04

何だかふわふわした気持ちでいたけど、会社に戻った坪内さんはいつも通り厳しく雑に言う。


「せっかく会議に出るんだから、秋山が議事録を作成しろ。」

「議事録ですか。」


議事録の作成は初めてではない。

けれど、坪内さんが出るような会議だと、きっと私の知らない単語や用語がたくさん出てくるに違いない。


坪内さんはシステム系の仕事をしている。

よくわからないけど、とんでもなく複雑なソースコードを目にも止まらぬ早さで打ち込んでいたりする。


かたや私はシステム部門の庶務。

たまにお手伝いでデータを抽出したりするけど、それでも坪内さんや課長の足元にも及ばない。

そんな私が、会議の内容をちゃんと理解できるだろうか。


不安な表情が出ていたのか、


「ちゃんとメモ取っとけよ。わからないところは後で教えてやるから。」


と、上司らしいことを言ってくれた。

厳しいんだか優しいんだか、よくわからなくて、私はひきつった顔で「はぁい」と返事をした。

坪内さんは満足そうに口の端を上げて笑った。

会議が終わって、ぐちゃぐちゃにメモしまくったExcelデータを開いて溜め息が出る。

これを今から議事録にするのか。

ただ議事録を作成するだけなら簡単だ。

会議の流れを追うだけでいい。

でもそれでは坪内さんは納得してくれない。

今回の会議は、既存システムの再構築についてだ。

システムの流れと言うのは文章だけでは伝わりにくい。

仕様書を書くにしても図で表したりすることも多い。


「ついでだから流れ図も付けといて。」


簡単にさらっと要求してくる。

あの、言わせてもらいますけど、私は無理矢理この会議に出席させられただけで、システム詳しくないんですけど~!

と、喉まで出かかったのに、課長が優しい声で「どう?できそう?」とか聞いてくるもんだから、


「頑張ります!」


って調子に乗って返事をしてしまった。

つくづく課長には弱い私。

いや、でも頑張ったら課長に褒められるかもしれないし、なんなら坪内さんをギャフンと言わせてやるわ。


そう意気込んだものの、ものの数分で躓いた。

難しい用語がいっぱいで合ってるかわからない。

とりあえず出来るところまで作って、坪内さんに見てもらう。


「全然ダメだな。」


私の作った流れ図を見て吐き捨てるように言う。


「文章はまあ、いい。用語を少し直すだけだ。図はやり直し。」


そう言って、坪内さんは手元のメモ用紙にペンを走らせる。


「いいか。まずデータベースはこの形で統一しろ。処理の流れは矢印で表すんだ。それから…。」


流れるようなペンの動きに、見いってしまう。

突き放すような言い方をしながらも、私にわかるように噛み砕いて丁寧に説明してくれる。

言葉は雑なのに、何だかあったかい。

何度目かの添削ののち、ようやくOKが出た。

たかが議事録を作成するだけでずいぶんと時間がかかってしまった。


私のメインの仕事は庶務だ。

議事録作成に時間をとられて、庶務業務がたまってしまった。

しかたない、今日は残業だ。

黙々と仕事をしていると、坪内さんがやってきて言う。


「遅くなって悪かったな。」

「いえ、私が理解できなかったのがいけないんです。こちらこそ、坪内さんのお時間を取らせてすみませんでした。」


何度も質問する私に、坪内さんはその都度手を止めて丁寧に教えてくれた。

悪魔とか言ってごめんなさい。

意外と優しくてびっくりです。


「飯でも食ってくか。」

「ええっ。お金ないので帰ります。」


突然の坪内さんの提案に、直ぐ様お断りする。

いくら悪魔で腹黒で口が悪くて態度がでかい俺様だとしても、社内では”王子様”ともてはやされているのだ。

誰かに見られでもしたら、女子の反感かうに決まっている。

それでなくてもランチも一緒に食べたというのに。


「奢るから付き合えよ。」

「お昼も奢ってもらったので遠慮します。」


私の言葉に、坪内さんの眉間にシワが寄った。

イケメンは不機嫌になってもイケメンだな。

なんて悠長に顔を眺めていたら、


「うるせぇ、付き合え。上司命令だ。」

「はぁ?こんなのパワハラでしょ?」


私の抵抗むなしく、腕を捕まれ引きずられて行く。

これはパワハラでありセクハラでもあると思うんですけど。


フロアを出るとき、課長は憐れみの目で見ながら苦笑いしていた。

見てたなら助けてよ、課長。

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