第2話 魔法に魅せられて


 ラインスト・ブランシュケット。これが兄の名だ。


 10歳と歳が離れた兄は来年見習い騎士になることが決まっている。

学院生活を終えて実家に戻って来ていた兄は仕官する為の準備をしつつも私の世話を焼いてくれる。


 帰ってきて早々、兄は私に会いに来てくれたのだ。


「お帰りなさい兄さま。」


「ただいま、リア。」


 リアと言うのはエストリアの愛称だ。


 ふわふわのシフォンケーキのように柔らかな薄い桃色のドレスに身を包んだ私は、部屋に入ってきた兄にそう言って出迎えた。

 図鑑を広げて床で遊んでいた私をそっと抱き上げて椅子に座らせると王都の土産だといって綺麗な丸い宝石のようなものを渡してくれた。


 淡い水色の透明なそれは兄の纏っている雰囲気をそのまま映したようなものに見える。


「何これ?」


 飴玉のようにも見えるが、私はこの世界に生まれてこの方飴玉と言うものを目にした事がない。

 だからこれは多分飴ではないだろうし、触った感じから石にも思える。きらきらと淡い光を放つそれを手で持ち上げて首を傾げた。


「これは私の魔力で作った魔石だよ。」


「魔石?作った?」


 魔石はどうやら自作できるらしいと考えていたのはかなり安易だったようで、色々と質問して分かったのは、魔物から採れる魔石を自分の魔力で染め直したもののことだったようだ。


「きれい…。」


「リアはこの魔石を使って魔法の練習をすると良いよ。」


「魔法の練習?」


「そう。魔石の魔力を使えるようになると自分の魔力の引き出し方が分かるようになる。慣れるまではそれを使うといい。」


 本来そういったものは親が準備するはずのものだ。だがそんな事は口にせず兄は魔石の使い方を私に説明してくれた。


「魔石を持って中の魔力をこうぎゅーっと引っ張ってきて呪文を唱えると魔法が発動するんだ。」


「引っ張る…。」


 いきなりそんな事を言われても分からない。目をぱちくりと瞬き魔石を眺める。そもそも魔力というものが分からないので引き出し方もさっぱりだ。


「こう魔石と一つになる感じで…」


 私の手に魔石を握らせると一緒に持って魔法を唱える。


『リフレッシュ』


 魔石から何かが抜け出す感覚と全身がさっぱりした感覚が同時に私を襲った。びくりと肩を震わせた私を優しく撫でて兄は魔石に魔力を補充した。どうやら一回こっきりで魔力が尽きたらしい。魔力が尽きると黒っぽい石になった。

 そして再び魔力が篭ると先程の色に戻る。その変化に驚きつつも魔石を空に掲げた。窓から見える雲と魔石を見て連想したものをなんとなく呟いた。


『あめ』


 決して飴玉に見えたからではないと思いたい。


 呟いた言葉は先程の感覚と同調して部屋の中にとても小さな雲が出来た。手のひらサイズの雲は私の目の前でふよふよと浮いていたが次第に色が暗くなり雨雲となる。


「へっ?」


 おもわずその雲から離れた瞬間、さぁーっとジョウロでみずをかけたような雨が水溜りを作った。もちろん部屋の中で。


「うひゃっ!」


 思わず令嬢らしからぬ声を上げたのは仕方がないだろう。小さな雨雲は床を見事に濡らして消えていった。残されたのは空になった魔石と唖然とする兄と私。水溜りは兄が『クリーン』の魔法をかけて掃除をしてくれた。兄によると『あめ』という魔法はないそうだ。

 魔法は基本的にイメージで成り立つがそのイメージが明確で適切でなければ発現しないらしい。


 首を傾げた兄だが何はともあれ魔法が始めて発動したことを喜んでくれた。


 その後は魔力の補充を練習する。体の奥から魔法に使った感覚と同じように魔力を引き出して魔石に入れる。空の魔石を満タンにしてみたりその中の魔力を抜いてみたりを試した。


