第10話 魔眼の力でいくら眼が良くなろうとも、僕の剣は見えまい。(おまえ、剣抜いてねぇじゃん)

 家に帰ってシャワーを浴びて血を流して、どこぞのマンガの主人公の如く、同じ服が何着もあるクローゼットから綺麗な制服を取り出して着替え直し、いつもの日本刀を腰に差す。

 返り血で毎度服を着直さなきゃいけないから制服も私服も同じ服を何着も用意しなくちゃいけない。日本刀は重いし、一本で十分だからさっき貰った日本刀は部屋に置いておく。


 返り血でベトベトの制服は洗濯機に入れて回しておく。おそらく帰ってくる頃には綺麗になっているだろう。僕の洗濯機は高性能なため、制服もオシャレ着も布団も何でも綺麗にしてくれる。少々値は張ったが…。


 そんなことをして今現在、ラルクさんの店の奥の二人席でリザさんとコーヒーを飲んでいる。僕の頼んだパフェとリザさんが頼んだティラミスとパンケーキは、まだテーブルには届いてはいないが。リザさんがコーヒーを一口飲み、僕に質問してくる。


「さて…学園はどうだ?」


「うん。『友達』いっぱいでき…ましたよ」


「そうか。それはよかった」


「リ、リザ姉さんの方はお、お仕事どうなんですか?」


「ん、私か。『花』は元気に育っている。そのせいか『客』が多くて毎日大変なんだ。お前の次の休みの日に『手伝って』欲しい」


「うん。いいよ」


 『腹違いの姉と久々の再会。そして最近姉と知った弟は、その姉にどう接していいかわからず敬語になってしまう。だが、姉はそんな弟を優しく気遣う』という組織の考えた。会話内容も組織の考えた通りの隠語で会話する。どこで敵対組織が聞き耳を立てているかわからないからだ。


 おそらくラルクさんでさえ、はなし二割程度しか理解出来ていないだろう。僕は隠語を半分忘れてしまったため、話半分しか理解出来ていない。まずいな。いや、まぁ。多分こう…だったかな?多分、僕の理解力なら合ってるはずだ。


 なんせ、二ヶ月前に一度使ったっきり、使ってなかったからな。そりゃ、忘れるでしょ。僕はなんとなくの隠語で話を噛み合わせる。大丈夫だ。きっと大丈夫。今のところは…。


「ありがとう。お願いするね。あと最近、『ハト』が多くて店先がフンだらけになって困ってるんだ。何かいい対策とか知ってない?」



 あー…。えっと。『ハト』ってなんの隠語だったっけ? あとこの場合なんて返すのが正しいんだっけ? 忘れた。ま、いいや、適当に『鳩』のフン対策でも言っとくか。



「『鳩』には…」



 ん? あれ? 何すりゃいいんだ? 僕は言葉が続かず止まってしまう。ええい。こうなりゃ適当だ。適当。


「『鳩』には『豆鉄砲』がいいよ。………うん、そうそう。『豆鉄砲』だよ。」


「『マメ…テッポウ?』 ………ふむ、そうか」



 リザさんは鳩が豆鉄砲をくらったかのような顔をしてオウム返す。そして何かに納得したかのように唸る。


 良いのだろうか? 鳩に豆鉄砲を実際に撃って。いや、『鳩』は隠語だったと思うしその『鳩』とやらに『豆鉄砲』撃つくらいは別にいいだろう。僕は勝手に都合の良い様に解釈する。あれ? 『豆』と『鉄砲』もなんかの隠語だったような気がするようなしないような…。ま、いっか。


 

 そんなこんなな会話を繰り広げ、注文した『品』が届く。そしてラルクさんはテーブルに『伝票』を置いて行く。


「きょ、今日は僕が払うよ」


「ん。いや、まだ働いていないおまえに払わす訳にはいかん。ほら、私が払ってやる」


「いや、いいよ。僕が払う」


「いや、おまえに払わせる訳にはいかん」


 リザさんがそう言い、僕から『伝票』を奪い取る。この『伝票』はだだの伝票ではない。組織からの『指示』が書かれている。こういうやり取りをして僕とリザさんは『指示』をお互いに読み、内容を把握する。


 指示内容は今からリザさんと現場行って対象を始末してこいってさ。まだ、リザさんから肝心なこと聞けてないのに。パフェもさっさと食って行こうかな。


 ん? でも、待てよ。………なんでにやるんだ? いつもなら僕一人で行って対象を始末してリザさんに後始末してもらうってのが通常だ。今回はなんで一緒じゃなきゃいけないんだ? うーん。なんか嫌な予感がするなぁ。


 ま、ポジティブに考えよう。二人一緒に行動するならこんな隠語使わなくてもいいし、変な誤解を生まずに済む。と、考えよう。うん、そうしよう。


 

 『指示』を読んでから当たり障りのない隠語の必要もない会話をリザさんとしてから店を出る。会計を済ませたリザさんの手元に『レシート』があった。その『レシート』は先程の伝票より詳細に書かれている『指示文』である。リザさんと向かう先は一緒。高級住宅街の一等地。


 そこで魔眼の力を制御出来ない少年が屋敷の住人を皆殺しにしてしまったらしい。その少年はその屋敷の主人の息子さんで、なんでもそこの主人は珍しい物や価値のある物を集めるコレクターだったらしい。


