脅迫状

「今日もまたここ?」

「何よ、研究会に入った以上は3年間しっかり付き合ってもらうんだからね」

 美里愛ちゃんは当たり前のように僕の手を引きながら、今日も部室に着いた。僕の手を離さないまま、鍵を回して扉を開く。


「そーれ」

 女子とは思えないほどの腕力で僕を部屋の中に放り込んだ。僕は勢い余って玄関の段差につまずいて転んだ。鼻先を打って嫌な予感が走る。

「あっ、鼻血出しちゃったかな」

 とりあえず心配してるようなアピールをする美里愛ちゃんを尻目に、僕は人差し指で鼻先をこする。血は出てない。


「大丈夫だよ」

「あっそ、よかった」

 美里愛ちゃんは扉を閉めると、さっさと僕を追い越すように玄関を上がっていった。奥のハンガーラックへ一直線にたどり着くと、いきなりスカートのファスナーを下ろし、脱ぐ動作に入った。


「ちょっと待った!」

 僕は美里愛ちゃんの着替えを見そうになってしまい、咄嗟に体をひるがえした。再び扉が開き、香帆ちゃんが入ってくる。彼女は折り畳まれたピンク色の紙を引っ下げていた。

「お疲れ様です」


「来てくれたか、香帆」


 着替え中の美里愛ちゃんの声がフランクな感じだったけど、どんな姿かは確かめられなかった。

「あの、こんなのがありましたけど」


 香帆ちゃんが素朴な感じで僕に紙を渡す。それはチラシだった。開くと裏にこんなことが書かれていた。


「今度の土曜日の体育館ユートピアに参加してみろ。


我ら風紀委員が魂を頂戴する


あっ、清太と香帆は保護してあげる」


「もしかしてこれって……」

「何そこでモタモタしてんの?」

 美里愛ちゃんが急かすような口調で言いながら、僕たちのもとへやってきた。赤ずきんちゃんのようなワンピースだが、ノースリーブでスカートは短め、太ももから続いたガーターベルトの継ぎ目が見えていた。


 赤を基調としたセクシーな姿に、僕の鼻の奥がまた刺激されそうな予感がした。


「見せてよ」

 美里愛ちゃんはそう言いながら僕から紙を取り上げた。一瞥したあと、問答無用で破り捨てる。

「こんなの気にしない気にしない。こんなしょうもない文書を送る人間は、宣言を実行する勇気のないただの臆病者だから。それじゃあ、香帆、いくわよ」


 美里愛ちゃんが香帆ちゃんを部屋の左側面の壁につけられたハンガーラックへと連れていく。慣れた手つきで衣装を物色する美里愛ちゃん。

「ほら、とっとと脱いだ脱いだ」

 香帆ちゃんが戸惑いながらもスカートのファスナーを下ろす。今日も僕は香帆ちゃんの下着姿を恐れてスルスルと部屋を抜け出そうとした。


 扉をこっそり開いた瞬間、杏ちゃんがもうそこに立っていた。僕に向かって不敵な笑みを浮かべている。よくわからないけど、このまま部屋を出たらまた連れて行かれ、探してきた美里愛ちゃんと修羅場になる。僕はそっと扉を閉めた。


 こうしている間にも、布が擦れる音が矢継ぎ早に聞こえる。香帆ちゃんが制服を脱いでいるのは明らかだった。だから振り向けない。振り向いたらまた、深紅のナイアガラが流れずに決まっている。かといって外に助けを求めれば、杏ちゃんが待っている。彼女に捕まれば、美里愛ちゃんに「浮気」とみなされ、今度はどんなひどい罰を受けるかわかったもんじゃない。


 もしかしたら幻覚かなと思い、僕は扉をちょっとだけ開き、隙間をのぞき込んだ。

「どうしたの?」

 普通の顔をして聞く杏ちゃんが恐ろしく見えた。僕はゆっくりと扉を閉める。やっぱり彼女の姿は幻じゃなかったんだ。


「清太、そこで何してるの?」

 美里愛ちゃんの声に反応して僕は振り向いた。美里愛ちゃんは中世風の黒のワンピース型ブラウスらしきものに着替えているところだったが、スカートの部分しか上がってなくて、上はライムグリーンのブラジャーが露わになっていた。

「キャッ」

 僕と目が合った香帆ちゃんが気まずそうに顔を背ける。僕は視線は不覚にもライムグリーンに釘付けだ。そして鼻の奥からは深紅のドロッとした滝が……。


「あーっ、またそんなもの流して……」

「ご、ごめんなさい」

 僕は口だけで謝ることしかできず、なおも香帆ちゃんから視線を外せなかった。美里愛ちゃんが懐から出したティッシュを僕の鼻に近づける。


「うっ、ちょっと待って!」

 僕は慌てて180度ターンした。ティッシュ越しでも女子の手先が鼻の下に触れようものなら、ナイアガラが勢いを増しかねない。何といっても僕は童貞の中の童貞なんだから。

「自分でやるよ」

「何よ、せっかく助けてやろうとしたのに」


 美里愛ちゃんのボヤきも意に介さず、僕は天を仰ぎながらナイアガラの痕跡を拭き取り、白いロケットを鼻の穴に詰め込んだ。


「つれない態度取ったから清太くんの今日のコスプレはハードな感じでいくか」

 嫌な予感が僕の手を止めた。そして……。

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