第23話 予想外の事故


 ケリーとの食事を終えて帰宅したアダムは、いつものソファーへ倒れ込んだ。


 ——彼は違うのに……。


 アダムはケリーと食事をしている間、ケリーにエバを投影していた。

 その度にエバが馬車に轢かれた様子、エバが血まみれに倒れている様子が鮮明に頭を駆け巡った。


 ——エバ……君のことを考えると辛いんだ。


 酷い頭痛で苦痛の表情を浮かべ、顔を右手で覆う。

 手の隙間から、涙がこぼれ落ちる。


 過去の傷が広がる一方で、アダムの心は悲鳴をあげていた。



***



 1週間後。



「——アダム、遅いですわ」

「すまない、サラ、今日は仕事が立て込んでたからね……」


 サラは高級レストランのロイヤルズでアダムを出迎えた。

 アダムの顔色は悪い。


「まあ、いいですわ。急に呼び出したのは私ですから。重要なお話がありますの——」



***



 アダムとケリーが初めて2人きりで食事をしてから、2ヶ月が経った。


 アリスの部屋。


 ケリーはアリスの勉強を見ていた。


「はぁ……」


 ——せっかく転生したのに、何やってるんだろう……。


 何度かアダムを誘おうとしたケリーだったが、ずっと行動できずにいた。

 転生前の自分の話題になった時、アダムが辛そうな表情を浮かべたことが原因だ。

 その顔が頭に焼き付き、思い出すたびに胸が痛くなる。

 相談相手のサラには、「しばらく我慢する時期だ」と言われ、今はひたすら耐えていた。


 ——私のせいでアダムが苦しむなんて……。


「はぁ……」

「ケリー兄様、いい加減にしてください。ため息ばかりついて……。私の試験勉強にも影響が出そうです」


 アリスは困った表情を浮かべていた。


「ごめん。はぁ……」

「もう!」


 アリスはケリーが手に持っていた端末を取り上げた。


「ちょ! ちょっと!」


 ケリーは慌てて取り上げて画面を確認すると……。

 すでにアダムへ発信されている状態だった。

 ケリーはすぐに発信を終了させ、アリスを睨む。


「アリス! こういうのはやめて! 今は我慢する時期なの!」

「事情はよくわかりませんが、もう見ていられません!」


 アリスは負けじと語気を強めた。


「ごめん……」


 ケリーの端末から音が鳴り響いた。


「あわわわわ! アリス、どうしよう……」

「どうって……。ほら!」


 アリスがケリーの手を使って勝手に通話状態にした。


「——くん?」


 端末からアダムの声が聞こえた。


「はい!」


 ケリーは背筋を真っ直ぐ伸ばす。


「ケリーくん、連絡くれたみたいだけど。何かあった?」


 久しぶりにアダムの声を聞いたケリーは、顔を真っ赤にする。


「は、はい! あの……今度、アダムさんの授業を見学したいと思いまして……」

「あ、うん……いいよ」


 アダムの声のトーンが少し下がった。

 ケリーはそれに気づき、顔を曇らせる。


「……都合のつく授業はありますか?」

「じゃあ、来週の金曜日……午後の授業で頼むよ」

「ありがとうございます」

「うん。じゃ」


 ケリーは端末を膝の上に置き、肩を落とした。


「ほら、大丈夫だったじゃありませんか」


 アリスはケリーが落ち込んでいるとは知らず、得意げな表情を浮かべていた。

 ケリーは無理やり笑顔をつくる。


「アリスのおかげ。ありがとう」

「さあ、勉強の続きですよ〜」


 ケリーがまたアダムに会えることを嬉しく思うアリスは、笑みを浮かべていた。



***



 翌日。

 

