第3話 王族との対面


 暑い日差しが照り付けて道が煙を上げているかのようだ。


 空は青く太陽が照り付ける。遠くからでも荘厳な造りの建物が王都の中心に建っているのが見えた。美しい白亜の宮殿とも言えるその建造物は、隠すまでもなくクライン王国のお城だ。

 その一室でこの度めでたくも五番目の王族が無事にお披露目の年を迎え、将来の伴侶となる者を探すべく顔合わせが行われていた。


 7歳になったエストリアもまたその婚約者選びの候補者として王都へと向かっている。


「たったの半刻。顔を見せてちょっと話をしただけで将来の妻を決めるなんて…。」


 王族の招待とあっては臣下である貴族に逆らえるはずもない。面倒だという言葉は心の中で叫ぶだけにして辛うじて留める事に成功したエストリアだったが、表情を取り繕うこともせずにしかめっ面のまま馬車の対面に座る兄に視線を向けた。

 伯爵家の長女であるとはいっても所詮は成り上がったばかりの新興貴族。王族に見初められるなんて事あるわけがない。

 騎士としての道を歩み始めた兄はそんなエストリアの心中を察したかのように諦めの籠った眼差しでこちらを見た。


「お兄様、いっそこのまま王都で遊んでから領地に帰ってしまうというのはどうかしら。迷子になって城に辿り着くことが出来なかったと言ってもきっとお父様なら信じてくださるわ。」


「馬鹿なことを言わないでくれ。エストリア、君がきちんと城に向かって役目を果たすのを見届けろと言われているんだよ。」


「あら、お兄様だって私のようなお転婆に万が一なんてあり得ないと思っているでしょう?だったら、行っても行かなくても結果は変わらないじゃない。」


 エストリアにしては珍しく大好きな兄にやたらと噛みついている。


 それは王族を前に粗相をしないで済むのか、問題を起こさないかと不安で堪らない気持ちがエストリアの心を乱しているからに他ならない。

 そんな気持ちも察しているのか、何とか宥めようとする兄の姿はどちらかというと兄と言うよりも父親に近い態度かもしれない。

 騒がしく馬車の中でそんなやり取りをしていても時間になれば目的地へと着いてしまう。


 馬車の扉が開けばそこはもう別世界と言っていい。


 気持ちを切り替えてエストリアは大人しくその指示に従った。


 王子の婚約者選びと言ってもそれは、王子の私室で行われるわけではなく豪勢な調度を揃えた客室にてそれは行われていた。呼ばれるまでの時間を与えられた室内で過ごす同い年くらいの少女たち。

 どの令嬢もめかし込んで綺麗に着飾ったドレスを自慢している令嬢や、意気込みのままに突進しそうな令嬢を止めようと奮闘している侍従の姿など、様々な様子を見ることが出来る。

 エストリアはそんな令嬢たちの輪に入る気分にはならずに適当に時間を潰しながら、なるべく争いに巻き込まれないように立ち回ることを意識して動いた。


 そうこうしている内にエストリアの番になる。


 呼ばれるのは爵位の順なので一応端っこの方であるとしても伯爵家のエストリアだ。大体集まった令嬢の真ん中位の順番で名前を呼ばれて移動することになった。


 エストリアが呼ばれた事でこそこそと耳打ちをしている少女たちがいる。


 それはきっと愚かなエストリアの母が齎した結果なのだろうと悟る。にやにやと嫌な顔でこちらにも聞こえるくらいの笑い声が聞こえてきたが、エストリアはそんな嘲笑に見向きもしないで室内から出て行った。


 客間の一つに通されて王子と対面する。


 デビュータントでも遠巻きに見かけた程度の相手ではあるが、王族とあってその整った顔立ちは将来を十分に約束されている。淡い黄金色の髪は物語に出てくるような王子様そのもので、柔らかな緑の瞳はエメラルドの輝きを持っている。


 色白の王子。


 まだ7歳ではあるが、すでに王族としての躾がされているであろう彼は、それでも未だ7つの子供である事も事実でありその精神は年相応のようだった。


「本日はお日柄も良く、王子殿下におかれましてはこのような機会をお与え頂きありがとう存じます。私はブランシュケット伯爵が長女、エストリア・ブランシュケットと申します。どうぞお見知りおきを。」


