第3話 デキル奴
第三話『デキル奴』
何事にも一生懸命が一番大切。そんな事は、百も承知だ。でもな、何事にも一生懸命になれる奴なんているのか?居るなら出て来い、知っているなら連れて来い。
少なくとも、アタシの周りには、そんな器用な奴はいない。イトウもエハラもマツオもキクチもシミズも不器用で不細工な女達だ。そんな馬鹿でガサツで大食いなアタシたちが何事にも一生懸命になれるはずが無い。ただ、唯一、バスケットボールにだけは真面目になれた。
アタシたちは、シャープペンよりボールを握った時間の方が長い。黒板より背面板を見つめ、英単語より規則を覚えた。数学より戦略を学び、授業より練習に集中した。
それなのに大切の試合で負けた。そして、これがアタシたちの最終試合になった。三年間の一生懸命は、実にならず、花すら咲かなかった。
一生懸命、一途に、勉学をおろそかにして、男子とも遊ばず、三年間、アレだけやっても結果を残せなかった。なんだか、アタシたちの高校生活は無駄だったように思える。スポーツは結果が全て。試合は勝たなきゃ意味が無い。過程なんか関係ない。敗者であるアタシたち六人は、会場に背にして歩き出した。
イトウもエハラもマツオもキクチもシミズも、そしてアタシも試合後の整列から、ずーっと黙っている。鼻をすする音が時折聞こえるから、誰も死んではいないようだ。それにしても、悔しい、とか、悲しい、とか、頑張ったね、とか、惜しかった、とか、泣く、とか、号泣する、とかが、全く下手糞な六人衆だ。とことん不器用な六人が集まったものだと、腹まで立ってくる。アタシは腹癒せに前を歩くシミズの尻を蹴っ飛ばした。
「何すんだよ!」
「シミズ。声が変だぞ、さてはお前、泣いていたな」
シミズはボールバッグをアタシ目掛けて振り回した。だが、その勢いは始めだけだった。すぐに、勢いは失せてだらりん、と垂れ下がる。おまけに、とろん、と地面に落ちたバッグは跳ねもしない。
「バーカ、死ね」
悪態二つで、シミズは黙った。それどころか、アタシに慰めの眼差しを向ける。ふざけんな、お前らしくないぞ、いつも通り怒れ。マジで一番、悔しいのはお前だろうが!いつも以上に怒って、責めて、ぶっ叩いてくれ。その方が楽だ。だって、あのリバウンドを外したアタシが悪い。僅差だった。本当に大接戦だった。あそこで、下手糞なセンターがポカをしなかったら、流れは絶対に変わった。
「ゴメン。試合はお前が出れば良かったな」
口にして後悔をした。いまのは一言、多かった。やはりダントツに不器用なのはアタシだ。
「ちっ。バーカ」
シミズはアタシから顔を背け、ボールバックを担ぎ直した。ボールバッグとバックパックは『SPALDING』のロゴが消えかかった年季物だ。当然、アタシの『molten』ロゴも醜いありさまだ。
アタシとシミズのポジションはセンター(C)だ。共に女子としては高身長だったが、シミズの方がデカかった。デカいからパワーもある。
しかし、今日の相手はもっとデカかった。そこで、小狡いプレーが得意のアタシが出番となったのだ。
「まあ、ナンダ」
この場に来て、やっとイトウが口を開いた。開いたと思ったら、しゃがれた声をだす。オイ、イトウ。お前も泣いていたな。ポイントガード(PG)はチームリーダーなのだから、シャキシャキッといてくれ。
「惜しくも、負けちまったな」
ああ、そうさ。アタシたちは惜しくも負けた。それを痛感している不器用者揃いだから、こんなに沈み切っているんだ。
「だから、カラオケに行く」
PGはゲームの立役者だ。イトウが指示した戦略はどれも優れていたが、この、脈絡なしでイキナリのカラオケ提案は相当に良いぞ。失敗したが、アタシの蹴りも現状のネガティブ状況を打開するための一計だったのだ。負に向いたベクトルをひっくり返すには、『予測できない』がキッカケでポイントだと思う。今回の作戦は、唐突的であり現実的である。現状打開に効果的な事は疑いようも無い。
「イトウさぁ」
だが、この予期せぬ提案に対し、チームのスモールフォワード(SF)が切り込む。キクチは優秀なSFで、素早く冷静だ。SFらしさを何事にも発揮し、全てを引っ掻きまわすのがとても巧い。
「俺達、カラオケなんかしたコト、無いじゃん」
「そうだねぇ。無いねえ」
あっさりと同意するチームリーダー。
「しかも、金も無いダロ」
そして、キクチは的確に急所を突くことが出来る。
「金は心配しなさんな。さっき、顧問からセビッテおいた。さらに、場所も調査済みだ。ほら、ココなんて安いし、近いだろ」
イトウはアタシたちにスマホをかざす。示された店舗は確かに近い。これもイトウがずーっと無言で、下ばかり見ていた理由だろう。
「私は行っても良いわ」
カラオケ肯定的発言はシューティングガード(SG)のエハラだ。
「だけれど、私は聞いているだけね。唄える『歌』が無いもの」
やっぱり、エハラはセンスあるSGだ。周囲を認識しているというか、状況が良く見えているというか、自分の役割を把握している。そして、エハラいつだってアタシたちのマナコを開いてくれる。
「唄う『歌』ねぇ」
「俺も無いな」
「同じ、同じ」
イトウとキクチとシミズが腕を組む。
バスケ一筋のアタシたちは流行に疎く、なあんにも知ら無い。当然、流行歌など何一つ知る筈が無い。だが、アタシには有った。流行歌では無いが、『スラムダンク』のOPとEDなら全て歌える。仕方ない、初カラオケはアタシが盛り上げてやろう。アタシ祭りにしてやる。
「まあ、ナンダ。決でも取るか。おーい、全員集合」
アタシたち六人衆は集合する。
「この中で、『持ち歌』ある奴は挙手!」
バンと突き出る二本の腕。背負ったバッグでポテト坊やが揺れている。
― マジか!
挙手をしたのは、アタシだけでは無かった。
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