第36話 剣《つるぎ》と拳《こぶし》

 アーツィーのでの得意技は『突き』である。


 その『突き』の挙動......拳を引いて腕を突き出すその挙動。体重の乗せ方、体の使い方、その拳の動き、それはまさしく、剣を持っていなければ、あの動きだろう。


 殴るッ!!


 その動きそのものだ。しかし、アーツィーの突きの挙動はただ殴る挙動というわけではない。殴る、という表現よりももっと確かな表現がある。


 右ストレート。これがしっくりくる。左の脇を締め左腕を後ろに引く。その反動を右の拳に乗せ、さらにはその左腕を引くという行為によって左側の僧帽筋・広背筋を縮め、その縮めた分だけ右腕が前に伸ばせるようになる。それだけではない。腰の回転、重心移動、足腰の支え方、地面を蹴る反動をそのまま右腕から右拳への伝え方......などの動作が手に剣をした時の『突き』と同じ動作。


 違うとするなら手にけんを持つか、或いは手をけんするかの違いだけだ。


 で、あれば。で、あれば、だ。


 けんのみで実力を付けた人間が、けんのみで戦うことを余儀なくされたら? その拳は一体どうなる? 剣の代わりと成り得るのか? それとも剣をも超える拳と成り得るのか? 


 剣を......剣のみを信じ、そして剣しかない人間が剣の道を生き、剣の鍛練をし、そしてその人間がけんの修行もしていたら?













 その拳は、剣になるッ!!









「く、ワバラッッ!!!!!」

「クワバラァアアッッ!!!!!!!」


 ダンジョンの奥からまだまだ押し寄せてくるモンスター達を次々に殴る! 殴るッ! ぶン殴るッッ!!!!!


 アーツィーの拳がモンスターの胴に当たれば胴を貫き、頭に当たれば頭蓋ずがいを砕く。アーツィーが拳を振るうたび、モンスター達は剣で切り裂かれるより鈍く重い断末魔を挙げる。


 一撃で殺し、押し退ける。


 それができなければモンスターの波に飲まれて、轢かれて、潰されて、そして死ぬだけ。それは剣を持っていたさっきまでと同じ。だが、問題が出てきた。それはここザイツェダンジョンの中層のモンスターが出てきたことだ。


 ザイツェダンジョンは中級ダンジョン。ここでは鉱石や薬草が採取できる。鉱石が採取できるのは中層から下層にかけて。そしてそこにいるモンスターの中にを食べるモノがいたり、鉱石に擬態するモノがいたり、体が鉱石で出来てきているモノがいたりする。

 さらにその中には心臓が鉱石で出来ているモンスターがいる。それはゴーレムである。


 ゴーレムとはゴーレムコアが心臓の役割をはたしており、コアそのものが高値で取引される鉱石だ。体は土や石、鉱石等で構成されている。


 拳で殴り、コアを破壊する。それはいくらなんでも無理があるだろう。ただの石でさえ、拳で殴って叩き割るってのは至難の技。先に拳の方が割れちまうってのに相手はモンスター。そう、動くんだ。ただの落ちている小石ではなく、体長2m程の石が、意思を持って動く。それに拳を合わせて叩き割るってのは実際無理だろし、ここにいるゴーレムは石より硬い鉱石で出来ている。

 そんなゴーレムが、アーツィーの数歩先のところまで来ていた。


「うちの、バカタレがッ! あんたンとこにけんッ!! 送ったわッ!!!!!」


「!?」


 テレパシーがアーツィーの脳につんざく。急なテレパシーの声に驚き、動揺をしたアーツィーだったが言葉の意味を瞬時に考える。

 けん? 剣? 拳? ケン? ..........剣、だろ? ふつう。送る? どうやって? どこから? いつ? どんな剣が? 誰が..........────!? 


「うまく、受け取ってッッッ!!!!!」


 数瞬の間に考えて答えは出なかった。が、この言葉と共に地面から剣が飛び出してきた。



 下ァ!? 



 そう思った。そう思った時にはすでに体が反応して手を伸ばしていて、掴まなきゃ! と、思った時にはすでに手の中にあった。


 そうして脊髄反射の如く反応して手にしたその剣は一般的なロングソードと変わらないような形・重さで、鞘に納められていた。

 ロングソードであれば難なく使える。むしろ一番扱える武器。だが、問題がある。

 それはこの時点で数歩先にいたはずのゴーレムはあと一歩先、という所までに差し迫っている、という点。アーツィーなら拳でゴーレムを叩き割れなくとも、剣でなら両断できる。だがしかし、抜刀してから斬るのでは間に合わないッ!

