06 葡萄のフレーバーティー

 男がやった方がいいことと、女の子がやった方がいいことは別だと思うんだ。例えば男性の俺がひらひらのスカートを履いてごらんよ。変態かって、城の警備兵に捕まってしまうだろう。

 何、それでも見たい?

 すね毛を剃ってないけど、それでも良いんだね紳士淑女の皆さん!


 ごほん。

 汚い話題から入ってしまったことを謝罪しよう。

 要は俺がやるのはどうかと思う仕事を頼まれたのだ。


「良いところに来たわね、暇王子!」

「ルーナたん」


 いつも通り森の小屋を訪ねると、ルーナたんが珍しく好意的に俺を迎え入れてくれた。暇王子とは俺のこと、狼の獣人シリウスのことさ。

 ルーナたんはウサギの獣人だ。

 白いふわふわの髪の上に、二本の華奢な細長い獣耳がピンと立っている。宝石みたいな赤い瞳は片方が黒い眼帯で隠されていた。

 彼女は庭の真ん中に俺を誘導する。


「さあ、踏みなさい!」


 何を。

 大きな平たい桶の中には、甘酸っぱい匂いを放つ赤紫の果実が、山と積まれている。

 葡萄だ。


「ルーナたん、これ何作るの? まさかとは思うけど……」

「お酒になる前に発酵は止めるわよ」


 どうやらルーナたんは、大量の葡萄から葡萄酒ワインを精製しようと企んでいるらしい。お酒を作るのは許可がいるけれど、庶民が自家製のお酒を密かに作るのはよくあることだ。売りに出さなければ、さほど問題ない。売りに……出さないよね?


「……王子が作ったお酒として高く売れないかしら」

「おい!」

「冗談よ」


 ルーナたんはいつでも本気だ。

 彼女は真っ白い外見と裏腹に腹黒く、不正行為に躊躇がない。

 俺は後で見張っておいた方がいいなと思いつつ、別なところで反対の声を上げた。


「だいたい俺が踏むんじゃなくて、ルーナたんが踏んでくれよ。そして俺は葡萄を踏むルーナたんを見学したい!」


 想像してみてくれ。

 男であるこの俺が、すね毛を丸出しで葡萄を踏むところを。

 踏んだ後の果汁を元に酒を作るんだぜ。

 嫌だろ。ルーナたんが踏むならともかく、俺が踏んだ後の汁を飲むのなんて、嫌すぎるだろ!


「私が踏む?」

「そうです!」

「嫌よ、疲れるもの」


 即答でした。

 ありがとうございます。


「だって体重が軽い私が踏むより、男のあんたが踏む方が絶対効率良いでしょう」

「効率と共に失われる何かを尊んでくれ……」

「意味が分からないわ」


 世の中の男性諸君、すまん。

 ルーナたんの奴隷の俺は結局、断りきれずに靴を脱いだ。念入りに水で足を洗って桶の上に乗る。葡萄がぐちゃっとつぶれた。ああ、心が痛い。

 俺はしばらく葡萄踏みにいそしんだ。

 葡萄が原型を留めないほどに踏みつぶすと、桶を降りる。

 変な体勢で足踏みしたので太ももが筋肉痛だ。


「あー、疲れた」

「お疲れ様」


 ルーナたんは桶の中を確認してから笑顔でいたわってくれる。

 例え一物も二物もあろうと、ルーナたんの笑顔は可愛くて五臓六腑に染み渡る。ああ、俺の癒し、ルーナたん……。

 桶に布を被せたルーナたんは、俺に小屋で休んでいったらどうかと提案する。俺はもちろん休ませてもらうことにした。

 小さな小屋の中の椅子に座ると、ルーナたんが飲み物を出してくれる。


「葡萄のフレーバーティーよ」


 うん、お茶の違いはよく分からん。

 ただ一仕事終えた後の俺には水分補給はありがたい。

 ほどよい温かさの赤みがかったお茶には、葡萄の爽やかな酸味が嫌みなく付加されていて飲みやすかった。


「そんなに疲れたの? 肩を揉んであげようか?」

「いいのか?!」


 思わぬ申し出に俺は歓喜する。

 ルーナたんは椅子を持ってきて俺の背後に回り込み、肩を叩き出すが、小さな手はちっとも肩に響かない。それでも俺はルーナたんと触れあっているだけで幸福を感じていたのだが。


「ああっ、こっちが疲れるわ!」


 椅子の上に膝立ちになって俺の肩を叩くのが面倒になったらしい。

 ルーナたんはいきなり叫ぶと、毛布を持ってきて木の床に広げた。


「そこに寝そべって!」

「え?!」


 恐る恐る毛布の上に身を横たえた俺の上に、ルーナたんが乗ってくる。小さな白い足でペタペタと俺の肩を踏むルーナたん。


「この方が効率が良いでしょ!」


 効率万歳!

 俺は一時前までは恨んだ効率という言葉に謝罪した。すまん、効率よ、俺が悪かった。あんたは素晴らしい。ああ、ルーナたんの素足に踏まれる幸福……。

 今日は良い日だったんだなあ。


 間違って首もとを踏まれて変なところが痛くなり、後日頭が動かせなくなるのだが、それはそれとして俺は後悔していない。後悔していないとも!


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