真贋 ~愛について~

賢者テラ

短編

 昔、東洋のある国に高名な僧侶がいた

 まだ若いが仏の教えによく通じており、言葉にも力があった

 俗的なことだが、美男でもあったこともあり人気は高かった



 ある日のこと

 ある女が、僧に言い寄ってきた



 わたくしは、ずっと以前からあなたの説法を聞いてきている者です

 私は、あなたを尊敬し、また深くお慕い申し上げています

 もう、これ以上あなた様への気持ちを抑え切れられませぬ

 どうか、この私を妻にしてくださいませ——



 特に結婚を禁じている宗派でもなかったのであるが、僧は丁重に断った

 霊眼鋭い僧は、女の本性を見抜いていた



 女は、断られた次の日から説法を聞きに来なくなった

 僧は、一人の救われるべき命として女のことを見ていたので、心配してわざわざ女の家を訪ねた

 初めは、帰ってくれだの二度と顔も見たくないだの叫んでいた

 でもあまりにも僧が熱心に面会を求め続けて帰ろうともしないので——

 女は根負けしてしまい僧を家に招き入れた

 僧は、うなだれる女に向かって言った



 お前は仏の道を信じて説法を聞きに来たのではなかったのか?

 私がお前の求婚を断ったからといって、仏の教えがどこか変わったのか。

 私の説法の質が下がることでもあるというのか

 なぜ、説法を聞きに来なくなったのか

 お前のそうするのは正しいことであろうか

 お前は私の何を愛していたのか



 よく考えてみるがよい

 お前の愛が偽物である証拠がある

 もうお前は二度と私に会いたくはないと言った

 自分の利益にならないと分かったらそれまで好きだった人間でも憎むのか

 真に愛するならばその者の幸せを願うはず

 ならばなぜ今お前は私を憎み、避けるのか

 私のそばにいるべき人間がお前ではないからか

 私が真に幸せならば、誰とであっても祝福してくれるのが愛ではないのか

 自分でないといけない、というのはエゴではないのか

 お前は私を愛しているのではない

 自分自身を満たすために、私を利用したに過ぎぬ



 お前の私を好きだという気持ちは、一種の熱病のようなものだ

 そのようなもののために、自分の命を台無しにしてはいけない

 仏門から離れるなぞもってのほか

 つまらぬもののために、もっと大事なものを失うことはない

 また、寺にいらっしゃい

 仏の教えに立ち返り、心を鎮めるのだ——




 それからまたしばらくたった、ある日のこと

 別のある女性が、僧の元へ訪れた

 先の女性と同じように、求婚をしてきた

 僧は、やはり同じように丁寧に断った



 ……そうですか

 未熟者の私が、出過ぎたまねをしてしまいました。お恥ずかしいことです

 このことはどうかお忘れくださいませ



 女は、頭を下げておとなしく帰っていった



 女は、それから三年もの間、休まずに寺を訪れた

 説法を聞き、読経をし、寺のために奉仕活動をし——

 たゆまずに精進を続けた



 ある日、僧は女を呼び出した

 女よ、よくやった

 私はあれから三年間、お前を見てきた

 お前はただひたすらに仏の道を精進してきた

 何の見返りを求めるでもなく、下心があるようにも感じられなかった

 私は、改めてお前をほめてやりたいと思う



 その言葉を聴いた瞬間、女は地面に突っ伏して泣いた

 私は今でもあなた様をお慕い申し上げる気持ちに変わりはございません

 お断りされた瞬間、苦しくなかったと言えば嘘になります

 でも、私は自分に向き合いました

 私のこの説明しがたいモヤモヤとした、嫌な感情は何だろうと

 こんな汚い感情が、真の殿方への愛情から来るものではない——

 悔しいですが、私はそう認めました

 認めた上で、より大事な命の道への精進を誓いました

 そうする中で、見えてくる世界もあるだろうと思いました

 私は、やがてひとつの確信に至りました

 それでもやっぱり、あなた様を愛しているということを

 振り向いてもらえなくてもいい

 私が選ばれなくても、あの方が他の方を最良と思って選んだのなら、私はそれを喜びたい

 でも、それでもやっぱりあなたが好きなのです 



 笑ってくださいまし

 哀れんでくださいまし

 きれいごとは言いながら、それでもあなた様が私を選んでくだされば一番いいのに、と思ったことは数えればきりがないほどです

 でもやっぱり、どんなことになろうとも私はあなた様を陰からでも支え続けて生きたいのです。

 仏にすがりつつ、人の道も究めたいのです



 泣く女に、僧は優しく声をかけた

 女よ

 私は僧としてお前たちを教え導く立場にある者だが、あえて言わせてもらう

 私はお前を尊敬する。そして私からお願いする

 僧は微笑んで、頭を下げた

「どうか、私の妻になっておくれ——」



 僧と女とは、夫婦となった

 苦難も死も、病も不幸も

 どんな障害も二人の愛を裂くことはできなかった

 今までも、そしてこれからも

 永遠に

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真贋 ~愛について~ 賢者テラ @eyeofgod

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