第35話 強い剣士(アーツィーの本当の実力)

 S級がダンジョンの奥にいるんだッ!! だから、彼らが地表まで出てきてくれればなんとかなるッ! 俺たちはそれまで死なないことだ!!


 と、口で言うのは簡単だ。











 現実とは残酷なもので、魔人の強さは足元にも及ばない──。











「──! ~~ッ!! ──────ぃ!!」



 なんだ? すごく頭が痛い。そして誰かの声が耳に良く響くが、耳鳴りが酷くて聞こえない。


「────────!! ────!! ~~くッ!」


 耳鳴りがまだ止まないが何とか聞き取れるようになってきた。


「──い! マイクッ!! 目を覚ませッ!」


 リ、リシエラ? なにを言っている?

 ......はて、俺は何をしていたっけ? 身体中がひどく痛い。特に後頭部が。どこかに強く打ち付けたようだ。意識が朦朧とする。


「おい!! しっかりしろッ!! 死にたいのかッ!」


 リシエラ、今、揺さぶらないでくれ。と、口にしたいが口が動かない。


「バカッ!!」


 バチンッ! と、ほほをぶたれた。おかげで目を覚ましたが──。


「ぅ......。目覚ましにビンタは酷いんじゃないか? しかも怪我人に」


「!? 意識が......。マイクッ! こ、これは何本に見える!?」


 リシエラが俺の目の前で指を立てる。


「......さ、三本」


「よ、よかった」


 リシエラがホッとしている。けど、状況がわからない。頭を打って混乱しているせいか気を失う前の記憶が思い出せない。


「一体......なに──」


 一体何があった、そう聞く前に視線をリシエラの背後に向けた。


 ああ、結構吹き飛ばされたな俺。


 俺が吹き飛ばされて来たであろう方向の木々が薙ぎ倒されていた。目の前の光景に呆気あっけに取られている俺にリシエラが説明してくれる。


「なにって、魔人が来たのよ。それから私たちは戦った」


 ......戦った? いや、あれは戦いとは呼べない。あんなにも一方的だと戦いとは呼ばない。


 魔人と出会ったらA級冒険者未満は即逃げろ。

 小さい子供でもこんなことは知っている。こうなることがわかっているから。


「マイク。あんたは私を庇って一番最初にやつに吹き飛ばされて気を失った。それからあっという間に全員やられた。運が良ければ生きている人もいそうだけど」


「そう、か」


 意識と記憶がまだぼんやりとしているが理解はできた。


 


「ただ、やつは私たちにとどめを刺そうとした時、ダンジョンに顔を向けてこう呟いてからダンジョンの中に入って行った」




『魔王様が言っていたのは、あれ、か......』




 ゴフッ! と、リシエラが吐血した。俺の視界に映るリシエラに外傷は見当たらない。


「リシエラ!?」


 声を掛けるがリシエラが血を吐きながら咳き込むのが止まらない。俺は痛む身体に鞭打って無理矢理に身体を起こす。


「リシエラ! どこをやられたんだ!?」


「ハハ......。もう意識を保っているのも限界みたい」


「おい! 何言っている!? しっかりしろッ!」


 俺はリシエラの方を掴んで揺さぶる。だが、リシエラからの反応が薄い。


「さっきと、逆になっちゃったね。なんだか、マイクが起きて、伝えなきゃいけないこと、伝えたら安心しちゃったみたい」


「おい! 寝るな! リ──」


 俺はここまで言って気付いた。リシエラの肩に置いていた右手の指先にヌルリと液状の何かが付くのを。


「言ったでしょ? やられた、って。だから、もう......」


「リ、リシエラ......」


 意識を失ったリシエラが俺に身体を預けて来て俺はリシエラを受け止める。そのリシエラの背中は左肩から右の腰まで大きく斜めに斬られた傷口があった。


 キズッ!? 傷!! 傷口は深いのかッ! 浅いのかァッ!! 気を失う程だ、浅いわけがないッ!! また庇われたッ!! また救われたッ! て、手当てッ! 間に合うのか!? いや、間に合わせるッ!! っていうか、もう死......ッ!! いや! まだだ!! まだッ! ......ま、だッ!!!!!


 応急措置をしながら思考を廻らせる俺の気づかない間にが降って来ていたようだ。


 大粒のがリシエラの背中に降り注ぐ。俺は助かりそうに無いことを理解してしまった。いや、もう助かるとか助からないとかことをリシエラの肌に触れて分ってしまった。


「俺は......助けられてばかりだな」


 ポツリと呟いた言葉。その自分自身が発した一言が、自分の心に突き刺さる。

 助けられた。だから今度は助ける側になりたいッ!! そう心の中で強く想った。思った時には顔を上げ、他にまだ間に合う人がいないか見渡した。

 遠くに飛ばされ過ぎて一緒にここに来ていた人が見当たらない。


「リシエラ、すまないがここにいてくれ。みんなを助けたあとで迎いにくる」


 俺は立ち上がり、みんながいたところに駆け出すッ!!