 それを肌で感じとったアーツィーは思い出していた。今朝に見たあの時のあの光景を。



 この世界では『抜刀術』というのはあまり浸透していない。そしてレルの『居合い斬り(してない)』は物珍しい剣術だ。ゆえにアーツィーの脳裏に焼き付いて消えない。









 ───お前はもう、死んでいる。








 それを言う前にはもう斬っていて(斬ってない)、そして相手はもう死んでいる(まだ死んでいない)。そんな神速ともいえる速さの抜刀術を見せられて(見せてない)、アーツィーの頭から離れる訳がない。

 レルと同じ動きができなくとも似たように抜刀そのモノの動きを高速化し、それで斬る。これができればいい。


 アーツィーは鞘を地面に投げ捨てるように剣を引き抜き、そのまま振り抜くッ! 


 見よう見まねの抜刀術。そのまんま真似たのか? と、問われれば否である。アーツィーがアーツィー流にアレンジをした抜刀術。


 通常の抜刀術は鞘を腰に固定し、剣を引き抜くもの。


 アーツィーの場合は鞘を持っている左手は地面に向かって引き抜き、剣を握っている右手はゴーレムに向かって引き抜いた。

 というただに特化させた抜刀。居合い斬りにしては威力がない。

 だが、アーツィーにはそれで十分じゅうぶんさえ出ていれば、相手を斬れるから。


「ハアァァァアアアアアアッッッ!!!!」


 アーツィーの気合いの咆哮。


 瞬時の判断。


 無理な距離感での攻撃。


 したことのない見よう見まねの抜刀術。


 硬度高いゴーレムを一刀両断させる。


 時間にしてみればほんの僅かしかない瞬き程だった。

 人が造ったゴーレムではない限りゴーレムに声帯の機能が備わっていないため、このゴーレムは断末魔は挙げないが、体を形作っていた土や鉱石が崩れ落ちる。


 ここでアーツィーは気付く。このゴーレムの後ろにはもうあまりモンスターはいなかったことに。

 辺りには光る苔や鉱石があり、先ほどまでの灯りがなくほぼ真っ暗闇だった視界に光が映る。モンスターのももう薄く、アーツィーのなら息を整えながら処理できるモンスターの数になっていた。


 つまりアーツィーの第一の目的地であるダンジョン入口より奥の少し広い場所に着いた、ということ。


 ダンジョンの入口からここまで来るのにアーツィーは10分にも1時間にも感じられた。だが、実際の戦闘時間は1、2分。それほどまでに感覚が冴え渡り、アーツィーの体は酷使していた。否、、ではなく今現在もまだ






 その研ぎ澄まされた感覚で───。


















 ───ゾクッ!









 


 ───絶望を感じとった。







「!? なん......だ、これ。この感じこの感覚は!?」


 得体の知れない感覚に戦慄し、直感が身の危険を告げる。ダンジョンの入口の方から感じた。


「ヤバイ。何がヤバイかわからない。先を急いだ方が良さそう」


 ダンジョン入口にいる急造パーティーのみんなの心配をしている余裕が無くなる程に危険を理解した。


 アーツィーは一度、冷静になるため周りのモンスターを一斉に薙いで吹き飛ばし、モンスターとの距離を空ける。

 目を閉じ、大きく息を吸って、吐いて......をゆっくり繰り返す。剣を構え直して一気に駆け抜けるッ!!



「ワイシペっ!!!」

「こンきャァアアーッッ!!!!!!!」

「ラアアァァァァーーーーっっアアアシュッ!!!」

「テやんデイッッッ!!!!!!!」

「ちょちょ、マあああーーッ!!!!!」

「そ」

「死ッ!!」

「てえぇぇぇー!!!!」

「にょ~~~っンッッ!!!!!!!」


 そしてアーツィーは断末魔を置き去りにする速度でモンスター達を斬って斬って斬りまくった。


 大きいモンスターには3連撃をくわえ。


「マ! く! ラ!」


 小さめのモンスターには一振りで縦一閃、横一閃で斬り伏せる。


「Oh~~!」

「ノォ~~!!」


 アーツィーの振るう剣にモンスターの血や肉片などが付いていくが一向に切れ味が落ちない。むしろ斬れば斬るほど切れ味が鋭くなっていくことに気付く。


「ハハハッ。なんだこの剣、めちゃくちゃ斬れるぞ!?」


 思わず笑う。後ろから危険な気配がしていたことも少しの間だけ忘れて切れ味のいい剣を振るうことを楽しむ。


 楽しんでいたらあっという間にダンジョンの中層にたどり着いていた。

 中層は売れる鉱石がよく採れる。ここまで来れる冒険者はクエストのついでにあちこち採掘してから帰るため、空間が他の階層より広くなっている。さすがにこの周辺のモンスターはいないか陰に隠れていた。


