えぴそーど、じゅうさん。くちばをぬってほしい、ようじょ。


 娘は好奇心旺盛だけれど小心者です。


 最近は私が出かける前にメイクするのが気になっているみたいで、メイク道具をいじりたがったり、色々質問してきたり。

 でも「パナ子もやってみたい?」と聞くと「ううん、しない」と断ります。自分が冒険する気はないのです。

 それでもじーっと私を見て、何かする度話しかけてきます。


「ママ、ちいさいメガネつけるの?」

「うん、コンタクトレンズ付けるよ。ママは目が悪いから、これしないと見えないからね」


 私が指を眼球に近づけると、娘は興奮して瞳を輝かせます。


「うへぁっ! すごすぎるじゃん。ママ、いたくない?」

「うん。平気だよ~」


 そして化粧水・乳液・下地を塗って、ファンデーションをパタパタしていると、娘がそわそわし始めました。


「ママ、くちば、ぬってほしいだけど」

「…………くちば?」


 くちばって、何?


「くちば……ああ、口紅?」

「ううん、くちば!」

「唇? 唇に口紅を塗ってほしいんじゃなくて?」

「パナ子、ちょっとむずかしいだけどね」


 娘は困り顔になりながら唇を尖らせ、その唇を指でつまみました。


「えっ……もしかして……」


 アヒルみたいな娘の顔を見て、私は気付きました。


「もしかして、くちばって、クチバシのこと?」

「うん!」

「クチバシを塗ってほしいって?」

「うん!」


 クチバシて! 鳥じゃねんだから!

 と笑いそうになるのを堪えつつ、一応真実を教えます。


「あのね、クチバシって鳥さんの口のことでしょ。鳥さんのは硬いでしょ。人間のは唇でしょ?」


 でも説明しながら私自身も、クチバシと唇の何がそんなに違うのか、わからなくなってきました。

 もしも人間が進化して硬い唇になったらクチバシって呼ぶようになるのかなあ。

 中途半端な硬さだったら……? どの硬さからがクチバシなの?

 そもそも、硬さがクチバシの定義なの? 

 尖ってて長いからクチバシなのかな……。口が箸みたいで口箸、なんて……そんな字じゃないし。


 と、冗談交じりに半笑いで考え込んでいたら、娘が言いました。


「ママ、くちばのいろ、パナ子がえらびたい!」


 どうやら私のクチバシの色は、娘が指定してくれるらしいです。

 それで私は、口紅をズラリと娘の前に並べて見せました。


「この中の、どの色がいい?」

「うへぇ、どれにしよっかな~」


 ルンルンしながら娘が口紅を選びます。


「こ・れ!」


 娘は真っ赤な口紅を選びました。

 ……ま、どうせマスクするからいっか!

 と私は娘を喜ばせるため、真っ赤な口紅を濃いめに塗りたくります。


「まま、くちば、赤いねえ!」

「赤くなったね。どうかしら?」

「かわくなった!」

「ふぉんとにぃ? ありがとう」


 娘から見て本当に可愛くなったのか、それともこんな幼いうちからお世辞というものを心得ているのか……。

 どちらにしろ気分の良くなった私は、自慢げに赤いくちばを娘にみせるのでした。

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