ビターガール~キュン死したいのに、彼氏が萌え系美少女男の娘でキュンキュンできない件~

水木レナ

愛の処方箋

 胸キュンしたい。


 頭の軽いこと、思っているのは百も承知。


 今も、思考が散漫で、ふわんふわんしている。



 でも、それをなんとか落ち着けて、一つに収束しようとすると……。


 ああっ! 胸キュン、したーい! っていう、これに尽きる。


 いやぁ、でもなあ。今の私からすると、これ、かなり贅沢な悩みで……。



 悩みを抱くこと、それ自体が、不遜で、不埒で、傲岸なのよ。


 知ってるわ。だから、誰にも言えないんじゃないの。


 私、桜木聖子。13歳。彼氏、います――だあら、何だってのよ!?



「聖子――なに、ぼーっと眺めてるの」



 そんな風に後ろから声をかけられる――振り返らなくってもわかる。


 キミちゃん、にゃっこ……それから、おとなしくて目立たない、美智子ちゃん。


 わが愛しの親友たちよ。ああ、でもいくら彼女たち相手でも、今の気持ちを言ってしまうわけには、いかないのだ。



「あー、サッカーなのかぁ。今日のCクラス」


「べ、別にっ」



 校庭の運動場でサッカーしてるのは、C組とD組の合同授業。


 涼しいのに、体から湯気を出して、張り切ってんのが、一人、いる。


 だまっていよう。だまっていれば――そうすれば休み時間がすぐだ。



「タッくん、かわいいよねぇ」



 む! 今拓人のこと、タッくんて言った。



「そうそう、一生懸命に走り回ってさー。サッカー部じゃないのに」


「でも、うまいよねー。やっぱり頭抜けてる」



 キミちゃんとにゃっこが、かわるがわる言いながら、私をちらちらと見てくる。


 えっへん! なんとなれば、私、胸を張っていた。


 拓人こと、大森拓人は、私の恋人なのだ――名目上。



 けど、実質は元――元である――にゃっこの彼氏だったし、その前はキミちゃんが片想いしてた。


 女子はそういう情報、筒抜けである。一応。


 ……さっきから、名目上、とか一応、とか言ってるのは、私の自信のなさのあらわれ。だって……。






 それからわずか十五分後。


 私たちは自習時間が終わり、拓人がA組に、やってきた。


 走ってきたんだろう。息を切らせて――前が体育授業だったんだから、ちょっとぐらい休んでればいいのに――バァン! と音を鳴らして戸をあけ放った。



「セーコっ。ご飯食べよう」



 なんだかなあ。頭を抱える私……今更だけど、なんとかならないものかなぁ。


 ヒラヒラっとして目の前に現れたのは、金髪のツインテール。ブルーのカラーコンタクトを入れた、超巨大なまなざし(超巨大って言い方がダメなら、圧っていう言葉に言いかえる。女子よりでっかい目、なんてああ、反則)


 そしてミニ丈のスカート……なんとかしてよ、もう。



「タッくん、今日もかわいー。ほぉんと、美少女――」



 わが愛しの親友どもよ。


 私の心境、複雑すぎて、胃がひきつれそうだから、やめてほしい。


 べつに、彼氏が服装倒錯だろうと、男の娘だろうといいよ――これホント。



 でもね、限度ってものがあるわ――。



「あん。にゃっこちゃんの、まつげクルクルしてる。ビューラー使ってる?」


「ううん、タッくんおススメの、マスカラ。はねあげた瞬間、ポジションきまっちゃって――」


「やっばーい。私も欲しー。どこで買うのー」


「駅地下――あ、あたしまとめ買いしてるから、あげるよー」


「きゃあ、タッくん、やさしー」



 人の彼氏にかっわいーだの、美少女ーだの、もしかして芸能人、などと言って、浮かれて、騒ぎまくって……私、ええい。私の彼女としての、立場ってものがなーいっ。


 抑えきれないこの気持ち。


 拓人は、私の、彼氏でしょ。なんで私の親友と女子トークしてるの。なんで安いコスメの話題で盛り上がっちゃってんの。もう、もうね私……泣きそう。






 閑話休題。






 私は胸キュンしたいんである。桜木聖子は、恋をして、キュンキュンしたいんである。


 なのに、目の前にいるのは、キンキンキラキラした、ツヤ髪を後頭部でじぐざくに分け目入れて、まるで美少女漫画の主人公かなにかみたいにかわいい(これ言うの、シャクだけど――とってもとっても、シャクなんだけど)ツインテール上等のヒロインそのものな、私の彼氏(のはず)なのだ。


 もう、どうすれば。どうしたら、私、この胸の思いをだれかに告げられるの。彼氏にキュン死させられたい願望の女子っていると思う。確かめたわけじゃないけれど、そういう漫画やゲーム、山ほどあるって聞いた。私が知らないだけで、そういうので、しごく満足のいく人生ってものを送る人、いると思う。



 だけど私は、ものすごーく、不満なのだ。


 たとえばね。


「タッくん、好きよ」


 なんて言ったら最後。拓人ったら……。


 カァッと頬、赤らめて、耳までまっかっかにして、ついでに瞳をうるませて、ひとつ、こくんってうなずき――


「あたしもよ……」


 って、花がほころぶような微笑み攻撃をしてくる。


 実際、あった。そういうこと。


「あたしもよ」って、私をレズにする気かーい。ここはどこの花園。



 胃がひきつれるっていうのは、そういうこと。



 あぁもう、脱力しかないんだけど。でも、この人、大森拓人は私の、愛する人で、恋人……なんだよなあ。


 そういう相手がいて、自分もそういう相手を心の底から好いていて、かつ相思相愛であることを確認済みで、なのにこれっていうのは、つまり自分がこの相手を――大森拓人を愛する限り、対象が男とも女とも知れない――いや、中身はしっかり男だし、本人もそういう認識でいるはず。それは間違いない。――自分はいったい、彼のどこに惹かれているのやら。つきあえばつきあうほどに、もう、わっかんないんである。



 そばでカフェオレのストロー、曲げ伸ばしして遊んでる、この男の娘に、キュン死するのは……まあ、無理だろうなあって、思う。


 そこで私は、一度タッく……拓人の男らしさを磨いてやるために、お手本を見せてあげようと思った。


 んで、それにはどうすればいいのか、わかんなかったから、お兄ちゃんに相談した。



「ん、彼氏ができたって。連れてきなよ」



 気が早いなと言いつつも、内心スピーディーで助かる、とほくそ笑んだ私。



「いいのかな。お兄ちゃん、男の娘だよ。おとこのむすめって書く……」


「昨今、珍しくないんだろう。男として生まれてきて、スカートはいちゃいかんなんて世の中では、決してないはずだ」


「……やっぱいい」



 理想論をとなえる兄をしり目に、私は、そうじゃないんだと言いたかった。


 私は男らしい拓人に、キュンキュンさせてもらいたかったのだ。普通に見たら、女の子にしか見えない彼の、どこにキュンときたらいいのか、全然わからないから。

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