第4話 終末の足音

 クオンは、ヨハンと同じ長剣型の武装媒体ミーディアムを軍服の下から取り出し、光刃を具象させる。

 ほぼ同時に、炎魚の一匹がクオンに向かって突進してくるも、


「甘々ですね」


 流れる水の如き流麗な体捌きで、突進を回避。

 すれ違い様に首を刎ね、絶命した炎魚が無数の赤い粒子となって霧散した。


 一方、ヨハンは、


「く……ッ!!」


 頭を食いちぎろうと大口を開けて突っ込んでくる炎魚を、床を転がって回避。

 クオンとは比ぶべくもない無様な体捌きであることは自覚しているが、自分にはあんな達人じみた芸当は逆立ちしてもできないことも自覚しているので、攻撃をくらわないことを最優先にする。


(魔法による攻撃なら理詰めでかわせるのに……!)


〝奴〟が使った〝レッドジャベリン〟ならば、軌道も速度も完璧に熟知しているので、魔法発動時の〝おこり〟さえ察知できれば目を瞑っていても避けられる自信がある。

 だが、今この瞬間ヨハンを襲っている攻撃は駄目だ。

 どういう軌道で、どういう速度で、どういうタイミングでくるかわからないため、どうしても回避が大袈裟になってしまう。


 そんな情けない自分とは裏腹に、クオンが二匹目の炎魚を斬り捨てる姿を横目で確認する。

 早く〝奴〟を追いたいという思いがあるが、恋人の前であまり無様を晒したくないという思いもあったので、ヨハンは次の攻防で決着をつける覚悟を固めた。


 先の突進をかわされた炎魚が旋回している間に、ヨハンは天を衝くように、高々と長剣媒体ソードを頭上に掲げる。旋回を終えた炎魚が、餌に食いつくように再びヨハンの頭を狙って突っ込んでくる。


 転瞬、ヨハンは長剣媒体ソードを振り下ろし、前のめりになりながら身を屈め、頭を食らおうとする炎魚の突進をくぐりながら大口を開ける顔面に光刃を叩き込む。

 炎魚がもう一度自分の頭を狙って食らいついてくることを予測し、放った、捨て身のカウンタ―だった。


 しかし、哀しいかな。

 ヨハンの剣才のなさは捨て身程度ではカバーし切れず、勝負を決するために放った斬撃は炎魚の頭の中程で止まってしまう。

 結果、致命に至らなかった炎魚がヨハンの頭上で暴れ出し、振りまかれた火の粉が肌をなぶっていく。

 

 今、ヨハンの取れる選択肢は二つ。

 一つは、武装媒体ミーディアムを解除して炎魚にめり込んでいだ光刃を消失させた後、一度退いて体勢を立て直すこと。

 もう一つは、


「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 炎魚の頭に食い込んだ長剣媒体ソードを振り切って、今度こそ斬り裂くこと!


 両手を火の粉に炙られながらも裂帛の気を吐き出し、渾身の力で炎魚の頭に食い込んだ長剣媒体ソードを振り切ろうとする。

 川魚のようにすんなり斬り裂かれてくれるような炎魚ではなく、ますます激しく暴れて火の粉を振りまくも、ヨハンは少しずつ、確実に、炎魚の体を裂いていく。

 そして、


「終わりだああああああああああああッ!!」


 とうとう長剣媒体ソードを振り切り、炎魚を両断。

 クオンが、三匹目の炎魚を三つに斬断したのと、全く同じタイミングだった。


「ヨハン! 怪我はありませんか!?」


 すぐさまこちらに駆け寄ってきた愛しい恋人に余計な心配をさせたくなかったので、火の粉で両手が軽度の火傷を負っているのを伏せながら「大丈夫だ」と答えた。


「それより……」

「わかってます! 急いで後を追いましょう!」


 頷き合った後、二人はすぐさま〝奴〟が逃げ込んだ通路を駆けていく。


 しかし、炎魚によって足止めされた時間の損失ロスは大きく、地下水路の内部が迷路のように入り組んでいるせいもあって、〝奴〟はおろか、その足音にすら追いつくことはできなかった。

 一か八か、広場から最も近い位置にある地上への入口に向かってみるも、扉にはしっかりと錠がかかっており、〝奴〟が出入りした痕跡はなかった。

 

