第10話 梟は烏と雀と共に夜を過ごす

そんな日中を過ごしていたら時間は経ち。王族主催の舞踏会が始まった。

私は殿下の一歩後ろに着いてあいさつ回りをする。

これはお披露目だ。私と殿下が婚約を確かに結んだという。それだけの為の会。


「国民の血税で何をしているのでしょうか」


「どうせなら国王陛下に聞こえるくらい大きな声で言ってやればいい」


「それが出来たなら、この国はもっと平和だったのかも知れませんね」


今の国王は大変な浪費家で、見栄っ張り。

そのせいで国民に対する税金は上がる一方。

いつ、暴動が起きても可笑しくはない。いつ、クーデターが起きるかも知れない。

それでもお父様が私を殿下の婚約者にしたのは、ひとえにスパロウ家での私の立ち位置を守る為。


スパロウ家は代々『正妻の子』が継ぐことが決まっている。後妻とはいえ、お義母様は正妻。私の存在は宙に浮いてしまった。

不器用なお父様なりの私への優しさなのだ。その優しさは義母には向かなかったみたいだけれども。


「私が、この国を変える」


ぼそりとアウル殿下が紡がれた言葉に私はひとつ頷いた。


「そうしてください。ついでに苦しむ民を見下す者も一層してくださると嬉しいのですけれどね」


「そのつもりだ」


殿下は固く、固く、拳を握られていた。

煌びやかな舞踏会。バルコニーに出て、城下を見れば明かりひとつ着いては居ないのが見えた。油が勿体ないからだ。その光景を、私と殿下はだた見つめる。まるで目に焼きつけるかのように。


そろそろ戻ろうか、そんな時だった。


「きゃあああああああ」


絹を裂くような悲鳴が上がったのは。


「なんでしょうか」


「賊でも侵入したか。凉萌。お前は隠れていろ」


「わかっていますよ」


殿下は静かに悲鳴の原因を探す為に会場に戻って行った。

わかっていると言ったけれど、もちろん。嘘だ。

私はこっそりと会場を見渡せる位置に向かった。

何があっても良いようにと、避難口やらを調べておいたのが役に立ったようだ。

明るい会場内。そこには三人の男が、ここからでは顔の判別は出来ないが、女性と子供を人質に取り、ナイフと銃を国王に向けていた。

何を言っているかは聞こえないけれども、恐らく金目当ての侵入だろう。

ナイフを向けられた国王は、それでも金に渋っていた。


醜く肥えた、アレは豚以下かと鼻で嗤う。

アウル殿下がきっと何とかしてくれるだろう。私は一先ず見守ることにした。しようとした。

けれど、出来なかった。捕えられた子供が、妹だと分かってしまったから。見えて、しまったから。

恐怖以上に母親譲りの自尊心からか目尻に涙の粒を溜めながら、男達を煽っている様子を見て目を見開く。


(なんて馬鹿なことを……!)


生まれて初めてと言っても過言ではないくらい、焦りを感じた。

何も出来ない、非力な、家柄だけが取り柄の子供が、人を簡単に殺せる人間相手に何をしているのだと。


無意識だった。足が、気付けば勝手に動いていた。


「うるっせぇぞクソガキ!」


「ッひ」


近付けば、声が聞こえてきた。妹の、怯える声が。

私は咄嗟に履いていたヒールを脱ぎ、男のひとりに投げつける。


「っ、誰だ!」


「私ですが」


息が乱れている。けれどもおくびにも出さないようになるべく気を付けて、名乗りを上げた。

何処からか『スパロウの』やら『殿下の婚約者が何故』なんて声が聞こえてきたが、そんなもの今は関係ない。


「私の妹から手を離しなさい」


「ハッ。誰がそれで、わかりましたぁ、って頷くかよ!」


「それもそうですね」


では。力づくで離して頂きます。

そう言うや否や、私は山賊に向かって駆けた。思えば、腕に多少の自信があったのが不幸だったのかも知れない。

男が突き出して来たナイフを避け、その腕を掴んで反動で投げ飛ばし、降って来る男の拳をいなして足を大きくけり出せば、私は三人中二人の男を地に伏せさせた。

後に残ったのは首領格の男だろうか?

どう見ても焦った顔をしていた。

戦術では焦った方が負ける。だから、油断してしまった。

護身術程度の訓練でしか人を殴ったこともないただの女が、窮地に立たされた人間が何をするのかを、全く理解してなかった。


「良くも仲間を……テメェ……! ここで殺す!」


「やれるものなら、どうぞ」


挑発なんてしなければ良かったのだと、気付いた時には後の祭り。


「お姉様! 後ろ!」


あ、初めて「姉」と呼ばれた気がする。そんなことを思いながら、反射的に背後に顔を向けた。


――瞬間だった。


「アあああぁぁあああああ」


私の右目に、ナイフの切っ先が見えた。降り落ろされたのか。

そう認識する前に、私は初めて味わう激痛に絶叫していた。


「凉萌!」


殿下の声が聞こえる。珍しく焦った声だ。

けれどそれに構っていることは出来なかった。

痛い。痛い。痛い。痛い。

右目を抑えながら、私は蹲る。その身体を容赦なく蹴られた。


「女がしゃしゃり出るからいけねぇんだよ」


「……ぅ、く……ぁ、」


「そのまま惨めに死ね。腐敗した貴族の豚共も後でちゃぁんと連れてってやるからよォ」


それを聞いた舞踏会の参加者達が、我先にと逃げようとする。

人間としての本能が、生きたいと願ったからだろう。それは普通のことだ。下手を打って私みたいになるのは誰だって嫌だろう。


(所詮私も、ただ傲慢だっただけということですか……)


己の力を過信して、いや、そうでなくとも。

憲兵隊や、軍の人間が来るのを待っていれば良かっただけの話なのに。

アウル殿下もその為に時間稼ぎをしていたというのに。

妹が、半分しか血の繋がりはないけれど、嫌われてはいるけれど。それでも私にとっては大切な子が、今にも泣き出してしまいそうな顔をしているのを、ただ見ていることが出来なかった。


これは私の弱さが招いたことだ。

仕方がないと、下卑た笑みを浮かべる男を片目で見つめながら、生きることを諦めた時。


「良く頑張ったな」


ぽん、と背中を誰かに撫でられた。痛みの中、必死に見たその人は――


「……クロウ家、の……」


絞り出すように声を発する。

何度かアウル殿下の付き添いでお会いしたことがある。

国王の右腕を担う一族。クロウ家。その時期当主レイヴン殿。

レイヴン殿は何故か、軍属の恰好をしていた。


「お前ら、今度は俺が相手してやるよ」


にっこりと笑ったレイヴン殿は、そのまま男達の返事を待たずに、瞬きをひとつした程度の時間で全員地に伏せさせていた。

人質は全員無事だった。それを見て、安堵する。


「おーい。大丈夫かァ」


そんな気の抜けた声を最後に、私は意識を失った。

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