第5話 パセリ食べるか問題

 孝明こうめいには、ずっと気になっているメニューがあった。

 このメニューだけは、写真付きなのだ。


「サンドイッチのセット。ホットで」


「あいよ」

 大将の返事も、こころなしか跳ねている気がする。

 食パンを二枚、二層式のトースターに置く。


「大将は、この店を始めて何年?」

 トーストが焼ける間に、孝明は前から聞きたかった質問を投げかけた。


「五年になる」


 そんなに新しい店だったのか。

 てっきり、この味を三〇年近く守っていたのかと思ったが。


「昔はレストランに勤めてた。忙しすぎてしんどかったから、速攻で独立した。流行ってないが、これがいいんだよ。あんたら以外の客からも、落ち着くってさ」


 焼いたトーストにソースを塗りながら、大将が語る。

 分厚いカツを、トーストにギュッと挟み込んだ。

 味が染みこむようにするためか、やや合掌気味にカツとバンズを融合させる。


「はい、カツサンド定食」


「いただきます」

 さっそく、カツサンドを一口噛む。


 濃いソースの味が、口の中へ広がっていった。


「うまいよ。このカツサンド」

 トンカツの厚みも魅力的だが、ソースが決め手だ。

 焼いた食パンにジャストフィットし、うまさが際立つ。


「息子の好物でね」


 大将の息子も、料理屋をしているという。

 こことは違い、繁盛しているそうだ。


「もう何年も会ってないけどな」

 大将の過去に、少しだけ触れたような気がした。


 ほんのり、大将の思い出が詰まったカツサンドを、孝明は噛みしめる。


 なぜか、琴子ことこは話に入ってこようとしない。

 彼女は親の敵のように、ずっとパセリばかり食べていた。




「なんで食わないんだ、コトコト?」




「ダイエット中」




 あれだけ食べておいて、ダイエットとは。


「何かあったのか? カレシか誰かに何か言われたか」


 琴子は首を振った。

「カレシいない」


「じゃあ、なんでだ?」


 こんなにうまいのに、琴子は恨めしそうに見るだけで、パセリをムシャムシャと頬張る。






「今日、身体測定」





 なるほど、すこしでも体重を減らそうと。




「今さら気にしても、しょうがないだろ。シチューなんて三杯も平らげていたじゃないか」


 濃厚ソースの味を琴子と共有しようと、これ見よがしにカツサンドを食べる。


 

 それでも、琴子は脇目も振らずにパセリだけ口にした。


 見ていると、こっちも食べたくなるのが不思議だ。


 パセリを口へ放り込んだ。

 カツサンドの濃さに、パセリのさっぱり感はよく合う。



 カツサンドには、パセリが一つしか添えられていない。



「あのさ大将、オレもパセリくれ」

「おう」


 大将が、パセリを房ごとドンとくれた。業務用のパセリてんこ盛りだ。


「余ってるんだ。好きなだけ食いな」

「いくらだ?」


 さすがに、こんな沢山もらうには気が引けた。


「一〇円でいい」


 孝明と琴子は一〇円玉をカウンターに置く。


 次の瞬間、互いに房からパセリを引きちぎる。


 琴子は、青じそのドレッシングに付けて。

 一方、孝明はわさび醤油に付けていただく。


 サッパリした風味が、濃いソースのクドさを洗い流してくれる。最高だ。パセリを残す人も多い。


 孝明は、他人が残した分までもらうほど、パセリが好きだ。


「コメくんも、パセリ好き?」

 いい房を取ろうと、琴子が躍起になっている。




「好きだよ」



 房取りに夢中になっていた琴子が、急に顔を上げた。

 琴子の頬が、朱に染まる。


「どうした?」

 言ってから気づいた。真正面で琴子につぶやいてしまった、と。


「大胆な告白は乙女の特権なんだけど?」


「お前に言ったんじゃねえ!」

 一際大きな房をむしって、孝明は口へ放り込む。


「もう、測定終わったら、絶対ココのカツサンド食べてやる!」

 店内に、琴子の叫びがこだました。













 出社時、孝明は女課長の藤枝ふじえだと、エレベーターで出くわす。

「あら、和泉いずみくん、歯に青のりが付いているわよ」

 藤枝から、エチケットを指摘される。

「パセリっす」

 孝明は缶コーヒーを買い、口をゆすいでパセリを洗い流した。

 パセリごと、コーヒーをゴクンと飲み込む。

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