第6話 終劇

 とりあえず、これを久遠に与えるかな……。

 俺は魔素缶を見ながら、そう考える。

 これはよく見る市販品だし、メーカーも見た事のあるものだ。未開封品だし、多分大丈夫だろう。

 俺は久遠の元にゆっくりと近づくと、缶を渡す。

 それに対し、彼女は小さな声でお礼を言うと、ゆっくりと魔素を吸い始めた。


 しばらくすると、少し楽になったのか、彼女は上半身を起こして、ゆっくりと気の幹にもたれかかる。

 俺も半ば倒れこむように、地面に腰を下ろし、近くの幹に体を預ける。

「この際だからさ……聞いておきたいんだけど……いい?」

 久遠が重い口を開く。

「何?」

 断る理由もない為、了承する。

「間違ってたら、本当に恥ずかしいんだけど……、貴方……いや、アンタ……、村上でしょ?」

 こいつは一体何を言っているんだ。俺は西条であり、村上はもう一人の男と……。

「あっ! 村上の事忘れてた!!」

 村上がもう一人の男と対峙しているのをすっかり忘れていた。

 俺は体に鞭打って立ち上がろうとするが、どうにも体が動かない。

「落ち着いて! 彼は大丈夫。私がここに来る前に、彼と協力して、もう一人の男は斃しておいたから」

「はい?」

「その時はもう一歩も動けないとか言ってたから、私だけアンタを追いかけたけど、さっきの男性の話を聞く限りだと、一応大丈夫っぽいわね」

「…………」

「だからこの世界の村上は大丈夫。じゃあ、質問に答えて? アンタ村上でしょ?」

「……その通りだ」

 そう、俺は村上だ。ただ、この世界の村上ではなく、ここから18年後の村上だが……。

「何処から気がついてた?」

「アンタが私の両親の離婚について知ってた時から怪しいとは思ってた。だって私はその時離婚について誰にも話してなかったもん」

 私の両親の離婚……? 久遠の両親は離婚していなかったはずだが……。

 そうか……、

「そういうお前も久遠じゃないだろ」

「ピンポーン、せいかーい。ちょっと露骨すぎたかな?」

 彼女は笑いながらそう言った。

「なんで、ここに来てんだよ。俺はお前を救うために、わざわざ西条に許可を貰って、体を借りてまで――」

「え? ちょっと待って? 私はアンタを救うために15年前に戻って世界を救いに来たのだけれど?」

 彼女は真剣に悩んだ顔でそう言った。

「は?」

「え?」

 しばらくの沈黙の後、お互いに笑いあう。

「え? つまり、双方とも、お互いを救うために過去に戻ってきた。そういう事?」

「そういう事だね。てか、何でアンタ西条の体に入ってるのよ。自分の体に入ればよかったのに」

「いや、過去に1人じゃ楠を救えなくて、応援が必要だって感じたから、西条の体を借りた。俺は多分放っておいても助けに行くしな。西条はかなり説得しないと来ないだろうけど」

「確かに。彼は慎重だからね。そこがいい所でもあるんだけど……」

「そういうお前はなんで久遠なんだよ。自分の体に入っておけば、さらわれるのを避けれただろ?」

「うーん、確かにそれも考えたんだけど、この事件って、私がすんなりとさらわれたから、被害が少なかったのであって、私があの時、旅館から出なければ、恐らく、沢山の人が犠牲になってたと思うの。だから、どうしたらいいかって久遠に相談したら、当時、自分は能力者になってたって事を告げられてね。ほら、彼女は親の都合で海外によく言ってたからそのせいだったみたい。で、彼女の力を借りれば、賊を撃退できると思ってたんだけど、このざまよ」

 彼女はおどけたように掌をぶらぶらとさせながらそう言った。

「さて……と、ま、お互い目的が達成できてよかったって事で、一件落着って事で!」

「…………」

 彼女はおどけたように、一回柏手をうつ。

「全く……、この世界の私達を救っても、自分の世界の結果は変わらないのに、よくもまぁ、そんなもの好きが2人もいたことで……」

「…………」

「あ、もしかして、時間そんなに残ってないかんじ?」

「多分そうかも、さっきからもの凄く眠い……。多分元の世界に帰る前の前兆だと思う」

「そっか……ここでお別れなんだね。最後に何か言い残した事はない? 大好きな楠ちゃん、しかも、本来出会う事の出来なかった大人の楠ちゃんに、15年振り位に会えたんだよ?」

 言い残した事? そんなものは1つしか無いだろう。

「もう2度と会うことは無いだろうけど……もしかしたら、俺のこの言葉が楠の……彩の、呪いの言葉になるかもだけど……、ごめん。この言葉だけは伝えさせてくれ……。自分勝手で自己満足な言葉だけど……」

「愛してる」

 その言葉を言った直後、俺の意識が空に飛び立つのを感じた。

 待ってくれ。まだ彩の回答を聞いてない!

 そう思っても意識は上昇していく。


 俺が最後に見た彼女は涙を流しながら頷いている姿だった。

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