第7話 お前相手は手刀で十分。(いや、手刀もいらない)

 今日からはクライツェさんにも能力のとこバレないように気をつけないとな。「イルちゃん」とかクラスメイトの前でうっかり言っちゃわないように心の中でもクライツェさんとしっかり言おう。


 本人はイルで良いとか言ってたけど、口滑らせて「イル」とか言った日にはもう、絶対からかわれるし、関係性を探られるし、そうなってくると僕の能力のことを勘繰る人も出てくるだろうし…。うん、クライツェさんと呼ぼう。


 クライツェさんも学園にいる時は大人しくして、僕とあんまり関わらないよう釘を刺しといたからまぁ、クライツェさんと話す機会はおそらく放課後とかだろう。


 そんな事を思いながら登校する。曲がり角で人とぶつかった。考え事をしていたせいか反応に遅れて僕も相手も尻餅しりもちをつく。


「っわ!…あイテテテ」


「キャ!…ィッ、つーーー」


 受け身取れずにケツから地面に落ちると思ってる以上に痛い。僕も相手も若干涙目になっている。ん?相手はどうやら僕と違う学園の生徒か。あと関係ないと思うけど彼女の足元にパンが落ちていた。


 僕は立ち上がりながら掛ける。ただ立ち上がる時ケツに痛みが走った。


「あ、イッ、…あ、あの、大丈夫ですか?」


「イツッ。 …え、ええ、大丈夫よ」


「すみません。考え事をしていまして」


「あ、私も急いでいたので。ごめんなさい」


 お互いの不注意でぶつかったため、お互いに謝り合う。彼女は頭を軽く下げた時に足元のパンを見つける。


「あ、………………わたしのパンンンーーー!!! どうしてくれんのよー!」


 彼女はどうやら食いしん坊のようだ。どうしよう。あ! ならこう言えばいいか。僕はパンを拾い上げる。


「3秒ルールだ。まだ間に合う」


「アウトよ! 3秒以上経っている上に、路上に落ちたのは1秒でもアウトよ!」


 あれ? おかしいな。食いしん坊キャラはカレーは飲み物と比喩して呑み込む生き物なんじゃ? 食べ物が落ちてから3秒以上経っても平気な顔してモシャつく生き物では?


「って、もうこんな時間!? …仕方ない。わたし急いでるからパンのことは諦めてあげるわ」


 彼女は腕時計を確認して僕の通う学園とは違う方向へ走って行った。まぁ、今後彼女と会うことはもうないだろう。


 食いかけのパンを手にしたまま学園に着き、僕は席に着く。そしてホームルームが始まる前に今朝会った食いしん坊ちゃんのことを『少し』面白おかしくしてアーツィー君達に話をした。現物もあるからさぞウケた。多少話を盛って彼女の印象がおかしくなろうとも学園が違うから問題ないだろう。


「おはよう。よし、お前らー、席に着けー」


 おっと、先生が来ちまった。もう少し彼女をおかしなキャラにしてアーツィー君達を笑わそうとしたのに。


「お前らー、良い知らせがあるぞー。…なんと! イルちゃんに引き続きまた転校生がこのクラスに入ることになった! 喜べお前ら!」


 彼女ってことはないだろう。彼女ってことはないだろう。彼女ってことはないだろう。


 だって考えてみ。制服違うし、学園向かう方向も違ったし、同じならなんで曲がり角でぶつかることになるんだ?それにぶつかった後、学園とは違う方向へ向かったからな。彼女ってことはないだろう。



「転校生ちゃん入ってきなー。……………はい、自己紹介してー」


「初めまして。わたし、フォルシア・レーヴェル。今日、制服は間に合わなくて前のとこだけど気にしないで。わたしはこの学園で最強の剣士になるわ。そして騎士になって騎士大会で優勝して、アリスティリア・アストフィア姫の近衛騎士になるのがゆ-…………。あぁー!!! アンタは今朝の!!!」


 僕と目が合った。僕は目を反らす。ヤバイ…。アーツィー君達に彼女は『パンに興奮する変態でヤベーやつ』って認識にさせてしまった。


 僕は必死に他人を装う。これは僕のためじゃない。彼女の名誉のためだ。僕にこれ以上突っかからないでくれ。頼む。僕がさっき話した女の話と彼女が結びついてしまったらアーツィー君達に誤解が…。


 あれ? アーツィー君達、笑ってない? バレてない? 頼む。どうか頼む。レーヴェルさん僕に突っかからないでくれ。


「アンタここの学園の生徒だったのね」


「あれあれぇー? フォルちゃんはレル君とお知り合いなのねー。…なら席はレル君の隣に行ってちょうだい。この学園、基本席は自由なのだけれども知り合いの隣の方が勉強しやすいと思うの。だからフォルちゃんの席はレル君の隣ね」


「…はい、わかりました。別に知り合いって程、知り合いな訳じゃないんですけどね」


 レーヴェルさんが僕の隣に座る。僕は例のかじりかけのパンを机の上に取り出した。アーツィー君達と僕の話が聞こえていた他のクラスメイト達数名も吹き出した。


「え!? アンタそれ拾ってきたの!? なんで拾って来んのよ!」


「まあまあ。これでも食べて落ち着いて」


「食えるかぁーーー!!!」


 レーヴェルさんが予想以上に興奮したため腹を抱えて笑う人が続出した。クラスの半分が爆笑して半分が頭の上にハテナマークを浮かべていた。


 

 彼女は変人キャラになった。



 ドンマイ。










 