 そのコレクト品の中にとても危険な魔眼があり、少年が魔眼に魅せられて自我を失い、屋敷にいた親も使用人も全員殺してしまったそうだ。今はある程度の自我を取り戻してどうにかして自分を殺してくれる人が来ないか屋敷の中に引き籠って待ってるんだって。



 

 『開眼の魔眼』そう呼ばれている。この魔眼は『目と目が合った人間を新たにその人に合う魔眼を開眼させる』というもの。このメリットだけなら万能だが、デメリットの方があまりにも大きいため、使用するということは普通はない。


 そのデメリットというのは『人間を見たら人間を殺したくなる』というもので、開眼される魔眼の能力も『殺人に特化』したものである。それに開眼させられるため、その負荷に堪えられなければ最悪死ぬ。良くて両目の失明と脳への傷害及び、魔力回路が滅茶苦茶になり魔法が使えなくなる程度で済む。


 この魔眼を使う人はもう後がなくなったシリアルキラーくらいだ。殺人鬼でさえ手元にあっても使うのを躊躇する。そんな代物。


 元の持ち主……というか、この魔眼は誰の眼なのか。それは魔王にも匹敵する程の強大な力を持ち、神に近い存在と云われていた最高位悪魔のヴァユ・ディ・モルツォの眼。


 ヴァユ・ディ・モルツォは昔の勇者に討伐されたがその肉体の一部はまだ能力を失われていない。そのため呪いのアイテムとしてこの世に残ってしまっている。


 



 


「ここか」


 リザさんが屋敷の前まで着いた時に発したセリフだ。僕とリザさんは人気ひとけの無い屋敷の敷地に足を踏み入れる。すると一際ひときわ大きい殺気が屋敷内から溢れでてきて僕とリザさんに突き刺さる。


 この殺気だけで人を殺せそうだ。僕はこういう殺気に慣れているから大丈夫だし、リザさんはリザさんで平気そう。


 正面の屋敷の玄関まで僕とリザさんは堂々と歩いて行く。するとドアが不自然に開く。ん? 入って来いって? まぁ、屋敷の外……つまり庭には死体が一つも無いから屋敷内に大量の死体が転がってるんだろうなぁ。なんて事を考えながら僕とリザさんはドアの中に入る。


 中に入ると死体は無く、ただただ、だだっぴろいエントランスに、正面に大きな階段があり、シャンデリアが光を灯しているだけだった。対象はいない。


「おーい! お前を殺しに来てやったぞー!」


 僕の声が良く響く。うーん。理性をある程度取り戻したってあるけど目と眼が合った瞬間に斬りかかって来ないよね? 魔眼の能力で相手を即死させられるってのは今の所、存在してないから3秒の猶予はあるはず。


 返事がない。僕とリザさんは屋敷の奥に足を踏み進める。やたらと高そうな絵や壺などが飾られている廊下の先に大広間があった。その大広間の中に入り奥へ進む。中は暗がりでシャンデリアが上にあるが灯りが付いていない。窓から月明かりが射し込んでいる。




 --バタンッ




 大広間の中央まで歩いてきたタイミングで入ってきたドアが閉められる。僕とリザさんは動じない。よくある演出。よくあるシチュエーション。僕たちは慣れている。


 シャンデリアの灯りが付く。急に眩しくなり僕は目を細める。視線の先には対象と思われる少年がいた。


「クックックッ。……アハハハハ! ハ、ハハ、はぁ。はぁー。……は、早く、僕を、殺すんだ! いいか。僕の、魔眼の、力は! 動体視力の強化、と、その肉体の超強化だ。つまり、人間をやめていると、言っていい程の、化け物に、僕は……。き、君たちを、殺し、た、たく、た、た。……たい」


 少年の服は血で汚れ、剣も血だらけだ。少年は苦しみながらも開眼した魔眼の情報を僕にくれた。なんだ。そんなしょーもない能力か。今にも魔眼に呑まれそうだけどあと3秒待っておくれよ。


 僕はいつも通り足を軽く開き、腰を落とす。左手で鞘を掴み、右手を柄に添える。そして--。





 キンッ





「お前はもう、死んでいる」





 3





 僕は左手で日本刀の鍔を軽く弾き、能力を発動した。少年はもうそろそろで自我を失い、僕を殺しに来るだろう。もう2秒待ってくれ。



「……たい。殺し……ア」








 2









「魔眼の力でいくら眼が良くなろうとも」

「アアあアア! ころ…-」



 僕はいつものように決めゼリフを言い、右手で柄を握る。少年は身体が小刻みに震えだした。








 1









「僕の剣は見えまい」

「…-す。………コ! ロ!」


















 -キン










「スっぱアアーーーい!!!」






 少年は僕の肉眼では捉えられない速度で接近してきていたらしい。少年の断末魔が僕の後方から聞こえてきた。いや、僕はただ剣を鞘に入れただけだ。


 僕は振り返り死体を確認する。死体は両目が潰れ、首が綺麗に両断されて胴体は心臓の部分に大きな穴が空いている状態だった。


 リザさんと目が合う。リザさんは遅れて振り返り、死体を確認し、また僕の目を見て僕を褒める。



「やはりお前は凄いな。その。何度見ても見えないし、この間近で私が見てもその剣筋が全く見えなかったよ」





 リザさんが心底驚き、僕は頬を掻く。
















 いや、僕、剣抜いてないです。




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