依頼と調査と吟味
◆6-1
「何でテメェが来るんだよ、あの餓鬼連れてこいよ」
洞窟街の“蜉蝣”、ミロワールの工房にて。部屋の主は不機嫌さを全く隠さず、招かざる客人であるビザールを睨み付けた。そもそも他人と話をするという行為自体を無駄に感じている人間だからこその反応だが、ビザールはその程度で怯む者でもない。
「ンッハッハ、済まないね! 我が家は常に人手不足なのだよ!」
「テメェの回りくどい台詞を聞いてる趣味はねェ、用件だけ言ってとっとと帰れ」
作業台に向かったまま片手をしっし、と振る無作法にも全く顔色一つ変えず、ビザールはまるで舞台俳優のように狭い部屋の中を動き回りながら問う。
「うむうむ、聞きたいことを伺えられればすぐに退散しますとも。オルゴール・ゴーレムを作成できる魔操師に心当たりはないかね?」
「はァん?」
露骨に眉を顰めたミロワールは、壁から伸びた管を一本引っ張って咥え、吸う。どこからかぼこぼこと水音がして、血色の悪い唇から薄紫色の煙が吐き出された。どうやら水煙草のようなものらしい。
「オルゴール・ゴーレムねェ。そりゃあ作ってる奴ァいるだろうが、洞窟街じゃ割と型落ちだ。僕もやろうと思えば作れるぜ、作る気ァねェけど」
「確かに、貴女の理想とはかけ離れたものかもしれませんな」
「当然だろ。人間もどきを作って如何しろってんだ。神が作った人間というモノよりも、優れたモノを作らなけりゃ魔操師の意味が無い。しかも歌うだけ、喋るだけ、閨事が出来るだけってんなら人間で充分だろうが!」
常道からは外れていても、彼女なりの倫理観と誇りというものがあるらしい。その是非については言及せず、ビザールはただ頷く。
「では、それらが地上に出ている可能性も当然あると」
「金になるんなら“蛞蝓”のジジイが嬉々として売り払うだろうなァ。先立つもんが無ェと不便なのは上も下も同じだ。まァ露骨にやりすぎると“蟻”に睨まれるだろうから、その辺は弁えてるだろうさ」
「成程、成程。では今現在、アルブル子爵に雇われている魔操師は、洞窟街とは関わりなしという言質を頂いて宜しいですかな?」
「ああ、そんなことは有り得ない」
両眼鏡と片眼鏡の視線がひたりと向き合う。地上の魔操師が何をしようと、また何をされようと、“蜉蝣”は一切関知しない、という言及だった。たぷりと顎を揺らして頷き、男爵は踵を返――したところで、独楽のようにもう一度くるりと振り向く。
「うむうむ、それは重畳! ではついでにもう一つ、お伺いしたいのだが」
「チッ、んッだよ」
「――人間の魂を故意に、ゴーレムの中に封じ込めることは可能かね?」
「……あァ?」
声音が変わった。ミロワールは眼鏡の下から先刻とは別口の剣呑な視線を送ってきたので、ビザールは笑みのまま受け止める。
「オイ、デブ。今なんつった?」
「いえいえ、我が妻リュリュー殿は非常に慧眼をお持ちでしてな! アルブル子爵が所有するオルゴール・ゴーレムの中に、人間の魂が入っていることを見抜かれたのですよ。あの方が嘘をついているとは思えませんし思うつもりもありませんので、確認をしたかった次第です」
「ッざけんな! それは邪道どころか外道だ!」
周りのものを薙ぎ倒して、ミロワールが立ち上がる。その瞳に浮かぶのは、明確な怒りだった。
「人間のふりをするものを作るだけじゃ飽き足らず、その材料に人間を使うだと!? 馬鹿げてる! それァ理を書き換えるんじゃない、理の枠の中をかき混ぜてるだけだろうが!!」
「然り、然り。ミロワール殿。貴女のお怒りも御尤もです。故に改めて、問わせてください」
激昂し胸ぐらを掴んでくる魔操師に、ビザールは一層にんまりと、まるで魚が針にかかった釣り人のように笑う。
「そのような外道を行うものに、心当たりはございませんかな? ええ、もしいた場合はどのような制裁を加えれば宜しいかも、合わせてお伺いしたい」
×××
続いて、ビザールは洞窟街の“蜘蛛”、黄縞の店に向かった。今度は調査ではなく、他ならぬ“蜘蛛”の元締めからの仕事の依頼を受ける為だった。
「ねぇ、男爵様? どうして坊やを連れて来てくれなかったの?」