 ケリーは先輩のケインに食事を誘われたので、マイウ酒場に連れてきた。


「——おう、ケリー! アダムより常連になっちまったな〜」


 マイウ酒場の主人の指摘で、ケリーは顔を赤くする。


「は、はい……女将さんの料理がすぐ恋しくなるんですよ。料理はお勧めでお願いします!」

「はいよっ!」


 2人はカウンターに座った。


「ケリー、アダムって誰だ?」


 ケインは気になってケリーに質問した。


「歓迎会でたまたま知り合った方ですよ。その方にこの店を教えて頂いたんです」

「もしかして……、魔法教育学部のやつか?」

「はい。ご存知だったんですか?」

「あー、まあな……」


 ケインがは少し不機嫌になった。


「そんなことより、お前、最近ちょっとおかしいぞ? 感情の浮き沈みが激しいっていうか……」

「ははは……。すみません……」


 ケリーは左手を後頭部に当て、苦笑いを浮かべた。


 ——恋してるからな……。


「まぁ、お前が元気ならそれでいいんだ。今日は俺が奢ってやるから、どんどん飲め!」

「はい」


 ——ケイン先輩、元気付けるために誘ってくれたのか……。感謝しないと。


 

 2時間後。


 飲むペースがいつもより早かったケインは、すでに酔いが回っていた。


「——まぁすたー! もういっぱぁいくれぇ〜」

「マスター、いらないですからね。もう帰りますんで……」

「おう、わかってるよ。ケリー、連れて帰れるか?」


 主人は心配そうにケインを見る。


「……はい、大丈夫です」


 そう返事をしたものの、ケリーは不安だった。


 ——おきまりのパターンだから予想はしていたけど、さすがに1人で運ぶのは辛い。私より大きいからな……。


「ケイン先輩、帰りますよー」

「俺わぁ、まだ飲めるゾォ〜!」


 ケインはケリーの手を振り払った。


「はいはい、とりあえず寮に戻りましょう」





 ケリーは魔法を使い、どうにかケインを寮まで連れ帰った。

 魔力は限界だ。


「——ケイン先輩、部屋の鍵は持ってます?」

「…………」

「先輩? あーあ……」


 ケインを揺らしても、全く起きる気配はなかった。

 ケリーはケインのポケットに手を入れ、鍵を見つける。


「部屋に入りますよー」


 ケリーはケインを引きずりながら部屋へ連れて行き、ベッドに寝かせた。


 ——念のためにメッセージ書くか……。


 そう考えたケリーは、近くのテーブルに置かれた紙に手を伸ばす。


「——エバ……」


 ケリーはケインから発せられた名前に驚いて振り向くと——。

 ケリーの体は後ろに傾き、そのまま仰向けに倒れてしまう。

 そして、ケインがその上から覆いかぶさっていた。


「ちょ! ケイン先輩!」


 ——強い力で身動きが取れない……!? 怖いっ!


 ケインはどういうわけか、ケリーを強く抱きしめる。


「俺が……守ってやる……エ……」


 ケリーは恐怖で声が出せず、頭が真っ白になっていた。


「……グーグー」


 ケインは途中でぐったりし、ケリーの上に乗ったままイビキをかき始める。


「は……はぁ……」


 ようやく正常に息ができるようになったケリーは、ケインを横へどかした。


 ——怖かった……。アダム……。


 ケリーは体を震わせ、涙で顔をぐちゃぐちゃにさせながら部屋から逃げ出した。

 




『……はい』


 1人が怖かったケリーは、アリスの端末に連絡した。 

 アリスの声は寝ぼけていた。


「アリスごめん、部屋の前にいるの。中に入れて……」


 異変を察知したアリスは完全に目を覚まし、慌てて扉の方へ。


「はい! 急いで開けますね!」


 アリスは髪が乱れた状態で扉を開けた。

 ケリーはアリスを見た瞬間、ホッとして涙を溢れさせる。


「お早く中へ……」


 アリスはケリーをベッドに座らせる。


「ケリー兄様、何かあったのですか?」

「アリス……」


 ケリーは横に座っていたアリスに抱きつき、再び泣き出す。

 アリスは肩を抱き、ケリーが落ち着くまで待った。


 その日以降、ケリーはケインが怖くて避けるようになってしまった。

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