第11話 梟は烏と雀と共に夜を過ごす

「何をぼんやりしているんだ? お前らしくもない」


「……陛下。お話は済んだのですか」


「くだらない話をする酔っ払いをどうにか潰したところだ」


あの後、応接間に入って行った二人は飲み比べでもしていたのだろうか。「潰してきた」という陛下の顔も、若干赤い。


「それはそれは。随分と重労働をしましたね。お疲れ様です。労いに紅茶でも淹れて差し上げますよ」


「ああ、頼む」


陛下の言葉に、私は簡易キッチンへと赴く。

何故か陛下も付いて来たけれど、気にせずお茶の用意をする。


「……懐かしい話をされた」


「どのような?」


「お前が、軍に入ると言い出した時の話だ」


「……ああ、まあ、この右目じゃ。貴方の側は似合いませんから」


「私はそう思ったことは、今でもない」


「……だから、正妻の位置を未だに空けていると?」


「……」


無言は肯定と同じだ。馬鹿らしいの一言に尽きますね。


「私の手は紅く染まりました」


「ああ」


「私の心は凍てつきました」


「……ああ」


「私は貴方を少なからず想っていましたが、その感情はもう既にありません」


「……」


「私のことなど忘れて、もっと相応しい女性を探してください」


「お前以上の女が、この世界に居たらな」


今度は私が黙る番だった。

この会話をしたのは、私が軍に入る為に婚約を解消したいと言った時以来だ。


「やめましょう。この話は。堂々巡りでしかありません」


「そうだな」


でも、ひとつだけ。と、殿下は私を後ろから抱き締めて、耳元で囁いた。懐かしい匂いが鼻を擽る。


「私はお前を愛している。今も昔も。恐らくこれからもだ」


それだけ、ゆめゆめ忘れるな。

そう言って、私のヴァンダーフェルケでは珍しい黒髪を一束掬い口づけると、陛下は私から離れた。


「紅茶、出し過ぎているんじゃないか?」


「……あ、なたは、」


どうしてそうも聞きわけが悪いのですか。

そう言おうとして、言えなかった。陛下の顔が真剣そのものだったから。


「凉萌ちゃん! お仕事終わったよー!」


「ハーバヒト……」


ハーバヒトが仕事から帰って来た声が聞こえた。

それに安堵する。小さく聞こえた舌打ちは、聞かなかったことにしよう。


「あれ? なんで陛下がここに?」


「お前達のボスに呼ばれたからだ」


「いや、俺が訊きたいのは。何で、凉萌ちゃんと二人っきりで居るのかってことだからね? わかってて言ってるデショ」


「お酒を飲み過ぎた陛下に、紅茶を淹れて差し上げていただけですよ」


「ふぅん。俺にはそんなことしてくれないのに」


「何故、貴方をもてなさなければならないのです?」


「凉萌ちゃんの鈍感」


「同意だな」


「意味が分かりません」


肩を竦めた私に、二人は同時に息を吐いた。そんなに息がぴったりだなんて、仲が良いですね。皮肉を込めてそう言おうと口を開けた瞬間。


「すずめー。水持ってきてくれー」


「……潰したんじゃなかったんですか?」


「そのつもりだったんだがな」


「何々? なんの話?」


「ハーバヒト。あのおっさんに絡まれたら終わりと思いなさい」


「……隊長、まさか飲んでるの?」


隊長の絡み酒は有名だ。私達は顔を見合わせ、これから気が済むまで付き合わされるのだろうなと、同時に溜息を吐いた。




目を覚ました私にレイヴン殿は言った。


「もっと強くなれ。自分も周りも守れるくらい。その為に俺と生きてくれねぇ? どうせお前、もう婚姻する気も生きる気もねぇんだろ? だったら次代の良き王となる男を背後から一緒に支えて、そうして――俺の為に死んでくれ」


白い歯を見せながらなんとも恐ろしい言葉を放ったレイヴン殿に、私は右目に巻かれた包帯を撫でながら、確かに頷いた。

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