第8話 夢界

「『夢界』それがこの世界の名前サ」


 ほてぷは朗々と語り出す。


でも現世でもなイ。人の深層意識によって作り出されタ……読んで字の如ク、夢のように儚い世界がここダ」


 しかし意味がわからなかった。

 なんだ幽世って。


幽世かくりよってなんだ?」


「一言でいえば神なんかが存在する世界だナ」


 サラッととんでもない事言い出したぞ。

 

「神って『天帝』様のことだよな? 天帝ならトウキョウの皇居に居る筈なんだが。え? 俺が知らないだけであの人って幽世かくりよとかいう世界に居たのか?」


「……『天帝』……?」


 すると、ほてぷははてなマークを浮かべながら首を傾げだした。


「悪いんだガ……その天帝とやらについて教えてくれないカ?」


 そしてほてぷが変な事を言いだした。

 マジかよ……と一瞬思ったが、思えばほてぷは『夢界』とかいうガチの異世界に住んでいるような人だ。

 天帝のことを知らなくてもおかしくはない。

 

「……『天帝』ってのはいわゆる神様だな」


「……」


 ぱっと概要だけ言ってみるが、流石にそれでは分からないのか、彼女は微妙な表情をしている。


「……」


 さて、そうなるとどこから語るべきか。子供にするような一般的な話をすれば良いのか? 


「『天帝』様は遥か昔、この世界が飢えに苦しんでいた頃、ニホンに降臨された。そして飢えに苦しむ者たちに自らの血を与えた。その尊き血を浴びた者たちは病人であろうと怪我人であろうと老人であろうと……たちどころに体の調子が良くなり、どころか特殊な力を持つようになった」


「……? なんダ、その話ハ?」


「子供にするような昔話だよ。俺もうろ覚えだし所々適当だけどな」


 一拍置き、話を続ける。


「『天帝』様の血を浴びた者どもは、その特殊な力で世界を四十七に分け、国を作り、世界を開墾していった」


「……」


「その者達の尽力により世界が豊かになり始めた頃。彼らは尊敬の念を籠め、こう呼ばれるようになった」


「……」


「『不可説天』と」


「……不可説、天……」


「神の血が流れる『不可説天』。その『不可説天』達を束ねる天の帝。それが天帝『阿弥陀』様だ」


「アミダだト!?」


 阿弥陀様の名前が出ると、今まで微妙な反応しかしてこなかったほてぷは身を乗り出して問い詰めてきた。


「ほ、本当にアミダなのカ? そいつが、神……?」


 しかも執拗に聞いてくる。そんなに阿弥陀様の名前が気になるのだろうか。


「ああ。世間一般で言う所の神様……『天帝』は阿弥陀様だよ」


「……そう、カ……」


 彼女はしばらく俯いて考えるようなポーズを取るが、すぐにこちらに向き直る。


「話の腰を折って悪かったナ。話を続けよウ」


 あれだけ食いついてきたと言うのに随分とサラッと流すな。

 別に良いんだが。


「それで結局、天帝様は幽世に居るって事なのか?」


「いや、それは無イ。私が言う所の神というのハ……『天帝』より以前から存在する神々の事ダ」


 天帝よりも前の……?

 今度は俺が首を傾げる番だった。そんな奴ら居るのか?


「まァ、色々と聞いてしまったが重要なのは幽世ではなイ。『夢界』の事ダ」


「……」


「幽世が神が存在する世界。現世が人間が存在する世界。『夢界』というのは、その中途半端な爪弾き者がたむろする世界なのサ」


「どちらにも属せない……?」


「あア。幽世に至るには格が足りズ、現世に存在するにはあまりにも異質で不安定な存在。君も八尺を見ただろウ? アイツみたいな中途半端な奴ばかり居るのが夢界サ」


 彼女の言葉に思い出されるのはポポポ女の事だ。正直アイツのどこら辺が中途半端なのかは分からないが……。

 とは言え八尺というのはポポポ女の事で間違いが無さそうだ。


「まぁ……何となく言ってる意味は分かった」


 要は神でもなく人でもないよく分かんない奴が居るのが夢界って事だろ。

 しかしその説明ではまだ不明な点が残されている。


「だけどな。何で俺が『夢界』なんかに来てしまったんだ? そこが分からない。俺は人だぞ」


「……ふム」


 彼女は片目を瞑りながら、もう一度考えるようなポーズをとる。


「……謎だネ」


「ええっ!?」


「いや全くの謎だヨ。君が、ここに来れた理由は分かる。だがね、君が初めてここに来れた時の理屈はさっぱり分からないんダ」


 あっけらかんとそう言い切るほてぷ。

 しかし当人にしてみれば大ごとだ。


 ヤバいどうしよう。これじゃ寝るたびに夢界に来ることを警戒しなくちゃいけなくな……って、アレ?