 昼休みになり、やっとフォルちゃんの隣から解放されるとなると気分が良い。さて、アーツィー君達と食堂へ行きますかな。と、思ったところでフォルちゃんが僕に付いて来た。あ、そう言えば…。


 ちなみに僕はレーヴェルさんのことを『フォルちゃん』呼びしている。フォルちゃんは変人面白キャラ扱いのため、もはや僕が『フォルちゃん』と呼んでも構わない状況になっていた。


「フォルちゃん。パン奢るよ。あと、つおでに食堂の場所も教えるよ」 


「パ、パンはいいわよ…。食堂の場所さえ教えてくれれば」


 薄々パンネタでクラスの半分から笑われていることを自覚した彼女はパンネタに対して恥ずかしそうに応える。ちょっとからかい過ぎたかな。と、思いながら教室を出ようとしたところでクライツェさんが話しかけてきた。いや、だから話しかけて来ないでって。


「フォルちゃん、レル君。私もご一緒してもよろしいでしょうか。フォルちゃん、私もつい最近転校してきたばかりなので同じ転校生同士で仲良くしたいと思っているの。あ、私の名前はイルフィリア・クライツェと言います。イルと呼んで下さい」


「ぼ、ぼぼ僕は別に良いけど」


「わたしもいいよ。イルちゃん、よろしくね」


 待て。待て待て待て。冷静に考えれば恥ずいぞこの状況。僕一に対して女子が二って。


 クライツェさんはきっと師弟関係になったからなるべく僕に近づきたくてこんなお誘いしたんだろうけど、僕的には周囲の目に耐えられる自信がないぞ。フォルちゃんはもうペット感覚でいたから気にしてなかったけどフォルちゃんも女子だよな。


 焦った僕は言葉に詰まってしまった。あ、そうだ。アーツィー君達を誘えば解決できるんじゃ? …………アーツィー君達はっと。

 

 アーツィー君達を見つけたが何やら遠くで僕に向かって親指を立てていた。アーツィー君達…。僕を助ける気は無いな。


「あ、僕、今日は食堂より購買で何か買ってどこかゆっくり休めるとこで食べたいな~」


 僕は食堂という群衆の中で男女比が一対二というハーレム状況になるのはハズい。まだフォルちゃん一人ならクラスの連中になら僕がからかっているのわかっているし、転校生を案内するって名目があるから別に平気だったけど…。ただここにもう一人女子が加わるってなると話が変わる。


「私は別に良いですよ。レル君」


 クライツェさんが僕の話に乗った。よし、行ける。フォルちゃんはまたパンネタにからかわれると思っているのか?いや、クラスメイトが周りにいない今の状況ではやらないよ。なら…。


「あ! フォルちゃんに購買のおにぎりってのを食べて欲しくてさ。なんでも異世界の勇者様作の食べ物らしくて、こう、白米を三角形にしたものなんだ。この学園にしかない食べ物だから是非食べて欲しいんだ」


「…………なら良いわよ。案内して」


「うん。じゃあ、行こうか。こっちだよ」


 僕は食堂に行きたくない理由のすげ替えに成功した。





 購買は相変わらず人がごった返していたがなんとか、おにぎりを買って人気ひとけが無い所に女子二人を連れ込む。ん?言葉は合っているけど意味合い変わんね?これ。まぁ、いい。二人を連れ込んだ僕達はベンチに座り、一息つく。ベンチに座る時、腰に提げた剣が邪魔になるから剣をベンチに立て掛けた。


「ふぅ~。あそこは毎度人がすごいね~」


「そうですね」


「購買はどこの学園もあんな感じなのね」


「あ、なんか飲み物買ってくるよ。確かおにぎりには緑茶が合うらしいからみんなの分も買ってくるね。…遠慮しなくて良いから」


「そ、じゃあお願いするわ」


「私もお願いします」


 何故か僕の両隣に座った彼女達から逃げるべく僕は飲み物を買いに行く。く、僕への精神攻撃か?


 購買までの道中、全くと言っていいほど人がいない。この学園自体そこそこ広く、多くの施設がある。そのため、施設の裏側は人が来ないスポットになっている。だがここまで歩いて人っ子一人しかいないのは妙だ。なら、考えられるのは-…。





「獲物が掛かったけけけ」


 …-結界の中にいるということ。中級悪魔が僕の前に姿を現した。殺すのは簡単だ。だが、最近僕の記録係になった彼女が僕のことを見ているかもしれない。だから僕はさも剣で斬ったかのような演出をしなければならない。剣は置いて来てしまった。でも問題ない。


 僕は右手でチョップの形を作り横薙ぎをし、決めゼリフを言う。



「お前相手は手刀で十分」


「けけけ。何を言い出すかと思ったら手刀で十分だと?けけけ。笑わせる」


「お前はもう、死んでいる」



 3


 僕は手を下ろす。

「けけ…」



 2


 僕は背中を見せる。

「寝言は死んでから言え!」



 1



 僕は前に歩き出す。

「けけけ、死-…」



 コツッ-



 コツコツコツッ。

「エバらアアァァーー!!!」



 僕の背中に血が跳び移る。まず首が飛び跳ね、次に胴体の表面上に線が横にいくつも浮かび上がる。そしてその線上に胴体が切れていく。輪切りになった中級悪魔が地面に着き、徐々に消滅してゆく。完全に消滅したのと同時に結界も砕け散った。


 結界の消滅時に僕の左側に視線を感じたので顔を向けてみるとフォルちゃんとクライツェさんがいた。














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