第38話 急展開


 ケリーは急なサラの誘いで、サラ御用達高級レストランを訪れていた。


「——こちらの部屋でお連れ様がお待ちでございます」

「ありがとうございます」


 レスラン関係者の案内で、エリーゼの格好をしたケリーは扉を開けた。


「え……なんで……?」


 エリーゼは動揺した。

 そこには、サラだけでなくアダムも座っていたからだ。

 

「エリーゼ!? どうしてここに?」


 アダムは驚きの声をあげる。


「事情は私から説明しますわ。2人とも黙っていてごめんなさい。こうでもしないとじっくりお話できない、と思いましたの」


 状況がつかめないケリーは首を傾げた。

 一方のアダムは、怪訝な表情を浮かべている。


「エリーゼさん、こちらにお座りになって」

「はい……」


 サラは立ち上がり、その席にケリーを座らせる。

 その間、アダムは仏頂面だ。

 ケリーはその表情を見て胸騒ぎを覚える。


 サラは立ったまま説明を始める。


「アダム、先ほどのお話は直接エリーゼさんからお聞きになって」

「なぜ? エリーゼは関係ないよね?」

「それは、お話しすればわかりますわ」


 アダムは眉間にしわを寄せた。


「エリーゼさん、今日は全てをアダムにお話しになってください」

「え!?」


 ケリーは立ち上がり、サラの耳に顔を近づける。


「どこまでですか?」


 サラは口に手を添え、小声で答える。


「悪魔に関することを除いた全てです。ジョーゼルカ家とケリーさんが繋がっていることは、アダムにほとんどバレている、と思った方がいいでしょう。最近、アダムは偶然にもジョーゼルカ家の人間と接触してしまったのですよ」


 ケリーはその家名を聞いて顔を真っ青にする。


「さあ、座ってください」

 

 座ったケリーは事の重大さにショックを受け、呆然としていた。


「おふたりは腹を割ってお話しすべきでしょう。私はすぐに帰りますので、食事は2人分しか用意してませんわ。それと、併設宿の予約をとっておきましたから、ご自由にお使いになって。支払いの必要はございませんわ。対価として、おふたりがどうなったか詳細にお伝えくださればいいですから。では、これで失礼しますわ」


 サラはそう言うと、2人を置いて立ち去った。


 ケリーは気まずくなって俯く。


 ——急にそんなことを言われても……アダムにジョーゼルカ家の人間だったなんてこと、言えるわけないじゃない。もう、一生会えなくなるってわかってて……。


 ケリーはアダムを失う恐怖でパニックに陥っていた。



「——とりあえず、食べようか……」


 先に言葉を発したのはアダムだった。

 あまりの冷たい言い方にケリーは胸を痛める。


「うん……」


 その後、終始無言だった。

 食器にナイフやフォークが当たる音だけが部屋中に響く。

 味が一切感じられないケリーは、無理やり料理を口に運んだ。



「——サラの言っている意味がわからないんだけど、エリーゼは説明できるの?」


 食事が終わる頃、ようやくアダムが口を開いた。

 アダムの視線は冷たく厳しい。


「……何を聞きたいの?」


 ケリーは俯いたまま、声を震わせていた。


「ジョーゼルカ家とケリー・アボットの関係について——」


 ケリーは息を飲んだ。


「——つい最近、ジョーゼルカ家の使用人に会ってね。その時、脅迫めいたことを言われたんだ。『ケリー・アボットに近づくな』って。エリーゼは事情説明できるの?」 


 ケリーの頭は一瞬、真っ白になった。


「……そういうことは……以前からあったの?」

「いや、僕があの家を出てから初めてだよ」

「そう……」

「何か知っているようだね……」


 アダムの視線は鋭くなっていた。


「……アダム、私が何を話しても最後まで聞いてほしいの。立ち去らないと誓って」

「……わかった」

「ありがとう」


 ケリーはそう言った後、魔法で高くしていた声を元に戻し、カツラを外した。


「なっ……!?」


 アダムは絶句していた。

 ケリーは怯えていたが、それでもアダムの目をしっかり見て話し始める。


「黙っててごめんなさい。エリーゼは『ケリー・アボット』だったの。そして、そのケリーも女なの。男と偽ってた理由は、その後の話でわかると思う」


 アダムは困惑の表情を浮かべ、黙りこむ。


「ケリー・アボットに改名する前は、ケリー・ジョーゼルカ。この名前もさらに改名されているんだけどね……」


 ケリーは体を震わせ、言葉を詰まらせる。


 ——あの名前を言いたくない。


 それでも、アダムから視線をそらさなかった。


 ——アダムは次の名前を聞けば私を嫌悪する……。アダムにようやく会えたのに……。


「……改名前の名前は……リリス・ジョーゼルカ。でも、信じて、体だけがリリスなの。中身はリリスじゃない。信じてほしい——」


 アダムは険しい表情を浮かべていた。


「——本物のリリスが死んだ後、その体に別人の魂が入ってしまったの。それが今の私。本当の私——魂が誰なのかは言えないけど。意味がわからないかもしれないけど……。ごめん、アダムに会いたくて、嫌われたくなくて、好きになって欲しくて……、ずっと騙してた。アダムに近づくには名前も顔も声も変える必要があったの……。私だって、こんな体の中にいるのは嫌だった……」


 ケリーは俯いて涙を堪える。

 涙で許してもらおう、と思われるのが嫌だった。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 謝っても意味がないとわかっていても、ケリーはそうせざるを得なかった。


 アダムは顔を上げて背もたれに体を預け、両手で顔を覆う。


 ——もうアダムと会うのはこれで最後だ。こんな終わり方をするなんて。最後に声を聞きたかったけど……。


 ケリーはこの場から立ち去る決心をし、立ち上がる。


「——待って。僕に立ち去らないで、と言った君が、この場から逃げる気?」

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