第7話 スカート

 額から頬にかけ、たらりと冷や汗が滴り落ちる。

 彼女の今の格好は、どうも学校の制服のような恰好をしている。だがこの学校のものでは無い。もっとも、重要なのはそこではなく、彼女がスカートであるという点だ。


 女子のスカート。その最奥が我々の目に触れる事はそうそうない。

 例外として入学早々彼女を作る事が出来るような奴ならば話は違うが……俺には関係のない事だ。


 だが。


「……」


 今、俺の目の前には本来見えてはいけないアレが見えている。


 そう。本来であるならば秘匿されてしかるべき存在であるスカートの奥に鎮座するアレが……今、俺の視線の先にさらされているのだ。


「……なァ。返事くらいして欲しいのだガ」


 しかも当の彼女はその事実に気付いてはいない。


 い、言うべきかこれは。

 非常に迷う所だ。なにせ彼女にスカート捲れてますよという事はつまり、したと白状するも同然なのである。


 言えない。俺達はまだ会って二日目。それもこれから色々と込み入った話をする人にそういうデリケートな事は言えない。


 でも俺は優しいからな。

 このような事態でも可能な限り善処するぜ。


「……あ、ああ。すまん。ちょっとな……目がな……めくれて……」


「……?」


 彼女は、俺が何を言っているのか分からないと言った風に首を傾げる。


めくれル……?」


「ああ……」


「目ガ……?」


「……」


 俺は黙った。彼女がそれをどう受け取ったのか、抑え気味にうぇ、みたいな顔をする。


「目がめくれル……? ど、どういう事……? と、ともかク……それは災難だナ……」


「ああ。眼福だったが……」


「が、眼福……? 目がめくれる事ガ……? 凄いナお前……」


 彼女は抑え気味だった表情を露骨に変え、本気で引きながら後ずさるように身を引く。


 お陰で彼女のスカートの最奥がより露わとなってしまった。

 不味い。これは失敗してしまった。


 しかも全く俺の意図は伝わって無さそうだ。


 そりゃそうだ。

 目が捲れるって何だよ。

 俺だって途中で失敗したなって思ってたよ。でもやらなければならなかった。彼女のスカートのためにも。


 でも駄目だった。駄目だったんだよ……。

 

「……」


 彼女が俺を訝し気に見てくる。その間もスカートは捲れたままだ。

 どうすれば……俺は一体どうすればいいんだ……。


「まア……折角来たんダ。お茶でもしばかなイ?」


 絶望の淵に立たされた俺の前に蜘蛛の糸が垂らされる。

 垂らしているのは現状の元凶のようなものだが──。


 ともかく俺はこの提案に一も二もなく飛びついた。



 彼女についていくと、たどり着いたのは保健室だった。

 中々利用する事のない部屋なので入るのに気後れしたが……彼女は何も気にせぬ様子で中に入っていった。取り敢えず彼女についていき保健室へ入る。


 保健室に入って見ると、そこには俺が想像していた保健室とは違うものが広がっていた。

 

 めっちゃファンシー。全体的にピンク色でぬいぐるみだらけ。絨毯が床に敷かれ、何故か保健室には要らないであろう立派なクローゼットとドレッサーまで置いてあった。

 こってこての女の子の部屋だ。今時ここまで少女趣味な部屋も珍しいだろう。


「何を惚けているんだイ? 早く入りなヨ」


「あ、ああ……」


 というか、彼女って何歳だ? 背格好は俺と同じくらいだが……いかんせん彼女の美貌は掴みどころがないのだ。

 俺と同年代にも見えるし、ただ背が高い少女のようにも見えるし、はたまた俺よりもずっと年上の大人な女性の様にも取れる。

 

 つまり何が言いたいかと言うと、この部屋が彼女の適用年齢を超えているかどうかが分からなくて非常にもやもやするという事だ。


 いや、どんな物を何歳まで好きになってもいいとは思う。

 思う、けど……流石にこれがいい歳した大人の部屋だったらちょっと……いや、別に良いとは思うよ? 否定する訳では無いんだ。

 ただ……なぁ? ちょっと子供部屋が過ぎる気がするんだ。

 いや、別に否定するつもりは無いけどね? 子供心を忘れないって人生において重要だと思う。

 それにもしかしたら本当に子供なのかもしれないし。


「……お邪魔します……」


 もやもやとした気分になりながらも、彼女の言に誘われて保健室へと入っていった。

 彼女がポンポンっと保健室に備え付けられてあるベッドを叩く。

 保健室のベッドは大抵三つほどある。彼女が今座っているのが一番端のベッドで、彼女が叩いているのはその横にあるベッドだ。


 そこに座れという事だろうか。


「……」


 あのベッドもな。何でフリルが端々に付いてるんだ?

