異世界転生と天使のお仕事

モノカキ・アエル

異世界転生と天使のお仕事

 天使は、迷える人を助け導くために存在する。

 直接手出しはしないものの、善良な者や選ばれた預言者へとメッセージを送り、人間の社会に干渉してきた。

 歴史上、国家の勃興に際して、あるいは聖女が現れた時などに、天使が姿を見せたという記録が複数残っている。


 ……しかし、時が過ぎ。


 社会と科学が高度に発達して、人類が森羅万象を支配したことにより、天使たちはもはやその役目を終えた……かのように見えた。


  ◇◇◇



 天使である私の仕事が、今日も始まる。


 目の前にはパソコンのモニター。右手に見えるのは古い型のプッシュホン。同じ仕様の大きいデスクがそれぞれパネルで仕切られ、整然と並んでいる。

 前も後ろも、両隣も、全員頭の上に輪が浮いている天使だ。

 この広いオフィスに、100人は収容されているだろう。

 始業とともに、様々なところから電話がルルルと鳴り始める。

 私のデスクも同様だった。

 鳴り続ける電話を取り、決まった文言を口にする。


「はい、こちら異世界転生・転移者サポートセンターでございます」


『俺、この前チートスキル持ちで転移したんだけど……』


 電話の向こうにいる人物から相談を受け、対応を始める。

 私が働いている職場は、早い話が異世界転生・転移者向けのコールセンターだ。

 地球から別の異世界へと転生・転移した人からの苦情、相談、質問などを受け付けている。


『神殿の中に召喚されるという話だったが、砂漠のど真ん中にいたぞ。どういうことだよ』


「お勇者様のデータをお調べいたしますので、少々お待ちください」


 サポート対象を「お客様」ではなく「お勇者様」と呼ぶことは、センター設立以来の伝統だ。

 電話を保留モードにして、キーボードを叩いてデータを検索する。

 これまでに異世界転送・転移を行った者は膨大な数にのぼり、データベースで管理されている。


「太陽と月の大陸世界、アルドランディス王国の祭壇へ転移された山田様で間違いございませんか?」


『アルなんとかって王国の名前は知らないけど、俺は山田だよ』


「かしこまりました。転送装置の履歴を調べたところ、どうやら誤って城から380キロ離れた無人の砂漠に転送してしまったようです。再転送手続きを行いますので、一日ほどお待ちください」


『え? 一日も待たなきゃだめなの?』


「転送担当の女神によって手続きが受理されてから、そちらの世界の女神に連絡が行き、再転送を行うまでに時間がかかってしまいますので……」


『もう夜になりそうなんだけど、宿とかないの?』


「お勇者様の現在地から人間のいる村までは、東へ32キロ歩く必要があります。お勇者様のチートスキルには高速移動はございません。その場でお待ちいただけますでしょうか?」


『俺、野宿とかしたことないんだけど、危険とかないの?』


「大丈夫です、お勇者様は『トクトク最初からチートプラン』に加入しています。砂漠地帯の野生モンスターは先行1ターンキルが可能です。むしろ遊んであげてください」


『それはいいとして俺は砂漠で一晩、何してりゃいいの』


 よっぽど暇なのだろう。こちらに電話してきている彼らが使っているのはスマホなどではなく、女神から渡された通話専用の特殊な鉱石プレートだ。

 当たり前だが、暇つぶしのためのゲームやアプリなどは入っていない。


「星空の下で一晩待つというのも、この先の冒険では多くなると思います。差し当たっては方位などを見るために星の位置を覚えるか、羊を数えていればよいのではないかと思います」


『はあ……あれだな、異世界転生ってやっぱいい加減なんだな』


「担当の女神に不手際があり、ご迷惑をおかけしております」


 不満をこぼしつつも、こちらの言うことを理解してくれたようだ。

 通話が終わる。

 女神への作業依頼をパソコンで入力して案件を処理し、私は電話の受付を再開した。



 天界が人材の「異世界転生・転移システム」を採用してから、それなりの時間が経つ。このシステムのおかげで、無為に滅びてしまう世界は激減したが、そのかわり異世界転生・転移に伴う新たな問題が多数発生することになった。