「知っての通り私は第五王子シリウス・クライン・ハイデランドだ。今日は私の為に会いに来てくれてうれしいよ。」


 長ったらしい挨拶を終えて席を勧められる。侍女がお茶を運んで来てそれぞれの手元へと茶器を並べる。軽いお茶菓子を置いてくれたのだが、甘ったるそうなお菓子に手を伸ばそうとは思えない。


 仕方が無いのでお茶でも飲んでと口に付けたのだがその熱さに思わず声を上げた。


「大丈夫かい?」


「えっと、ごめんなさい。私、熱いのが苦手でして。」


 エストリアは猫舌だった。


 この世界に猫がいるかと言えばそれっぽい魔物はいるのだが、その表現はできない。猫という名前の動物ではないからだ。


 この蒸し暑い時にさらに熱いお茶を飲めだなんてある意味拷問に近いものがある。


 汗をかいてダイエットするような、意味のある熱いお茶を飲むのであればまだしも、エストリアはまだそんな事を気に掛けるほど太ってはいなかった。


「すぐに代えさせよう。」


 シリウスが侍女に指示を出すが、エストリアは笑ってそれを引き留めた。


「その、ほら大丈夫です。冷ませばいいので。【氷】」


 エストリアはいつものようにカップの中に魔法で氷を浮かべる。


 見る見るうちに氷は小さく溶けていく。カラカラと氷を転がしながらエストリアはそっとお茶を口にした。


「うん。冷たくておいしい。」


「え?」


 ぎょっと周囲の者が目を見開いているのにも気づかずに、エストリアは冷えたお茶を楽しんだ。

 固まった彼らが自分たちの時間を取り戻したのはエストリアが空のカップをテーブルに戻した音を聞いた時だった。


 そして砂時計の砂がすべて下に落ちて、顔合わせの時間が終わった。


「あら、時間ですわね。美味しいお茶をありがとうございました。では殿下、ごきげんよう。」


 淑女の礼をとって部屋を退室する。


 王子の待ってという制止の言葉はエストリアには届かず、そそくさと目的を終えて帰っていった。


 彼らが固まったのも無理はない。


 魔法で作られた水や氷は人が飲めるものではない。それはエストリア自身がうっかり忘れていたこと。


 いつものように当たり前な魔法を使う。


 それがどれほど世界の常識を覆す行動であったのかをすっかりと忘れていたのだ。


 このことが自身の破滅を齎すことになるなど、顔合わせを終わらせて解放されたとばかりに喜んでいたエストリアは気が付いていなかった。


 エストリアが領地へと戻って数日後、王城から再び招集がかかる。


 エストリアはその意味がさっぱりと分からなかった。


 両親はエストリアが王子に見初められたのだと勘違いしてそれを大いに喜んだ。兄はそんな両親を見て複雑な思いを抱いたが城からの呼び出しに応じない訳にはいかない。


 エストリアは望んでいないにも関わらず再び王都へと足を運ぶことになったのだ。


「一体何をやらかしたんだい?」


 兄の言葉に首を傾げるしかないエストリア。何があったのかを一つ一つ思い出していく。そして、あっと声を上げた。


「あまりに熱いお茶だったので冷ますために氷を魔法で生み出しました。」


「な!あれほどダメだって言っていただろう?お前の魔法はちょっと変わっているんだから。」


 兄の言葉にやっと本当の意味で自分が何を仕出かしたのか気が付いて慌てる。


「あぁ、どうしましょう。確か普通の魔法では水や氷は食べたり飲んだりできないものだったのですよね。」


「そうだよ。エストリアがいつも当たり前のように使っている魔法ははっきり言って規格外なんだ。しかし、見せてしまったのならどうしようもないね。」


 もはや王族に見られてしまっては隠しようがない。


 それにエストリアの常識はずれな魔法はいずれ学院にでも入れば嫌でも目に付くだろう。遅かれ早かれ同じことが起きたに違いない。


 それでもまだ7歳という幼さで目を付けられるなんてとラインストは妹の今後を憂いた。

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