 別に良いけどさ。保健室のベッドにそう言った装飾は必要ないと思うんだ。


 もやもやしながらも、ベッドに腰かけ彼女の対面に座る。


「さテ。もう一度ちゃんと挨拶をしておこウ。夢界にようこソ」


 そう言って彼女がぺチンと指を鳴らすと、俺の前にカップが飛んできた。

 取れ、という事だろうか。恐る恐る手を伸ばし、カップを取る。すると今度はティーポットが飛んできて、カップの中に紅茶らしきものを注ぎだした。

 カップに注がれるたびに湯気が立ち込め、良い匂いが辺りに舞う。


「……」

 

 さらりと手も使わずに物体を操っているが、あのポポポ女に使った時の魔法だろうか。

 これが彼女の固有魔法か?


「マ、君は私に色々と聞きたい事があるだろうけド……取り敢えズ、そのお茶を飲んでみてくれヨ。感想を聞かせておくレ」


 と、思案に更けている俺に彼女が声を掛けてきた。

 おっと。折角淹れてくれたんだ、口を付けないのは無作法という物。


 俺は良い香りに誘われるまま、紅茶を飲む。

 とても熱かったので飲むまでに時間をかけたが、その紅茶はとても良い香りだった。

 口に含んだ瞬間広がる茶葉の香り。どこか柑橘系のような香りで、その香りは後に残る事は無く、喉を通るとスッと消えていく。

 紅茶を飲んだのは何だかんだ人生で初めての体験だ。これは今も愛飲する人がいるのも分かる。いい香りだ。


「……」


 だが……正直味がよく分からない。いや、美味しいのは確かだ。だがそれがどれ程のものか分からない。紅茶を飲むのは初めてだし、意外と甘いんだなとは思ったが……。


 まぁ美味しいのだろう。いい匂いだし。


「どうかナ?」


「美味しいっす」


 俺が紅茶を飲むところをはらはらと見守っていた彼女に良かったと伝える。

 すると彼女はにっこりと笑って見せた。


「それは良かったヨ」


 ……本当に綺麗だ。

 彼女の顔はいまだに憶えられないが、見た瞬間に綺麗という感想を抱く事は出来る。

 そしてそれは今も変わらない。

 しかし、だ。


「……」

 

 ずずっと紅茶を飲む。

 自分の淹れた紅茶を褒められた彼女の笑顔は、きっと俺の人生で最も綺麗な笑顔なのだろう。



「まずハ自己紹介といこウ。私の名前ハ……そうだナ、『ほてぷ』と呼んでくレ」


 ほてぷ。あだ名か何かだろうか。可愛らしい名前だ。


にのまえ亜門あもんです……」


 まぁ俺の名前のセンスも負けていないが?

 全く。最高にイケてる名前だぜ。


「へェ。いい名前じゃない──」


「ええ。ありがとうございます」


 彼女のお世辞にも全力で乗っかっておく。

 

「お、おウ」


「自己紹介も済んだところですし、色々とこの場所についてなどの説明をお願いできないでしょうか」


 そして本題に入る。そうだ、なんやかんやありつつも俺はまた夢界に来れたのだ。

 可能な限り情報を貰っておきたい。


「……ふム」

 

 だが、今までは妙に親切だった彼女が何かを思案するようにこちらを見つめてきた。

 あれ。気付かぬうちに粗相でもしてしまったか? それは不味いぞ。あのポポポ女を一瞬で戦闘不能にする様な達人を怒らせるとか怖すぎる。

 気味の悪い無言が続く。そして彼女は喋りだした。


「疑問なのだがネ。何故そんなに下手に出るんダ?」


「……え?」


「会った時からどうモ、距離を感じるのだヨ」


 彼女の言葉は完全に寝耳に水だった。

 少し拗ねたように語る姿は、彼女が本気で言っている事を示唆している。


「別ニ、私は君に敬われるような立派な存在ではなイ。もし君が私に助けられた事に負い目を感じているのなラ、それだって気にしなくてもいイ。もっとフランクに頼むヨ」


「しかし……」


「はイ! それ禁止! 今後敬語を使うようであれバ、私は黙秘権を行使するだろウ!」


「え、ええ……?」


 何を言っているんだこの人は。敬語とかそんなに気にするか普通。しかも言われる側だ。

 よく分からないが、彼女が俺にもっと気軽に接してほしいらしい。彼女の機嫌がそれで治るのであれば、俺はそれで良いのだが。


「ああ……わかり……分かったよ。可能な限り頑張りま……頑張る」


「まだちょっと硬イ……」


「……タメ語、頑張る!」


「ヨシ!」


 ビシッと指を突きつけて安全確認。

 どうやら彼女の判定をくぐり抜けられたようだ。


「……じゃあ、話してもらえないか? ここの事とか、色々と」


「あア。良いとモ。ではまず……この世界について、話そうカ」


 


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