 このコールセンターは、そのような問題を解決するために設立されたものだ。

 お勇者様からの連絡は、重要なものから些細な質問まで幅が広く、数があまりにも多いため女神だけでは捌ききれない。

 転生・転移件数の増加は女神や他の上位存在も知るところだったので、お勇者様への対応は次第にシステム化されていき、私のような下級の天使が手分けして一次受付するようになったのだ。

 結果、就業時間中、どのデスクの電話も絶え間なく鳴り続けている有様だ。

 正直、天使でもこの仕事はしんどい。



 すぐにまた、デスクの電話が鳴る。


「はい、こちら異世界転生・転移者サポートセンターでございます」


『ベルガンディア神聖連邦のヘルゲイザーだ。邪竜暗黒魔導冥王国を制圧したが次はどうすればいい』


「ええと……佐々木様ですね」


『その名はすでに過去のものだ』


 検索してみると、知っているお勇者様だと気づく。転生前の検査で、過去最高の異世界適正値を叩き出したお勇者様だ。


「お勇者様が転生してから、そちらの時間で3日程度ですが、お間違いはございませんか?」


『ああ、上級魔法で自分を強制成長させ、大陸ワープと武装錬成を駆使し、連邦の主要メンバー全員と遠隔魔法で会話しながら邪竜暗黒魔導冥王国を降伏させた』


「前の世界でオルドバルデルタ妖星空間の魔王を倒すまで一ヵ月ほどでしたが、今回はもう終わったのですか」


『簡単なことだったのだが……俺はまた何かやってしまったのか?』


 まれにこういった圧倒的に有能なお勇者様がいて、異世界救済リアルタイムアタックをやってのける。

 転生してから3日は最速記録の更新ではないだろうか。

 さすがは凄まじい異世界適正の持ち主だ。


「そちらの世界において人類滅亡の危機は完全回避されましたので、あとは特に使命もなく過ごすことができますが」


『ふむ、悪いが今回のことは俺にとっては物足りなくてな、次に救うべき世界を教えてほしい』


「かしこまりました。世界救済後の再転生ボーナスでございますね。再転生には注意点がございまして」


『前の世界に戻ることはできない、また再転生後の世界への不満は受け付けない、ということだな。問題はない』


「承知いたしました。それでは他世界を担当している女神へ、困難課題に対する解決者のご紹介をさせていただきますので、こちらからの連絡をお待ちください」


 このようなお勇者様は話が早くて助かる。淡々と世界を救い続けていくあたりは天使である私から見てもかっこよく感じる。

 彼のような者はサポートしやすい。マニュアルに従って事務処理をするだけでいいからだ。もはや天使の助けが必要ないほどに、自分だけでほぼすべてを解決してしまう。

 だが残念ながら、異世界転生・転移の件数が増えすぎた今では、彼のように手のかからない転生・転移者は少数派だ。



 次に対応した電話の主はやたらと暗く、息も絶え絶えと言わんばかりに声を絞り出していた。


『頼む……』


「お勇者様、いかがなされましたでしょうか?」


『味噌……』


「は?」


 思わず間の抜けた声を発してしまった。

 大量の相談を捌いているせいで、対応が雑になってしまう。


『味噌が恋しいんだ……』


「な、なるほど」


『和風の、昔の日本のような国を探して、異世界中を歩き回ったがどこにもなくて……帰りたい、うう……』


「それは大変でしたね」


『この世界に味噌、あと、しょ、醤油はないのか。お母さんの味は……?』


「調査いたしますので、お待ちください」


 キーボードを叩き、対象の異世界について調べる。


「お勇者様の世界には、味噌や醤油が存在しないようですね」


