第22話 2人きりで食事


 ケリーとアダムは寮を出て店へ向かっていた。


「——アーロン教授の講義、楽しかったよ。魔植物が苦手な僕でも聞き入るほどにね」

「よかったです。アーロン教授、いつも以上に張り切っていましたから」

「そうなの?」

「はい、魔法教育学部人気ナンバーワン教員のアダムさんが見学に来ましたから」


 アダムは眉尻を下げた。


「それは言い過ぎだよ……。担当する授業が多いだけだから」

「でも、わかりやすい授業だって評判ですよ」

「学生さんにそう思ってもらえるなら嬉しいかな。僕が担当している魔法理論系の分野は理解しにくいからね」


 ——アダムは本当にすごいな。たくさん講義を受け持っているのに、ちゃんと自分の研究実績もあげているんだから……。


 ケリーは尊敬の眼差しでアダムを見つめていた。


「——そういえば……授業の後、アーロン教授の部屋でとどんなお話をしていたんですか?」

「んー……」


 アダムの顔色が一瞬曇った。


「……講義についてだよ。どんなことに心がけているとか……いろいろ質問していたんだ。例えば——」


 アダムはケリーに説明しながら、アーロン教授と交わした会話を思い出していた——。



 アーロン教授の執務室。

 アダムは2人掛けソファーに、アーロン教授はデスクの椅子に座っていた。


「——ようやく、君らしい笑顔が見れてよかったよ。ずっと心配していたんだ。体はよくなったと人づてに聞いたけど?」


 アダムは少し視線を下げる。


「ご心配おかけして申し訳ありません……。もう発作は治りました。まだエバのことは引きずっていますが……」


 アダムはアーロン教授の背後に視線を移した。

 その壁には研究室メンバーの集合写真が貼られており、その1つにやつれたエバが写っていた。


「そうか……、僕もだよ。あんなに優秀な子を失ったショックは大きすぎてね。それに、君たち2人が僕の跡取りになると思っていたから……」


 アーロン教授はハンカチで目を拭った。


「はい、残念です……。ですが、今はケリーくんが跡取り候補だと伺いましたが?」

「そうだよ。どことなくエバくんに似ていたからかな。性格も、優秀なところも……」

「アーロン教授もそう思いますか? 僕もそう思ってしまって……だからなのか、一緒にいると辛くなってしまうんです——」




 アダムはケリーへの説明を適当に終わらせ、話題を変える。


「ケリーくんは、なぜ魔植物学を選んだの?」

「えっと……魔植物は……魔力を使って動き出す感じが可愛くて……。そう思いませんか?」


 アダムは困った顔をする。


「う〜ん。僕は結構苦手なんだよ。見た目が気持ち悪いというか……」

「そうですか? 見た目も含めて可愛いんですけどね〜」

「ぶっ!」


 アダムは急に吹き出した。


「え?」

「いや、ごめんごめん。昔の知り合いも同じようなことを言って目を輝かせてたから。研究者ってみんなそんな感じなんだろうね」


 恥ずかしくなったケリーは顔を赤くする。


「そ、そうですね。少なくとも私の研究室の人たちはみんな変人です。毎日魔植物に話しかけてますもん」

「面白そうだね。見てみたいな」

「ぜひ! 私の可愛い魔植物たちにも会ってください!」

「僕のこと気に入ってくれるといいんだけど。魔植物に嫌われる傾向があるからね」


 アダムは苦笑いする。


「じゃあ、魚はどうですか? 私が個人的に飼っている魚もいるんです」

「魚? 僕、結構詳しいんだよ。なんの種類?」


 ——知ってるよ。だからこの話を持ち出したんだもん。


「『キスミー』っていう魚です」


 アダムの顔が強張った。


 ケリーはその表情を見て、焦りを募らせる。


 ——辛い過去を思い出させちゃった? 私のことを気にしてもらうために言ったんだけど……。


「……そっか。素敵な魚だよね」


 アダムは無理やり笑顔をつくる。


「……はい。いつもキスばかりしてて、やけちゃいますよ……」

「仲良いもんね、その魚は」

「はい」

「——あ、この店だよ。近くていいでしょ?」


 話している間に、アダムのお気に入りの酒場『マイウ酒場』に到着した。


「はい」

「マスターの奥さんの料理が絶品なんだよ!」

「楽しみです!」


 アダムが先に店へ入り、店主に声をかける。


「マスター、久しぶり!」

「お、アダム! やっと来てくれたかー!」


 奥の厨房から、店主の奥さんが出てきた。


「あら、アダムくんじゃない! 元気そうでよかったわ」

「女将さんもお久しぶりです。その節はご心配をおかけして……」

「元気ならいいのよ。ささ、座って!」

「はい」


 2人は奥のカウンターに座った。


「女将さん、いつもの料理よろしく。飲み物は……ケリーくんはビールでいい?」


 アダムはメニューを指差しながら聞いてきた。


「はい」

「ビール2つもお願い」

「はいよ!」



 しばらくすると、女将さんが注文の品を持ってきた。

 ビール、肉の煮込み料理、魚のカルパッチョ、サラダ、チーズの盛り合わせ、雑穀が練りこまれたパン。


「今日は久しぶりに来てくれたから、チーズはサービスするよ〜!」

「女将さん、ありがと!」

「ありがとうごさいます」

「いいのよ〜!」


 肉の煮込み料理から美味しそうな香りと湯気が出ていたので、ケリーは顔を近づける。


「とてもいい香りがしますね!」

「うん。じゃあ、食べよっか!」

「はい!」


 ケリーは最初に肉料理を口に運んだ。


「は〜、美味しい〜!!! 柔らかくて最高です!」

「兄ちゃん、いい食べっぷりだな! やっぱり男はこうでなくちゃな!」


 店主は横目でアダムの方をチラッと見る。


「マスター、それは俺のことを非難してます?」

「おう、アダムは全然食わねえで死にかけだったからな!」

「その話はよしてくださいよ!」


 アダムは苦笑する。

 

 ケリーはそんな2人の会話を見て微笑んでいた。


 ——アダムはどこでもこうやって可愛がってもらえるんだよなー。みんなから愛される性格は変わらないんだね。


「——まぁ、元気になったからいいんだよ! 兄ちゃん、おかわりはどうだ?」

「はい! じゃあ、ウースキのロックで!」

「お? 結構イケる口なんだな〜。すぐに出してやっからな〜」

「はい、お願いします!」

「ケリーくんって、お酒強いの?」

「強くはないですが、好きです。アダムさんはどうですか?」

「僕は弱くってね」


 その後、世間話程度の浅い会話しかできなかったが、ケリーは十分に2人の時間を楽しみ、あっという間に時が過ぎていった。





 帰り道、ケリーは酔ってふらついてた。


「——おっと、大丈夫?」


 躓きそうになったケリーの腕をアダムは慌てて掴んだ。


「え〜? らいじょぶれす……」


 酔った勢いで、ケリーはアダムの腕にしがみつく。

 胸は抑え込んでいるので、バレないはずだ。


 ——ふふふっ。アダムに抱きついちゃった〜。


「そうだ、ケリーくんはサラと仲良くしているみたいだけど……。何か変なこと頼まれたら、断っていいんだよ」 

「ん〜? どういうことれすか〜?」

「う〜ん。そういう時になったら相談してくれていいから……」


 アダムはバツが悪そうな表情を浮かべていた。

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