 一度感覚で掴んだものは忘れず使えるそうだ。


 その日から兄による魔法講義が始まった。魔力とは、ありとあらゆる生き物が持っているものでその質は親から子へと引き継がれることが多いという。父は水、母は風の属性をもっている。兄はその両方を受け継いでいて私はまだ調べていないので分からない。

 魔法の属性は学院に入ってから調べるのが通例となっている。兄によれば貴族の義務として学院には12歳から15歳まで通うのだそうだ。

 そして16歳になると適性に応じて配属を決めていく。もちろん希望があればそれを出すことも出来る。魔力の属性によって出来ることが増えるのだが決して他の属性を使えないということはない。効率が悪いだけで使う人が少ないというだけなのだ。


 魔法は便利だ。


 娯楽の少ないこの世界で、唯一楽しめるものができた私はそれにのめり込んだ。

 もちろんそればかりではなく兄が持ち帰ってきた学園で学ぶものもこっそり熟読させてもらった。学院では基本となるベースの勉強にそれぞれのコースに合わせた授業を受けるという専門学校や大学のような勉強方法だ。

 兄は騎士コースだったが他にも領地経営コースや魔法師コース、文官コースがある。騎士コースをとっていた兄の授業内容には実践と訓練、戦略など目的に応じたものがあった。

 5歳の子供が見ても今の時点では役に立たないのだが、何かしようにもできる事が限られているのだ。


 知識を増やすくらいは許して欲しい。


 今の私が剣を振り回そうものなら使用人に間違いなく止められるだろう。結局のところ、実際に試せる魔法に依存するしかなくなる。


 そして私の使う魔法はこの世界のモノとはかけ離れた魔法になっている。兄の魔法を見ているとそれが良く分かる。原理を良く理解せずに発動する魔法と理解して発動する魔法では魔力効率はもとより結果も大いに違いが出るようだ。


 これは技術があまり進歩していないこの世界の問題だと思う。


 水魔法で出した水は飲むことが出来ない。これが最たるものだ。どこから出す水なのかが明確でないので飲み水にならないのだ。

 ちなみに魔法で出した水を飲むと3日3晩下痢と嘔吐に悩まされるらしい。実際に試した者がいたようだ。確かにどこから持ってきたのか分からない水を飲んで無事で済むとは思えない。


 腹を壊して当然の結果だと思う。


 そんな状況なので戦略級の魔法師が少ないのは言わずもがな。魔法を大きくするために大量の魔力を必要とするのだろう。

 まさに非効率的な魔法だ。魔法の範囲すら何度も使って体に覚えさせるらしい。恐らくどこまでの範囲に影響を与えるのかと言う情報がないために魔力による力押しの策と言える。

 あの後何個か魔石を貰って魔法の練習に使っているが魔石はどうやって出来るのかと聞くと答えは分からないだった。魔物の体内にあるのが当然なのでその仕組みを考える事がなかったのだろう。

 そこで質問を変えてみた。魔物は生まれたときと大きくなったときの魔石の大きさに違いがあるのかという質問だ。兄は小さい魔物の魔石は小さいし大きな魔物は当然魔石も大きいと言った。


 つまり年月で魔石の大きさは変わっていくという事だ。


 では人にもあるのだろうか?


 答えは「ある」だった。


 それを聞くとなんだか不思議な気分になる。自分の体にも魔石があるのだと思うと複雑だ。魔石は心臓部にあるらしい。


 なんだか怖い。


 魔石が破裂する事はないのだろうかという心配を思わずしてしまったが、そういう事はないらしい。そうやって少しずつ魔石についての知識も深めていった。


 ちなみに魔石は魔道具を動かすのに使われる。まさに電池のような役割を持っていた。そして魔石に魔力を補充するというのも町ではお小遣い稼ぎのように扱われているようだ。

 ただ基本的に魔力が多いのは貴族なので平民でそれを専門にしているものは少ない。魔力を複数回使えるようにする為、魔石に魔力を溜める作業は結構な時間と労力が必要なのだとか。

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