『そんな! もう帰りたい! 前世で俺を轢いたあのトラックが憎い!! こんな世界、もう救う価値もなにもない!!』


 食というものは恐ろしい。


「落ち着いてくださいお勇者様! 何かいい方法が……」


『そうだ、原料さえあればなんとかなるかもしれない! 大豆はこの世界にあるか!?』


 受話器から聞こえる声に力が戻る。その声に混じる希望に押されるように、私はパソコンで大豆の有無を調べた。


「大変申し上げにくいのですが、お勇者様の世界には大豆もございません」


『大豆作る魔法とかは!?』


「ありません。この世界を救い、次の異世界転生に賭けるしか……」


『なんでだよ! 転生したら新種の栽培とか、前世の料理とか作って、村おこしとかして異世界の人たちから神扱いされるのとかよくあるじゃん!』


「……申し訳ございません。お勇者様の世界で大豆の栽培は不可能なんです……」


『ありえねえ……』


 お勇者様は愕然としている。電話越しでもわかるあまりの悲しみの様子に、それ以上かける言葉は見つからなかった。



 次の電話も面倒なクレーム対応だった。


『この世界のやつら、みんな何しても俺を褒めてくるんだ。気がおかしくなる!』


「お勇者様の適正に合わせて、最適なチートを発揮できる異世界にご案内しています」


『もっと俺は純正ファンタジー生活を求めてたんだ! 信じられるか? この前なんて九九を披露しただけで国の代表にされた!!』


「代表就任おめでとうございます」



 その次も面倒なクレーム対応だった。


『エルフはどこにいるんだよ!!!!』


 いきなりの大音声で耳が痛い。


「エルフ、ですか……?」


『異世界ならいるだろ、そういうの! この世界に来てからエルフの里に行きたくてずっと探しているんだが! どうなってんだよ! 王様すらエルフのこと知らなかったぞ!』


 私は素早くキーボードを叩き、お勇者様のいる世界の情報を調べた。


「お勇者様の異世界にエルフの里はございません」


『あああああああ!』


 ばんばんと机を叩く音が聞こえてきた。


『異世界と言えばエルフだろ? 俺はエルフの里でハーレム作るはずなんだよ!!!!』


「申し訳ございません。転生後のリクエストは受け付けかねます」


『転生なんて、するんじゃなかった……』


 自暴自棄になって、世界を救うという使命を放棄されても困るが、嘘をつくわけにもいかない。私はどうにかならないかと、異世界について詳しく調べ上げた。


「勇者様、エルフの存在について、可能性がございました」


『ええっ! ほんと!?』


「そちらの世界でお勇者様が魔龍を倒してください。そのおよそ10万年後、魔導革命により産業が発展した時代にエルフ族も生まれるようです」


『じ、じゅうまん……ねんご……!?』


「未来のエルフ族繁栄を願って時代の礎になってはいただけないでしょうか」


『いやだよ、俺は自分のハーレムほしいの! 王様をロリエルフに変えてくれ!』


「残念ながらサポート対象外です」


 嘆きの声をあげるお勇者様。

 電話が切れて、私は深々と溜息を吐き出す。


 すごく……疲れた……。


 最近は、女神の使命や世界を救うことなど、はなからどうでもいいと思っているお勇者様、多すぎやしませんか。

 これまでの成功者は、たとえチート能力を持っていたにせよ、右も左も分からない状態から始め、持てるスキルを駆使し、工夫し、やるべきことを見据えて異世界に生きるコツを掴んでいた。

 それが最近は、「現代知識でハーレム作ろう」とか、「奴隷エルフと港町でカジノ生活」とか、「世界を救わずに小さな村で農民ライフ~王女も狼娘も俺の嫁~」とか、とにかくみんな好き勝手しすぎなのだ。

