自己満足の過去改変

真下 達矢

第1話 喪失

「やっと着いたー!」

 村上が歓喜の声を上げながら旅館のロビーへと駆け込んでいく。

「あ、ちょっと!」

 久遠がはしゃぐ彼を止める為に、続いて中に入っていく。

 外から見る限り、中に同じような学生の姿は見られない事から、どうやら俺達の班が一番乗りらしい。

「じゃあ、俺達も行こうか」

 1日中、元気の無いように見えた楠に声をかける。

 その言葉に対し、彼女はやつれた笑顔で返答した。

 やっぱりいつもの元気が無いよなぁ。と思いつつ、俺は旅館の扉を開ける。

 そう、元々彼女はこんなにやつれるとかいう負のイメージとは真反対にいる、太陽の様な笑顔を見せるとても明るい存在なのだ。

 そんな彼女がここまでやつれているのはきっと何か理由があるはずなのだが、生憎俺にはそれを確かめる勇気がない。


「時間になるまで荷物を隅っこに置いて待機だってさ」

「おわっ!?」

 いきなり目の前に現れた村上に驚き、変な声が出る。

「おわっ、って何だよ? そんなに俺、変な事したか?」

「いや、まあちょっと考え事をね……」

「考え事? 分かった! 今日の晩飯の事だろ! ここら辺は山菜が美味しい――」

「あんたはちょっと黙ってなさい!」

 後ろから現れた久遠が村上の頭に優しく手刀を繰り出す。

「痛いなー、もう……」

「貴方はちょっとはしゃぎ過ぎ!」

 まるで保護者の様に村上を諭しながら、久遠は俺達に視線を向け、

「ほら、2人共。とりあえず荷物だけでも置いてきたら? 重いでしょ?」

「あ、うん。そうする」

 俺は彼女の提案に從い、村上と久遠の荷物が置いてある付近に自分の物を置く。楠も俺と同じ様に荷物を下ろした。

「さて、ここからどうするか、なんだが……」

「西条! お前何かいい案あるか!?」

「はぁ!? 俺!?」

 いきなり話題を振られて少し驚く。

 どうするってどうするんだ?


「あの……ちょっと私、外の風に当たってきてもいいかな?」

 楠がおずおずと、申し訳なさそうに切り出す。

「ん? 外に行くのか? だったら俺も――いってぇ!!」

「荷物は私が見てるから外の空気でも吸ってらっしゃい」

 村上の足を思いっきり踏んだ久遠が、楠の我儘を了承する。

「ごめんね、本当にごめんね。夕食までには戻るから……」

 と言って、楠は足早に旅館から出て行った。

 俺はなぜだか、彼女がもう二度と戻らないような、そんな不吉な予感がしたのだが、気のせいだと思いこみ、特に引き留めるような事はしなかった。


「そういえば、楠、今日元気なかったよな」

「まぁ……ね。彼女も家庭の事情が色々大変みたいだし……ね」

 村上の疑問に対し、久遠が答える。

「そういえば、両親が離婚したんだっけ?」

「え!? なんで知ってるの……?」

 不意に呟いた言葉に久遠が懐疑の声を上げる。

 そういえば、なんで俺は知っているんだ……?

「……、知ってるなら、まあいいわ。そう、彼女の両親が離婚したのが三日前。そして、彼女は母親の方についていく事になったのだけど、その母親が再婚相手を連れてきたのが昨日。そりゃあ混乱もするわよ……」

「そういえば、楠ってお父さんっ子だったよね……。なんで母親に付いて行ったの……?」

「西条……、あんたどこまで知ってんのよ……。まあいいわ、彼女自身は父親に付いて行きたかったらしいのだけど、母親が無理矢理親権を獲得して、引き取ったのよ……」

「そりゃあひでぇな……。何とかならないのか!?」

 村上が憤慨する。そりゃあそうだろう。彼と楠は小さい頃からの付き合いだ。もう家族みたいな物なのだろう。

「個人の家庭の話だし、外部がどうこう出来る問題じゃないわよ……」

「村上に相談とかなかったのか?」

「いんや! 全く!」

 俺の疑問に対し、自信たっぷりに否定する村上。

「あー! なんか腹立って来た! 楠に問いただしてくる!」

 村上は勢いよく立ち上がり、旅館の扉に向かって、速足で駆けていった。

「アンタだから相談できなかったって事に気付けっての……」

 久遠は旅館から出ていく村上を尻目にぼやく。

「えーっと、俺、ちょっと村上を止めてくる! 荷物番よろしく!」

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