第6話 そして


「今思えばあの【ドロウ】の魔法もおかしかった。」


「確かにそうですね。【ドロウ】とは目に見えている範囲にある物を引き寄せる魔法です。見えない場所にある物を引き寄せることが出来るとしたら、それはもはや【ドロウ】とは呼べません。」


「そうだ。あの時は魔法で氷を生み出したのではなく、別の魔法で騙されたのだと場の雰囲気に呑まれてしまっていたのだが、こうして思い返せばおかしな点に気が付く。」


「ですが、彼女はあの時7歳です。そんな子供がここまでの事を考えられるでしょうか。私には理解できません。」


「だが、あの時の彼女の瞳。あれは7歳の子供ができる目ではなかった。あの場の会話を聞いて国の未来を案じ絶望したようにも見えた。」


 だが、今この場に居ない彼女にかつての事を聞くことなど出来はしない。


「……そういえば彼女には兄がいたな。」


「はい。ラインスト・ブランシュケットですね。騎士として軍に入っております。お呼びしましょうか。」


「頼む。」


 すぐにシリウスの呼び出しを受けたラインストは、軍が今回取った作戦と敵国の開発した魔法を思えばなぜ自分が呼ばれたのか考えるまでもなく理解していた。


「殿下、ラインスト・ブランシュケットご用命に従い参上いたしました。」


「ご苦労。ラインスト楽にしてくれ。」


 シリウスは彼女の兄の表情を見て自分の考えが当たっていたのだと確信した。


「それで、ご用は何でしょうか殿下。」


「君も分かっているのだろう?だからそんな苦い表情を浮かべている。」


「さて、戦が終わったばかりですので、そう見えるだけではありませんか?」


「……ラインスト。」


「はい。」


「彼女は…エストリア嬢はこの事を予見していたのだな?」


「何の事でしょう。」


 ラインストの握った拳に力が籠る。


 今更、なぜそんな事をいうのだという気持ちが大きく王族が相手であってもなお飲み込みきれない感情がラインストの中に渦巻いていた。


「白を切るな。我が軍が彼女の魔法を真似ていたならば、戦が起こったとき、負けていたのは我が方だったかもしれない。私でも対抗策はすぐに思いついた事だ。新しい魔法を編み出す程に優秀な彼女が気付かないはずがない。」


「知っていたとして、どうだと言うのです。今更そんな事を…あの子はすでに伯爵家を追放されました。まだ7つの幼い子供だったのと言うのに。」


「……それは。」


 あの時のエストリアの表情が、悲しみの瞳がシリウスの頭から離れない。結局今になってもシリウスは婚約者を選ばないままだった。


 それ程、当時の出来事は衝撃であり、彼女の事が忘れられなかったのだ。


「探し出す。探して、あの時の事を確認したい。」


 シリウスの言葉にラインストは首を横に振った。


「あの子はそれを望みません。殿下、エストリアの伝言です。どうか気にしないでくださいと。」


「……ではやはり。」


「あの日、エストリアは殿下がもし真相に気が付いたのなら、そう言ってくれと私に託しました。だから、もうあの子の事はお忘れ下さい。伯爵家を去り、平民として自由に暮らしている彼女を今更呼び戻して何とするのです。答えを聞いた所で我々には、あの子にできる事などありますまい。」


「嫌だ。」


「殿下?」


「私が嫌なのだ。ずっと彼女の事が忘れられない。彼女の瞳が私の心をずっと占めている。私は秩序を守るべき王族だ。追放された彼女を個人的に探すことは許されなかった。だが、真相を知った今、私が躊躇する理由など最早ない。ラインストお願いだ。彼女に会わせて欲しい。」


「殿下……。」


 真剣な表情の王子にラインストは暫く逡巡した後、ようやく言葉を口にした。


「では、無理強いはしないと約束いただけますか?」


「誓う。決して無理強いはしない。」


「あの子は今……。」


 セルシオンの町では、ある事で有名な青年がいた。


 栗毛色の髪に青い瞳をもつ青年は冒険者であり、また一人芝居の名手でもあった。音楽を奏で人形を動かす。その人形がまるで生き物のように動く様は見る者を魅了して離さない。


 まるで魔法のような劇に人々は挙って集まる。


 エルと呼ばれる青年は深く帽子を被っており、美しい歌声と人形使いの腕で数多くの客人を集めている。もはや町の名物の一つと数えても過言ではない程に有名な彼は絵本を劇のようにして町の広場でそれを披露しているのだ。