「クソ……! あそこまで追い詰めておきながら……!」

「わたしのせいで……本当にごめんなさい……」

「いや、だからクオンが気に病むことはない。全ては僕の未熟さが招いた結果だからな」


 すぐさまフォローを入れるも、クオンは自分のせいで〝奴〟を取り逃がしてしまったと思い込んでいるらしく、炎魚と戦う前に謝った時以上にシュンと肩を落としていた。

 これ以上恋人を落ち込ませたくなかったので、話題を変えるついでに疑問に思っていたことをクオンに訊ねる。


「そういえば、クオンはどうして地下水路に?」

「ヨハンと別れてすぐに、偶然、ヨハンが追い詰めていたあの怪しい人を見かけたんです。気になって後をつけてみたんですけど、地下水路に入ったところで見失ってしまって……。実を言うと、完璧に道に迷ってしまっていたので、ヨハンを発見した時は本当にホッとしました。だからつい大きな声を出しちゃって、そのせいであの怪しい人を取り逃がしてしまって……」

「いや、繋げなくていい! そこにはもう繋げなくていいから!」


 さすがにこれ以上落ち込むのは良くないと思ったのか、気を取り直したクオンが、こちらと同じ質問を返してくる。


「ヨハンこそ、どうして地下水路にいたんです?」

「クオンと別れて家に戻った後、微かだけど魔力の昂ぶりを感じたんだ。念のため確かめにいったら、案の定だったってわけさ」

「なるほど、魔力感知ですか。魔力の流れを感じ取る感覚を得るのがどれほど難しいことかは、父に教えてもらった際に嫌というほど思い知らされたものですが……さすがですね、ヨハン。あの広場からヨハンの家までは、かなりの距離が離れているのに察知できるなんて」

「公都内ならどれだけ上手く魔力の流れを隠蔽しようが、魔法を発動した際や魔法陣を起動した際に生じる〝おこり〟を察知できるからな。〝奴〟がまた公都内で魔法陣を起動したら、今度こそ捕まえてみせるさ」

「……平然と公都内ならって言ってますけど、ちょっと凄すぎません? わたしなんて目の前で使われても、魔力の流れや熾りなんてさっぱり感じなかったですよ」


 そういえば、自分の魔力感知力についてクオンに詳しく話すのは初めてだなと思いつつも、予想以上の褒めっぷりと驚きっぷりに、こそばゆさを覚える。

 だからか、


「ま、まあ……正確には、魔力を感知できる範囲は公都が限界というだけで、クオンが思っているほどは凄くないと思うけど」


 つい謙遜してしまうヨハンであった。


「それより、これからどうす――」


 照れ隠しに話題を変えようとしたその時、クオンが唇の前に人差し指を立てて静かにするよう促してきたので、ヨハンは言葉を切る。


「どうした?」


 と、囁くような声で訊ねてみると、同じ声量でクオンが返してくる。


「外からですけど、誰かがこちらに近づいてくる気配を感じます」

「……クオンは僕の魔力感知力を褒めてくれたけど、正直、君の気配察知力の方が余程凄いと思うんだけど」

「そんなことありませんよ。ヨハンだって、魔力感知を応用すれば、気配の代わりにその人の内に秘められた魔力を感知することとかできそうですし」

「それが……無理なんだ。今クオンが言ったとおり、魔力は、人間の体の内に。だから、魔法なり武装媒体ミーディアムなりを使って体外に出力してくれなければ、目の前にいる人間の魔力すら感知できないんだ。正直に言うと、自分の体の内に流れる魔力を把握するのが、せいぜいだよ」

