第6話 好物は最後まで取っておくか問題

「えーっ! カツサンドって朝だけなのー!? しょぼーん」

 琴子ことこが、この世の終わりが来たような顔になって、席にへたり込む。


 日常生活で「しょぼーん」という擬音を使う人間を、孝明こうめいは初めて見た。


「明日の朝、もっぺん来い。昼でも食えるように包んでおいてやるから」

 ちゃんと平等に、二人分用意してくれるという。

 いつも無愛想な大将が、嬉しい提案をしてくる。



 大将の一言で、琴子が息を吹き返した。


「やったー」

 昨日泣いたJKが、バンザイしながら笑い出す。現金な女だ。


「まあまあ、食おうや。いただきます」

「そうだね。いっただっきまーす」


 今日の夕飯は、ハンバーグ定食だ。


 いよいよ、濃厚な肉が食いたいと思っていた。


 だが、孝明のお目当てはハンバーグじゃない。付け合わせのナポリタンである。

 ケチャップのうまさと、絡んだソーセージがいいのだ。

 細切りのピーマンに至るまで、ナポリタンは裏切らない。

 まさに、約束された勝利の洋食である。


 照準をナポリタンにロックオンしつつ、まずはポテサラから。


 マヨネーズの味が濃い。孝明の好みだ。小さいながら、絶妙に脇を固める。


 ハンバーグを少量、口へ運んだ。直後、すぐにライスで追いかける。

 確かに、ここの煮込みハンバーグは絶品だ。

 ケチャップソースと共に煮込まれた挽肉の風味は、なんとも言えない。

 デミグラスとはまた違った濃いめの味わいは、ライスによく合う。


「コメくんって、全部お箸で食べるんだね」

 そう言う琴子は、全部ナイフとフォークで食べていた。

 フォークの背にライスを少しだけ乗せて、チョボチョボと口の中へ。

 幸せそうな顔で。


 孝明の方も、食事を再開する。口の中はもう楽園だ。


 とはいえ、孝明にとって洋食と言えば、ナポリタンである。


「あっ!」

 孝明の皿から、琴子がナポリタンを少しかっさらっていく。


「おいちょっと! 取っておいたのに!」


 琴子の方は、ナポリタンが真っ先になくなっていた。

「えっ? ピーマンキライなのかなって」


 確かに、ナポリタンには輪切りのピーマンが少々載っている。


「待て待て。お楽しみは最後にとっておくもんじゃないか?」

「あたしは最初に食べるし」


 ここに来て、またも価値観の違いが出た。


「怒んないでよ。朝、アタシの分までカツサンド食べたじゃん」

「お前のかよ!」

「違うけど。人がお腹を空かせている状況で、あの仕打ちはないって」

「それを言われると辛い!」 


 言われてみればあのカツサンドは絶品だった。

 今思えば、あれは背徳の味だったのかも。


「ゴメンゴメン。じゃあ、ハンバーグを四分の一だけあげるね」

「お、おう」


 詫びのハンバーグをもらうが、もうあのナポリタンは戻ってこない。

 孝明の心の中で、「しょぼーん」という擬音が鳴る。


「ナポリタン、単品で予約しとこうか?」

 大将から、提案を受けた。


「マジで? 頼む!」

 即座に、頼み込んだ。これは、明日が楽しみになってきた。


「あたしもあたしも!」

 琴子も元気よく手をあげる。


「コトコトはさっき食ったからいいだろ」



「何をおっしゃいますやらーっ。コメくんが食べたいものが、あたしも食べたいものだから」



 琴子に真顔で言われた。


「ちょっと、変なコト言うなよ」


「だね。あたしもなに言ってるんだろうね」


「お前が照れてどうすんだ」

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