第8話 金を稼げ!(お前の意思で!)

 食堂から近かったので、気絶した王女はメディシアの私室へと運ばれた。外に吹っ飛んだ竜歩は何事もなかったかのように回復し、服にも泥の一欠けらすら残っていなかった。

 今、竜歩はメディシアから叱られている。彼女を強く止めなかったとして、絵ノ介もついでに。


「……ここは一応王宮です。今のこの区画には私とお嬢様しかおりませんが、あまり騒いだり壊したりすると陛下に怒られてしまいます。できるだけ静かにお願いしますよ、二人とも」

「すみませんでした……」

「あーはいはい。悪ふざけが過ぎましたよーだ」


 メディシアの注意を受けた絵ノ介と竜歩の反応は対照的だった。なにもしていない絵ノ介は真面目に反省し、竜歩は不機嫌そうに目を逸らしている。

 それに気付いた絵ノ介は、隣にいる旧知の邪神に険のある目線を送る。


「……丹羽」

「えー! 私悪くないし! むしろあの爆発のせいで死ぬ寸前まで行ったし! どちらかと言えば私被害者だしー!」


 この女は他人に対していくらでも嘘を吐くが、嘘を吐かない方が利益になるときは徹底して嘘を排した口調になる。

 具体的には『他人に自分の被害を補償させるとき』だ。相手から資産を毟るために多少は盛るが、この場合は決定的な偽証を絶対にしない。

 死ぬ寸前まで行ったというのは嘘ではないだろう。邪神と言えども人間形態の場合はくだらない事故でも死にかねない。


 だが――


「……無傷のように見えますが?」

「え? そりゃあ死ぬ前に全部自力で治したもん。焦げと欠損だらけになった身体と、ボロきれみたいになった服もね」

「そうですか。それはなによりです。無傷で済んでホッとしました」

「……あっ!」


 被害の痕跡を全部自力で消してしまったことに竜歩は気付いた。この事件を利用してもう少し王女をいじくりたかったのだが、その企ては霧散する。


 メディシアはお返しのように竜歩に微笑み、竜歩は天井を仰ぎ見た。


「……ハイ。無傷デス。特に文句はございません」

「よろしい。理屈に合わない駄々をこねないのは、あなたの美点ですよ」

「機嫌が悪いときはもっと駄々こねるからね! ホントだよ!」

「はいはい」

「もー!」


 ――いや馴染みすぎだろこの二人。なんだコレ。


 一晩(実質早朝のやり取りのみ)で竜歩とメディシアの仲が進展しすぎている。最早完全に親友レベルだ。


 メディシアの方はまだよくわからないが、ひょっとしたら竜歩の方は良からぬことを企んでいるのかもしれない。

 絵ノ介はメディシアがこちらから目を離し、王女の世話を始めたところで竜歩の腕を掴んで引っ張った。至近距離で言葉を交わす。


「いくらなんでも仲良くなるの早すぎないか?」

「私も怖いなー凄いなーと思ってたところ」

「……自覚がなかったのか?」

「いや、なんか私のむかしの友達に雰囲気が似てたからつい。とても話しやすいんだよね、アメリ……メアってばさ」


 今、別の誰かの名前と間違えて呼ぼうとしていた。どうやら裏の意図は特にないらしい。むしろ竜歩自身も戸惑っているくらいだ。


「いやーまあ顔は全然似てないんだけどねー。似てるんだよねー、あの飛行機乗りの女にさ。絵ノ介くんってアメリカ史に詳しかったっけ? 名前くらい聞いたことない? アメリ――」

「うおおおおおおおおわああああああああああっ!?」


 突如として王女が復活し、悲鳴を上げて跳ね起きたので会話は打ち切られた。

 王女の額には汗が浮かび、傍らにいるメディシアがそれを手拭いで拭いている。


 自分がメディシアの私室に運ばれたこと、部屋に絵ノ介と竜歩がいることを確認した王女はベッドから降りて、真っ直ぐ立つ。


「……金稼ぎだ!」

「あい? 王女様? 今、なんて?」


 まだ寝ぼけているのだろうか、と胡乱気な目線を絵ノ介が向けるがどこ吹く風だった。


「お父様には事前に約束を取り付けておいたのだ。どうしても魔王を倒す旅に出たいというのであれば、妾たちは五百万ルドを早急に集めなくてはならない。王政は今、諸事情で金銭面での支援ができないからな」

「メア。ちなみにこの子のお父さんって?」

「今の国王陛下ですよ、丹羽ちゃん」


 メディシアからの補足説明を受けた竜歩は、王女から『黙ってろ』と言わんばかりの鋭い目を向けられて肩を竦めた。


「協力してもらうぞ二人とも。我々は今! この場で! 冒険者パーティーを結成する!」

「冒険者パーティー……っすか」


 主導権を握っているのは王女だ。なので彼女が『そうする』と言うのであれば絵ノ介も口出しはしない。


 しないが、拭いきれない違和感がある。


(諸事情で王政からの金銭的支援ができない……?)


 彼女の話からすると、魔王を倒せるのは王族だけのはずだ。魔王の脅威がどれほどのものなのかの説明を絵ノ介はまだ詳しく受けてはいないが、随分と悠長なことを言っている。


(この女の子、なにか隠してるな。さもなくば意図的に俺たちに言ってないことがある、か)


 実のところ、はぐらかされて直接的なことを絵ノ介たちは聞けていない。

 。その明確な答えを、だ。


 話の流れから『自分たちの力だけでは足りないから』と推測はできるが、直接的にそう言われたわけではない。『力を貸してほしいから』と言われて、それ以上まったく核心には触れていない印象だった。


(……でも悪い子って感じはしないんだよなぁ。俺も丹羽に倣って、王女と仲良くしてみるか? 見た感じ、年は同じくらい……だよな?)


 快活そうな目元。短く切り揃えられた金髪。この場の誰よりも低い身長ながら、言葉から滲み出る自信。それらを見て総合的に考える。

 仲良くなれば、ポロッと本音を出してくれるかもしれない。しかし――


「む? なんだ……? 何故こっちを見ている? 妾の顔になにかついてるか?」

(女の子と仲良くってどうするんだろ。難しいな。諦めよう)

「……?」


 この方向性での情報収集を絵ノ介は早々に切り捨てた。

 三十分後にやってくる転機になど、思いもよらず。

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