 冒険者としての腕も中々ではあるのだが、どうしても他者とパーティを組みたがらないので、明らかに上の実力を持っているのにランクは低いままだ。

 彼にとって劇は本業ではなく趣味のようなもので、集まったお金は全て孤児院に寄付している。


「さぁ。芝居の始まりだよ!寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。エルのお芝居の始まりだ。」


 そんな掛け声で始まる劇に集まった子供も大人も大いにはしゃぐ。巻き込み型の芝居で物語の本筋は変えないままに見る者を引き込んでいく。大きな拍手と共に幕を終えておひねりを被っていた帽子に集める。

 鉄貨や銅貨といった小金が集まる中、ちゃりんと一際目を引く黄金色の貨幣がその中に落ちる。その金額にぎょっと目を見開いてエルはそれを入れた人物の顔を見上げた。


「良い芝居だったよエストリア。この後、時間はあるかい?」


 帽子に入れられた金貨と同じ髪色を持つ緑の瞳の青年。


 この国の第五王子シリウスの成長した姿を見てエストリアは思わず固まる。


「貴方は…なぜここに。」


 成長しても見間違えるはずがない。


 あの時強烈に印象に残ったのはシリウス王子だけではない。


 それ程衝撃的な出来事だったからだ。


忘れられない人がエストリアの前に立っていた。


 宿の一室を借り受けて、エストリアは王子と8年ぶりの邂逅を果たすことになった。かつては優雅なドレスに身を包んでいたが、今は男装しており冒険者の装いをしている。

 勿論王子は一人で来ている訳ではない。部屋に入れる人数は限りがあるので護衛は数名だけだ。


「エストリア嬢、パレス王国との戦争の事は聞いているか?」


「町で伝え聞く程度には伺っています。」


「パレス王国は飲料として使える魔法の水を生み出すことに成功した。」


 ぴくりとエストリアが僅かに反応する。


「君が家から追放される原因となった魔法だ。君はパレス王国のような失敗を我が国が起こす可能性に気が付き真実を隠した。」


「殿下、私はあの時7歳でした。そのような事を思いつくはずがありません。」


「いや、君は気が付いていたさ。先ほどの芝居を見て確信した。君は魔法で人形を動かして見せただろう?だけどそんな魔法は見たことがない。あれは君が生み出した魔法だね?新しい魔法を生み出せるほどの君が、あの場で何も気が付かない訳がない。」


 答えに詰まったエストリアにシリウスは慌てて訂正する。


「責めている訳ではないんだ。ただ、君の魔法は特別なのだと言いたかった。」


「変わっているというのは認めます。」


「………あの時の君の瞳が忘れられない。まるで懺悔でもしているかのような君の瞳。本当に謝らなければならないのは私の方なのに。」


「殿下?」


「ラインストから君の伝言を受け取ったよ。」


 伝言を受け取ったという事は真相に気が付いて兄を問いただしたからに違いない。


「では、なぜ来たのです。ここへ来る必要はなかったでしょう?」


「まずは謝罪させてくれ。君の魔法を見て浮かれていた私が軽率だったのだ。国の為に真実を伏せた君が追放されたのは間違いなく私のせいだ。どうか許して欲しい。」


「殿下が謝罪する必要はありません。あれは私が選んだこと。それによって追放されたのもまた私が負うべき事です。」


「だが、私が父に告げなければあのような事にはならなかったはずだ。」


 エストリアは首を横に振ってそれを否定する。


「そもそも、迂闊にあのような魔法を使った私が悪いのです。原因は間違いなく私にあります。だからもう、ご自身を責めないでください。それにこれまで自由に生きてきました。貴族から追放され家族と離れたことは悲しくはありますが、それ以上に今は毎日を楽しく過ごしています。追放されたことなどすでに過去の事なのです。」


 ふわりと微笑むエストリア。


 それはまるで決別の言葉のようでシリウスの心が騒めいた。


 もう会わないと言われたような気がしたからだ。


「……今日は謝罪と真実を確かめたかったから来た。君の処分は私が必ず取り消させる。それとは関係なくまた明日も来るから。」


「へっ?」


 間の抜けた声を上げ、きょとんと眼を瞬かせたエストリアにシリウスは微笑む。


 こうして成長した彼女を見たシリウスの気持ちに揺らぎは無い。シリウスが求めてやまない…忘れられない愛しい人。

 その日から毎日のように男装しているエルの元へ通い続けた第五王子には様々な噂が飛び交うことになる。

 結局、互いに忘れられずにいた二人の距離が縮まるのは、そう長くはかからなかった。当然のようにシリウス主導だったが。

 継承権の低い第五王子であった事も幸いして二人は8年の歳月を経て、共に歩む道を見つけたのだった。


-END-

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追放された令嬢は魔法の過信を危惧した 叶 望 @kanae_nozomi

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