図らずもミロワールと同じ感想を漏らすレイユァは、不機嫌そうに長椅子に寝そべっていた。ビザールが通されたのは来客用の応接室だ。寝室へは、ヤズローぐらいしか招かれまい。
「ンッハッハ、全くヤズローは罪な男ですな。もう少し女性に優しくせねばと常々教えてはいるのですが」
「ああ、憎らしい事。このままここで、縊り殺してやろうかぇ」
きちきち、と音がして、男爵の首元で細い糸が光る。彼女が本気になれば、ビザールの首は斬り落とされるだろう。だが、彼は笑みを崩さない。
「ンッハッハ、お怒りはごもっとも。しかし吾輩も燻製肉になるのはご勘弁頂きたいですし、何より貴女に、約定を違える気などありますまい?」
「……えぇ、えぇ。混じって暮らすのは面倒多いけど、それを含めて気に入ってるわ」
レイユァは人では無い。魔の者としてこの世に生を受けた絡新婦だ。魔は人よりも強い力を持っているが故に、約定を重んじる――というより、嘘を吐くという概念が無い、という方が近い。彼女がそうあろうと決めたことは、誰であろうと覆せない。百年以上前、ビザールの祖先と戦った結果、人を自発的に襲わないことと引き換えに彼女はこの地を得た。以来、彼女はその約定を守り、破ったことは無い。
「だからねぇ、我慢ならないの。――私の縄張りを侵されるのは」
「ほう、ほう。そのような事実が?」
ビザールが僅かに身を乗り出した時には、首に巻かれた糸は消えていた。レイユァは歪めても美しい顔のまま、甘い匂いの吐息を吐いて語り出す。
「最初は、上にこっそり出た子が浚われた。それは仕方ないこと、約定を違えたのはこっち側。でもねぇ? こちらに入り込んで子を攫うのなら、違えたのは向こう側」
レイユァの金色の瞳――大きく開く二つだけでなく、頬に並ぶ残り六つも合わせてぎらぎらと輝く。魔の証であるその色を閃かせ、明確な怒りをビザールに向けた。彼女は自分の縄張りと、そこに住まうものに手を出されることを許さない。
「“蟻”の方々は如何に?」
「ちゃんと働いているわよ、だから今は治まった。――それで私に牙を納めろって言うのかぇ?」
彼女は約定を守る――であるが故に、破られたことを絶対に許さない。下手人を血祭りにあげて、肉と骨を全て腹に収めるまで怒りが収まらないだろう。そして今後同じことが起これば、彼女は約定を破棄する。先に破ったのはお前達の方だと、怒りのままに人間を躊躇わず襲うようになるだろう。そうなったら――彼女を殺すか、この街の人間すべてが殺されるまで、止まらないし、止められない。
その事を、祖先からの文献でよくよく知っているビザールは、深刻そうな顔で否定の為に首を振った。
「無論、貴女の悲しみは汲んで余りありますとも。成程、ご依頼は下手人の調査と引き渡しですか。もしそれが地上の貴族であった場合、取引は中々に難しいかと存じますが」
「知ったことじゃあないわ。地下の法は地下の法、地上の法は地上の法。そういう約定だったでしょう、もう二百年前から」
「然り、然り、仰る通り。畏まりました、微力ながら全力を尽くしましょう。出来うる限り、レイユァ殿のお心に叶うように」
「ええ、お願いね。次は必ず、坊やをお寄越し」
「ンッハッハ、本人が望みましたら喜んで。ではでは、吉報をお待ちください」
大仰な礼をして立ち上がり、部屋を出ようとする丸い背中に、蜘蛛がそっと声をかけた。
「ねぇ、ビザール・シアン・ドゥ・シャッス。あなたはまだ、あなたのまま?」
ひそりと囁かれた、謎掛けのような言葉に、男爵は肩越しに振り返って笑う。いつも通り、変わらずに。
「勿論ですとも」
「そう。なら、良いわ。……早く帰って、あなたが長居すると“蛆”が五月蠅いのだもの」
軽く肩を竦めてもちりと言わせると、ビザールは悠々と部屋から出ていく。それを見送らず、レイユァも自分の寝床へと足を向ける。
「本当、人間って残酷なこと。あんなものを、血を分けた自分の子供に施すのだから」
心底理解しがたいとい言いたげに囁きながら。
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