006 青い鳥

 銀の皿に白い野の花を敷いて、青い小鳥が眠っている。

 火をともせば小鳥の夢を焼きそうで、蝋燭ろうそく燐寸マッチに手を伸ばす気はしない。

 星が天蓋からゆるやかに降っては肌を転がり、シーツのひだのあいだに沈んでいく。

 古びたクリスタルを打ち合わせるのにも似た星の音の余韻ばかりが沁みてくる。

 小鳥よ。

 夜と柔らかな草と、星屑の王よ。

 おまえがまだ雪のように真白だったとき、わたしの耳は千切れた風を聴かず、わたしの眼は時の移ろいを見ず、わたしの唇は本当の秘密をうたうことがなかった。

 朝は美しかった。わたしはいつでも走り出したかった。望まれることと望むこととはひとつだった。約束されていると信じた。

 今は。

 小鳥よ、ひとしずくの酸で預言女ののどを焼き、わたしは七色の嘆きを捧げられて光の家から踏み出した。

 夜の森にはおまえのほか道しるべはいなかった。おまえは見えない目で恐れずに飛び、わたしはおまえを導く星と森との交唱アンティフォナのなかを、くるぶしを濡らしながら歩き続けた。

 やがて森深い小さな城の窓辺から無邪気な経文歌モテが聴こえてきたとき、おまえは小さな花を一輪くわえてわたしの側を離れ、星の声のもとへ、その窓辺へ降りたのだった。

 経文歌モテが途切れたのは、鍵が開いたのである。

 おまえがその夜はじめて短くさえずったのは、契約の言の葉。

 さんさんと星の歌が森をかき鳴らし、わたしの夜露に濡れた両足は下草をはなれて浮き上がり、月光の織り成す斜面を滑り上がった。

 小指の爪ほどの小さな野花が置かれた窓辺から、あなたはわたしを見ていた。

 あなたは笑ったのだ。きみからはまだなたの気配がすると。

 きみが触るとぼくは焼けてしまうよ。

 そんなことがあるかしらとわたしは言った。わたしの手はおきではないわ。

 それが、あるのさ。あなたは窓辺の花を拾い、その端を持ってわたしへと近付けた。ゆっくりとわたしの肩へ迫ったそれは、触れないうちに青黒い小さな炎を上げてたちまちに燃え尽きた。

 そうしてあなたはつぶやいた。

 時間がすべてを台無しにしてしまう。すべてを。すべてを。わかるだろう、ねえ?

 わたしは泣きながら窓辺に腰かけた。その瞬間からあなたはわたしの主になった。

 小鳥よ、おまえは慣れたふうで窓辺を飛び立ち、そのときにはもう雪の羽色は月の青みを吸っていた。

 流れ去らぬもの。

 積もりゆくもの。

 それきり日の光に焼かれぬおまえの、瑠璃青は深まるばかり。

 あなたは何をしているのだろうか、もう何夜も姿を見ない。少し調子外れの優しい経文歌モテが何処かから聴こえているから、わたしはもう泣くことはないけれど。

 天蓋から降る星は、やがてわたしの肌では溶けなくなった。

 もうすぐだ。

 もうすぐだ。

 わたしはもうすぐ夜になる。あなたと同じ月光になる。

 そうしたらわたしはあなたの手を取ってこの髪を撫でさせるだろう、あなたはわたしの指をやさしく咬んで祈りの文句を教えるだろう。

 数えるように星が降る。

 野花のしとねで小鳥は夢見る。

 水の底から伝わるようなあなたの遠い歌を枕に、わたしも星を浴びて微睡まどろんだ。

 もうすぐだ。

 わたしはもうすぐ月光になる。



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