 頼むから世界の危機を何とかしてくれ。



「……あぁぁぁぁあ」


 勤務中にもかかわらず、私はうだるような声をあげてしまった。

 なんで奴らはチート三昧なのに、私にはストレス回復チートとかないのだろう。

 疲弊しきっているところに、再び電話が鳴り、受話器を持ち上げる。


「はい、こちら異世界転生者サポートセンターでございます!」


 疲れからか、ちょっと語気が強くなってしまった。


『アッ……アノ』


「お勇者様? こちらはサポート対応の天使でございます」


 相手を怯ませてしまったのかと、少し不安になる。


『ア……ア……』


「はい?」


『アノ……さ……イ』


「恐れ入りますがお勇者様、用件を聞き取れませんでしたので、もう一度お願いいたします」


 なかなか喋ってくれない。いったい何があったのだろうか。


「お勇者様?」


『……ルナ、さんに……変わってください……』


「はあ、かしこまりました」


 ルナとは同じ職場の天使の名前だ。以前の対応の途中だったのだろうか。通話を保留にし、立ち上がって仕切りの向こうを覗き込む。

 ちょうど電話対応の切れ目だったらしく、ルナに話しかけることができた。

 お勇者様からだとルナに伝え、電話を繋ごうとすると、慌てて手を振ってくる。


「あーその人だめ、その人だめ、私は堕天したと言っといて!」


「えっ」


「ずっと引きこもっててコミュ障だったやつ! 毎日電話してくるの!」


 なるほど、以前の案件で親切に対応したがために懐かれてしまったか。


「とにかく、そっちでお願い! あっ、こっちの電話も鳴ってるし!」


 ルナが自分の電話を取り、対応を始める。

 仕方がないので、こちらで引き継ぐしかない。懐かれないように注意しないと。

 私は保留を解除し、かための口調で話し始める。


「お客様、申し訳ありません。ルナは天使長官に任命され終末の音を鳴らしに行きました。変わりまして私がサポートをさせていただきます。」


『あ……、ルナさんがいいんです。他の天使じゃちょっと……』


 めんどくせえマジで。


「それでは、ルナにお伝えいたしますので、ご用件をお願いいたします」


『あ……、今日山に、来たら……』


「山に何かございましたか?」


『お花が綺麗で……ルナさんに、教えたいな、って……』


「承知いたしました、お伝えします!」


 返事を待たずにスパーンと受話器を本体に叩きつけた。

 どうでもいいことに時間を使うわけにはいかない。こちらに連絡してくるお勇者様に対して、天使オペレーターの数が少なすぎるからだ。



 パソコン上の報告書に記入する暇もなく、すぐさま次のコールが鳴る。

 慌てて電話を取ると、いきなり大声が響いた。


『遅っせえなあ! いつまで待たせんだよ!』


 何度も電話をかけてくる別のお勇者様リピーターに直接文句を言ってほしいと、切に思う。


「申し訳ございません、ご用件を」


『これ持って帰りてえんだよ! 早くどうにかしろよ!』


「あ、あの。お勇者様、落ち着いてください」


『なんで出るの遅っせえんだよ! 天使だろ? 気軽にサポートって嘘だろ!? ねえ、いいの? 使うよ? 使っちゃうよチート』


「申し訳ございません、お問い合わせが常に混み合っておりまして」


『それで俺を待たせたら、世界滅びかねないだろ。わかってるの?』


「承知しております、改善の検討をさせていただきます」


『検討って、大変なことが起きてからじゃ遅いって思わない?』


「サポートセンターでは日々、奮励努力しております」


『その頑張りの成果がこれってわけ? すっげー待たされたんだけど』


「あの、失礼しますがお勇者様、ご用件をお伺いさせていただけないでしょうか」


『そうやって話を逸らすの、先送りにしてない? それでいいと思ってるの?』


 これ、ただクレームを言いたいタイプだ。


『仕事なんだから真面目にやってよ。俺も暇じゃないんだからさあ』


 こんなのに救われる世界に生まれるとかいやだなぁ。


『まあいいや。遺跡に来てるんだけど、宝箱の鍵が開かなくて困ってるんだよね。中身の秘宝がすっげーやつなんだよ。でもこの遺跡で拾った鍵が合わないんだ』


「となると、正しい鍵が他にあるのではないでしょうか?」


『隠し部屋とかないの? わからない? そういうのさあ』


「……残念ですがお勇者様、お調べいたしましたところ、そちらの遺跡に隠し部屋はございませんでした」


『スキルとかでさー! 無理やりこじ開けらんないの? なんで俺魔王倒せるのにさぁ、こんな箱一つ壊せねえんだよ。この世界バグじゃね!?』


「仕様です」


『とにかく! この宝箱が開けたいからなんとかしろよ、さっきもこうやってさあ』


 かちりとした金属音が、受話器を通して聞こえてきた。


『ん? あ、あれ? あ、開いた……ふっ、開いたぜ』


「……解決したのでしょうか?」


『ああ、なんかさっきぃ、間違えて別のカギ使ってたみたいだな』


 ふざけんな。


『ごめんねーこんなことで電話かけちゃってぇ、ありがとうバイバーイ♪』


「どういたしましてっ! これからのよい旅路をお祈りいたしておりますっ!」


 がちゃんっ!