「そうなんですか……。あっ、お喋りはそろそろやめた方がよさそうですね」


 いよいよ気配が近くなったらしく、二人は頷き合ってから武装媒体ミーディアムを構える。が、ガチャリと錠を開ける音が聞こえた瞬間、ヨハンとクオンは揃って眉をひそめた。


〝奴〟のような侵入者が、わざわざ鍵を使って錠を開けるとは思えない。

 ならば入ってくるのは……と、考えている内に扉が開き、ヨハンたちと同じブリック公国軍の軍服に身を包んだ、金髪碧眼の小太りの男が中に入ってくる。


「アレ? なんでヨハンとクオンちゃんがこんなところにいんの?」


 ヨハンとクオンは、揃って脱力してしまう。

 錠を開けて地下水路に入ってきたのは、二人の同僚――カルセルだった。


「カルセルこそ、なんでこんなところに……って、聞くまでもないか」

「そ。巡回警備に来たってわけ」


 公国軍の兵士は、公都外の澱魔エレメントへの対処の他に、公都内の治安維持も任務の内に含まれている。

 地下水路という、広大かつ複雑に入り組んだ空間を、悪党が身を潜めるのに絶好の空間を警戒しないわけがなく、ブリック公国軍は昼と夜に二回、地下水路に人員を派遣して巡回に当たらせていた。


 もっとも、広大かつ複雑な地下水路全域を完璧にカバーするのは不可能に近く、毎日の巡回に大人数を割くわけにもいかない。

 警備に穴が生じるのは必然であり、〝奴〟はその穴を突いて事を運んでいたのだろうと、ヨハンは推測する。


「それにしても、本当に驚きだよ。こんなところで二人と出くわすなんて。友人としてアドバイスさせてもらうけど、逢い引きするなら、もうちょっと場所を選んだ方がいいと思うよ」

「するか、こんなところで」


 ため息をついた後、ヨハンはこれまでの経緯をカルセルに話した。


「そんなことが……うわ~、今から一人で巡回するの嫌だな~」


 話を聞き終えた直後に出たカルセルの言葉に、ヨハンをもう一度ため息をつく。


「いや、それ以前に、上に報告して捜索隊を編成してもらった方がいいと思うぞ」

「わかってるよ。言ってみただけだって。ただ……」

「それこそわかってる。報告するにしても、僕とクオンがいないと始まらないからな」


 そう言って、ヨハンはクオンに目配せをし、クオンは全てを承知したように微笑を浮かべながらコクリと頷き、


「やれやれ、長い夜になりそうだね」

「それは僕とクオンの台詞だ」

「ヨハンと二人きりなら、長い夜も大歓迎なんですけどね」


 軽口を叩き合いながら、三人は早足にヌアーク城へ向かった。



 ◇ ◇ ◇



 ヨハンたちが侵入者について報告し、非番ということでヨハン、クオンの両名が解放され、カルセルを含めた夜番の兵士たちが小隊を組んで、地上と地下水路双方から侵入者の捜索を開始した頃のだった。


 公都ヌアークから数キロ離れた山中で、フード付きの外套と仮面を身につけた者が木々の闇に身を隠し、公都の方角を見やりながら何事かを話し合っていた。


「〝奴〟の見立てどおり、プランAの遂行は困難を極めるようだな」


「だから〝奴〟は、公都一〇キロ圏内に流れる魔導経脈の集約点スポットを全て調べ上げてたみたいだけど……いやはや、さすが七至徒しちしと候補だね。〝彼〟の力を確かめるために、一度公都で試験的に〝楔〟を打ち込んでみるべきだって言ってきた時は、いくらなんでも慎重すぎやしないかと思ったけど」


「〝彼〟……大陸最高の魔法士の息子にして天才魔法士と呼ばれたヨハン・ヴァルナスか。一目見ただけで魔法陣の術式を看破するどころか、起動した際に生じる〝おこり〟をも察知するとはな。此度の最大の障壁になるかもしれないという〝奴〟の言葉に嘘偽りはなかったようだ」


「それなら、さっさと殺してしまった方がいいんじゃないかしら? 魔法以外に関しては凡人以下って話らしいし」


「今はやめておけ。下手に追い詰めて強大な魔法を使われてみろ。魔導経脈にどれほどの影響を及ぼすかわかったものじゃないぞ」


「そうなると、プランBの遂行も困難。確かに、今はやめておいた方が無難だね」


 響く男女の声。

 一人一人が完璧に気配を絶っているため、声だけでこの場にいる者たちの数を把握するのは不可能だった。


「ところで、七至徒第二位様の御到着はいつになる?」


「二日後。決行日前日よ」


「それまでに、しっかりと舞台を整えておかないとな」


「ああ。そうだな」


「崩しましょう」


「崩そう」


「崩すぞ」


「この美しき都を」


「この哀れな小国を」


「我ら《終末を招く者フィンブルヴェート》の手で」

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