「ッ!! ゴハッ!!!!」


 駆け出したつもりだった。実際は血を吐きながら地面に突っ伏した。

 胸が苦しい。骨が折れたかヒビが入ったか、それとも臓器が潰れたか。なんにせよ、もう一度立ち上がるのが辛い。こうして倒れているのも辛い。さっきまではアドレナリンが出ていて痛みに気付かなかっただけだったということか。


 あぁ、考えるのもしんどい。助けられたから助けたい、などど誓って、決意して、それでこのざまか。みっともねぇ。みっともねぇけど、どうしようもねぇ。こんなときなのにどうしようもなく寝みぃ。


 ああ、心残りは彼か。たしか、名前は......アーツィー、君。










───








「ん? どうすれば強い剣士になれるかって? あの人より強く?」


「ああ、親父みたいに。いや、親父より強い剣士になるためにはどうすればいい?」


 俺は親父、アレス・ヘルモントより強い剣士を目指して剣のみに生きることを誓ったその日に親父の親友でありライバルのガイにそんなことを聞いたことがある。


「強い剣士......ね。ってことはな──」


 他に兄貴にも同じ質問をしたことがあったっけ。


「強い剣士ぃ? 剣士になりてぇのか? そもそも強い剣士ってのはどんなのだ? 親父みてぇのか? ......だったらそりゃあ──」


 あと姉さんにも聞いたっけ。


「え? 剣士? うーん、そうねぇ、強い剣士って......私は魔法使うから私の場合は強い魔法剣士? になるのかしら? それとも呼び方は一緒で強い剣士になるのかしら? いずれにしろ、───」


 あ、そういや、的はずれかもしれないと思いつつも、魔法に秀でている母さんにも全く同じこと聞いたなぁ。


「魔法でってどういうことかわかる? 戦って魔法で強い。これの答えは単純。アーツィーが目指す強い剣士ってことも単純。そしてどうすれば強い剣士になれるのかも単純。まず、そもそも強い剣士──」


 ああ、強い剣士である親父にも聞いたよな。


剣士になりたい、か。......剣士に必要なものは剣だ。なら、強さに必要なものは──」


 聞いたみんなは言い方はそれぞれ違ったけど、内容はみんな一緒だった。


 剣士のなり方。そしてそもそん強い剣士とはなんなのかを言っていたなぁ。


 あ、れ? なんで今、思い出してんだ? 今、じゃないッ!! 今じゃないよね? だって今って......。


 今、次の一振りで剣が折れ、剣が砕ける瞬間だよねッ!? さっきのモンスターを斬った時、ハッキリと感じた剣の悲鳴。剣にヒビが入る感触っ! 走馬灯を見るにしてはなんで、これッ!? 今までの強い剣士を目指してから今までの鍛練の数々を思い出すッ? いや、その前の、強い剣士の話だよッ!


 暗闇の中、なんのモンスターか分からないがすぐ目の前にモンスターがいるのは分かった。だから最後の一振りを振るうしかないッ! 避けるスペースが作れそうにないッ!! だから、一振りで切り裂き、スペースを作るッ! これしかないッ!!


 頭の中で思い出される鍛練の日々。しかし、その鍛練の前にあの質問をして、返ってきた答えを、いや、あの答えが今、体現しなくてはならいことだと実感した。


 剣を一振り。目の前のモンスターはキレイに両断される。だが、予想通りに剣は折れ、砕ける。残ったのは剣の柄のみ。そんなのは使えない。すぐに手から離し、捨てる。

 そんな一瞬の判断をし、一瞬の行動をとっている間にすぐに目の前に別のモンスターが雪崩のごとく押し寄せて来ていた。




 強い剣士ってのは剣がなければ強くないのか? 強い剣士から剣を取り上げてしまえばただのに成り下がってしまうものなのか?


 否ッ!! それはありえないッ!


 なぜって? そりゃ、決まっている。


 ここであの質問の答えをまとめよう。


「「「「「強い人間ファイターが剣を持ち、戦うから剣士という。もともとが強いから強い剣士と呼ばれる。強い剣士になりたければ、強い戦士ファイターになればいいッ!!!!!」」」」」


 これが答えだ。


 で強い戦士が剣を持って戦うからという答え。アーツィーの鍛練は剣よりけんの鍛練をしていた。


 このモンスターだらけの世界で己の拳より、剣の時代。いや、剣より魔法。いやいや、魔法より兵器。いやいやいや、兵器より剣と魔法を組み合わせる時代。いやいやいやいや......。

 と、続くが、拳の時代は無い。この世界の人間が文明を築く前なら或いは拳の時代というのもあったかもしれないが......。

 いや、それでも拳の時代は無かったといえる。


 大抵の人間は魔法が使える。だからか、自らの肉体で、己の拳のみで敵を、モンスターを倒すということを考えそのものが無かった。魔法が使えないなら武器や兵器を使えばいい。或いは戦いという場にその身を置かないようにするとか。


 そう、アーツィーは人知れず、この世界で初めての拳士けんしになっていた。














「ワロタッ!!!!!」





 アーツィーの拳で突かれたモンスターの断末魔がダンジョンに鳴り響くッ!!!

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