 矢継ぎ早に次のコールが鳴る。あああ。


「はいこちら異」


『困ってんだけど!』


 それは知っている。


「まずお名前をお聞かせ頂けま」


『そんな場合じゃないんだって!』


「と言われましても、お勇者様サポートのた」


『それいいから! 来てんだって』


「何が来ているんですか!?」


『やべえ! 長え!』


「敵ですか?」


『違え、そんなんじゃねえ、とにかく助けてくれ!』


「かしこまりました、それではワールド名とお名前を」


『うおおおおおおお!』


「お勇者様!?」


『もうだめだあああああ!』


「お勇者様! お勇者様――!?」


『ぐわあああああっ!』


「大丈夫ですか!? お勇者様!?」


『……』


「お勇者様」


『……』


 返事がない。

 異世界転生や転送は生易しいものではない。女神に選ばれた者だって、どんなチートスキルを持っていたって、斃れることはある。

 そうなれば、その異世界の危機を食い止めるものがいなくなり、多くの人々が不幸に見舞われるだろう。

 胃がキリキリと痛む。……もうこの仕事、やめたい。


「あぁーもうやだぁー! やあーーーーだああーーーー!」


 声が響く。電話はまだ取っていない。近くの席からだ。

 見ると、ついに限界に達したのか、同僚の天使が駄々っ子のように手足をばたつかせながら泣き叫んでいる。

 実はこれも見慣れた光景だ。

 無理もない。マイナスを当たり前の状態に持っていくという仕事は、苦労のわりに感謝されることが滅多にないのだから。

 かつて天使たちは迷える子羊を導き、英雄に道標を示し、大地に生きる人々に加護を与えてきた。

 それは栄光であり、誇りであり、何より人々の感謝があった。

 しかし、この職場に詰め込まれた天使たちは、少し埃っぽいフロアで受話器から不満やら罵倒を浴び続けているのだ。なんという違いだろうか。

 私を含めた天使たちは、ずっと配置換えや待遇の改善を訴え続けているが、状況が変わる気配はあまりなく、そろそろ本当に堕天する同僚がいてもおかしくはない。


  ◇◇◇


 異世界転生・転送者コールセンターの慌ただしい日々はずっと続いていた。

 天使たちが逃げる先といえば、酒だ。

 帰る前に職場の天使たちと飲みに行けば、愚痴りあいは終電まで続く。

 天使たちの不満が溜まっているのは明らかだ。何人かは、結託して堕天のタイミングを計っている雰囲気さえあった。

 しかし、ある日ついに朗報がもたらされた。

 職場の天使のうち、半分が配属替えになるという通達が来たのだ。異世界転生・転移に関する多すぎる諸問題をコールセンターだけに押し付けるのはよくないと、改善していく方向に決まったらしい。

 同僚の天使たちは、


「やった、あの職場から離れられる!」


「もう愚かな人間の相手をしなくていいんだ!」


 と、諸手を上げて喜んだ。

 私もまた配属替えになった一人だ。

 毎日毎日頑張ってはきたけれど、配属替えはぶっちゃけ私も嬉しかった。

 次の仕事場は都会から離れた森の中らしい。コールセンターに残る天使たちには悪いが、自然に囲まれて健やかに過ごせそうだ。

 新しい職場へ向かうバスの中で、天使たちは数時間の間、修学旅行を楽しむ高校生のように盛り上がった。

 だが、山の中に建つ施設の前に降り、看板の文字を見て、全員の表情が凍りついた。


『お勇者様研修センター』


 お勇者様の質が下がっているのなら育てればいい。

 なんとも明快で論理的な対処策だ。

 問題は、質の低い勇者の世話をし、教育を施すのが――我々だということだ。

 周囲の天使たちがざわつく。泣き出す者や卒倒する者までいる。

 私はがっくりと膝をつき、天を仰いだ。

 主よ、どうか勇者のいない異世界に、天使わたしたちを連れて行ってください……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転生と天使のお仕事 モノカキ・アエル @monokaki_aer

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