんだ・・・・鬼の形をしていない・・・・)


 今、子供を狂気に駆り立て暴れさせているのは紛れもなくその小さな体内に入り込んだ殺業鬼だ。

 しかしこれまで討伐をしてきた奴らには形があった。

 そして人の体内に入り憑いた奴らを追い詰め消滅させることでしくじったことも1度もない。


 しかし──


 暴れる子供から発せられる波動は殺業鬼のそれに間違いはないが、つかめるのは黒い煙のような禍々しい波動のみ。

 これまで対峙をしてきた殺業鬼一族の数々の鬼たちの中に、このような形態のモノはいなかった。


「ぎゃっ!!!」

「まっ、正人っ!!」


 突如、子供の身体が吹っ飛んだ。

 人だかりの中から飛び出た若い男が思い切り蹴り上げたのだ。


「うるさいうるさいうるさい!!」


 ごく普通の、どこにでもいる変哲もない20代らしきその男は右足を強く踏み鳴らしそうわめくと、何事もなかったかのように無表情になり、そしてふいにその場から駆け出した。

 呆気に取られた周囲は誰も動かず、男を追う者もいない。

 そして母親に抱きかかえられた子供は失神したのか微動だにしていない。


「あ!」

 可留が声を上げた。

「どうした?!」

「移った──あの男に移ったよ!」

「えっ」

「子供から男に! 追うよ!」

「よしっ」


 真了は可留の言葉の意味を瞬時に理解した。

 と同時に、姿を成さぬまま人から人へと移る黒いモノの正体はやはり父が口にした《あれ》かもしれないと感じていた。


【黒 惨 こくざんき


 封印を破り、いにしえの世より蘇りし異形──

 

 そしてそれはこれまでのやり方が通用しないほどの

強大な敵であることを強く感じ取っていた。


(何にせよ、やるしかない)


 とにかく倒すことだけを考えろ──知らずのうちに握ったこぶしに力を込めながら、真了、そして可留は前方の男の背中を見失わぬよう、その後を追った。



 





 

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