「……今回来れた理由は分かるのか?」


「あア」


 あ、そこ分かるのか。なら大丈夫じゃん。

 しかし俺の安心とは引き換えに、ほてぷはまだ難しそうな顔をしている。


「むしロ、そこが分かるからこそ何故君がここに来れたのか分からないんダ」


「……どういうこと?」


 そこまで深刻そうな顔されると俺も気になる。

 彼女は俺の問いに答えるように、指を俺のバックにつきつける。


「ニノマエ。君、今もあの銃は持っているだロ?」


「? ああ。ちゃんと持ってるぞ」


 俺はバッグからジュウを取り出し、ほてぷに見せる。


「やはりナ。一応聞くけど、それは現世でもちゃんと持っていたかイ?」


 現世? 一瞬何を言っているのか戸惑ったが、そうか俺の部屋での事か。


「……わかんないけど、多分持ってたぞ」


 二度寝した拍子に手から離れてる気もするけど。

 

「というか、それが何だってんだ? ジュウが夢界に来るのに繋がるのか?」


「そうダ。その銃こそが現世と夢界を繋ぐ鍵となル」


 思い付きで言ってみたら当たってた。

 彼女は指をくるりと回すと、ぬいぐるみを宙に浮かせて持ってきた。


「まズ、この世界の存在は非常に不安定ダ。それは全てに当てはまル。急に消えたり急に現れたリ……なんてことは日常茶飯事なのサ」


 そして彼女の言葉が引き金となったかのように、ぬいぐるみの姿が薄れていく。

 そして徐々にその色は薄れていき、ついにそのぬいぐるみは消えてしまった。

 マジか。


「……まさか」


 そしてこの現象を見て、ポポポ女との出会いを思い出す。

 確かにあの時、ポポポ女は急に現れてた。

 あの時は俺がその存在にギリギリまで気付かなかっただけと思っていたが……違った。本当にすぐ直前までは何も居なかったのか。


 たまたま、俺が下駄箱にいたタイミングでポポポ女が現れて、それに追われた、と。


「しかシ、そのその不安定が安定へと変わる事が有ル。それは現世の存在との接触ダ」


 そうしてもう一度、ぬいぐるみを持ってくる。そいつもまた消えかかっていたが……。


「ほレ」


 ほてぷが俺にぬいぐるみを放る。反射的にぬいぐるみをキャッチする。


「現世の存在……俺って事か?」


 ぬいぐるみに目を向けると、その姿は薄れてなどおらず、確固たるものとしてこの場に存在していた。


「そうダ。あの八尺も本来であればすぐに消えていたのだろうガ……君との接触で消える事を免れたのだろウ」


 つまりこのぬいぐるみがあの時の八尺という事か。

 もっとも、ぬいぐるみに消えまいとする意思なんか無いのに対して八尺には多分にあったのだが。


「……でも、俺がアイツに触れたのって殴られたのが最初だぞ?」


 しかし疑問が有る。アイツが既に消えかけの状態だったと言うのなら、あそこまで追いかけられる事は無かったと思うんだが。


「それよりも前に魔法をぶっ放してたじゃないカ」


「それも接触に入るのか!?」


 マジかよ。


「そうだナ。もっとモ……直接触れるよりは効力が薄イ」


「……ああ、だから俺を追いかけて……」


 八尺が俺をあそこまで追いかけた理由が分かった。

 というか、ほてぷの言う事が正しければ俺のやった事って八尺の延命行為じゃねーか。


「……まァ、八尺が君を求めた理由は他にもあるだろうけド……夢界ではあり得ない自己の確立を更に確固たるものとすべく追いかけ回した、というのはほぼ確実だろウ」


「……」


 なるほどな。だからアイツあんなに俺の事追いかけてたのか。

 炎ぶっかけられてキレてたと思ってたわ。


「そして君、八尺以外にも接触した夢界のモノが有っただロ?」


 おっと。そうだ、今はこの銃の話だった。また話が脱線した。

 視線を手に落とす。握られているジュウはこの世界のものだ。


「存在を確固たるものにできた夢界の存在ハ……現世あちら夢界こちらを行き来する事が出来ル。そしてその際、触れていたモノを夢界こちらに連れ去る事もまた、可能となるのダ」


「……」


「夢界への道筋は夢にあル。人の深層意識に接続するには強い自意識は邪魔なのダ」


 要は眠るとこっちに飛ばされると。


「そウ……君が今回夢界こちらに来れた理由。その理由はただ一ツ……それハ! その銃を持って寝たからダ!」


 いきなり凄いテンションで彼女は話を締めた。


 まぁ大体分かった。

 けど分からない。


「……何で俺、入学式の時ここに来れたんだ……?」

 

「分かんなイ……」


 俺とほてぷは向かい合いつつ頭を傾げていた。

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