 アーツィーは立ち止まり、ふぅ、と一息ついて一度冷静に剣を眺めた。ただ異様に切れ味のいい剣だと思っていたが、別のことにも気が付く。


 ......ん? 吸って、いるのか?


 と。剣をよく見ると剣に付着している血や肉片がぐちゅぐちゅと小さく音をたて、剣に吸われていた。


「魔剣か?」


 アーツィーは独り言を呟いた。そのハズだった。その独り言に返事は返ってこない。そのハズだが、どこからか返事が返ってきた。


「ああ、そうだ! 久しぶりの飯にしては質も量もちと悪いが......まぁ、少年の剣筋が良かったからそこは目をつぶろう!」


 ずいぶんと明るい声のトーンで女性の声がする。どこからか声が聞こえてきたかすぐには理解できずに周囲をキョロキョロ見渡す。近くから声がするのに姿が見えない。

 もし、敵だったら俺はもう死んでいる。そう思うと余計に焦る。


「!? だ、誰だ? いやそれよりどこにいる!?」


「くっ、くっ、くっ。分からぬか? 少年! 余に聞いたろ? “マケン”か? っとな!」


「なッ!?」




 ───魔剣......それはを持つ剣のこと。そのは人間が運良く手に入れられるや魔人、モンスターの持つと同等のもので、どんな能力かはその剣次第。能力が強いか弱いかはランダム。ただ、普通の剣より強いのは確かである。




 言葉を交わせ、意思疏通ができる剣。そんな剣あったか? と、アーツィーの脳内で検索するが引っ掛からない。

 こんな特徴的な剣なら多少有名になっていてもおかしくはないはずだが......。


「ん? 驚きで声もでないか? くくっ。余を起こした、つまりまた戦いがある。ということだろ? それも大きな舞台がある」


「大きな......舞台?」


「くくっ。そうか、少年は知らず余を手にしたか? それもまた面白い。少年のその力、おそらくはその舞台の中心に......それか重要な場面で使われるようにだろう。まだ足りない所があるが......」


「なにを、言って───」


「くくっ。余は決めたぞ! 少年に振るわれるとッ!! 喜べ少年! だが、ぬか喜びはするなよ少年! 毎日......とは言わんが、定期的に余にモンスターを喰わせろ少年! ああ、それもさっきより上質なモンスターを頼むぞ少年ッ!!」


「少年少年、って俺にはアーツィーって名前があるんだ! ってか、お前にはあるのか? 名前」


 いろいろツッコミたいこと、聞きたいことがあったけど、何故か俺の口から出た質問はこの剣の名前だった。


「ん? 余は......、よは......、何だっけかな? まぁ、よい! 余に名前を付けよ少年! あ、アーツィーだったな少年!」


「......名前忘れるか? 普通、あったんだろ?」


「いや、なに。いかんせんずっと寝とったし、余の持ち手によって名前を変えさせてたからな! うー......、あああぁぁぁあ? なんだっかなぁ......? くくっ、忘れた! だから付けてくれ! 余に名前を」


 こいつが喋り始めてから肩の力が抜ける。陽気な声で常に楽しそうに話すこいつの声がそうさせているのか。名前名前って、言われてもなぁ。


「あ、そういや、お前、喋る能力以外にどんな能力があるんだ?」


 喋るだけの剣ならうるさいだけでいらない気がする。あるならその能力にちなんだ名前にしてあげよう。その方が覚えやすいし。


「んあ? 能力か? それは───」


「ん? それは?」


「くくっ。能力なら口で説明するより見せた方が早かろう! 力を使うにちょうどいいやつがここに向かって来ているようだし!」


「ッ!!?」


 魔剣こいつと話していてつい忘れてた。


 ダンジョンの入口からヤバイ感覚があったことを。


 そして今、そのヤバイ感覚......絶望が俺の背中から感じ取れた。いや、感じ取れてしまった。







「んだぁ? おめぇ。んん? あぁ、そいつかぁ。そいつを余越なぁ」




 魔人がそこにいた。

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