第7話 勇者の末裔。王の血筋(アストラルフェロウの物語)

 アストラルフェロウ。それがこの王国の名前だ。この前に山賊を叩きのめしたあの砦は、首都と他の街を結ぶ道より少し外れた場所にある。


 このアストラルフェロウには特筆すべき歴史がある。

 約千年前、かつてこの世界を長く暗雲に巻いていた魔王がいた。彼は世界を魔物の国に堕とし、人間の歴史が断絶してしまうほどの支配を敷いた。


 やがてそれを打ち倒したのはとある名前もない小国の王女と異世界からの来訪者――後に勇者と呼ばれることになる若者だった。


 二人は長い冒険の末に結ばれ、勇者は王となり、小国はアストラルフェロウと名付けられた。


「つまり建国神話がそっくりそのまま国の成り立ちの歴史になってるんすか? それは……」

「非現実的、だろう? わかっているさ。流石に国の寿命が千年以上続くことは稀も稀。むしろ常識に照らせば不可能だということくらい、王女の妾も知っている。だが確認できた限り半分以上事実だ」


 絵ノ介の質問を制した王女は続ける。


 魔王には厄介な性質が二つあった。

 一つ、王女が今住んでいるこの世界に存在するあらゆる方法での殺傷が不可能。

 二つ、魔王は不安定な周期で必ず世界に現れる。


「ただし、一つ目の性質に関してはもう問題にならない。わかっているだろう? この世界のもので殺せないのであれば、世界の外にあるもので殺せばいい。勇者召喚の儀式とは、元は魔王を打倒するために作られたものだ」


 段々と話が見えてきたが、絵ノ介は眉を顰めた。


「まさか俺たちに『魔王がまた現れたから戦え』と?」

「有体に言えばそうだ」

ちょっと待ってよ王女様Just a moment, Princess。やるかどうかはこの際置いておこう。それでも問題だらけだ。もしも私たちが死んだらこの世界はどうなる?」

「魔王は代わりに妾が倒す。重ねて言うが、本当に問題にはならないのだ」


 竜歩の疑問に補足説明するとこうだ。


 確かに魔王は別世界の要因でなければ倒せないが、それには建国神話における勇者と王女の末裔たちも含まれる。

 王族ならば魔王を倒せるのだ。


 その補足説明を聞いた竜歩は、どこか予想通りといったような雰囲気だった。鼻から息を吐いて、椅子の背もたれに身体を預ける。


「それならそれで別の疑問がある。最初の質問に戻っちゃうねェ。なんで私たちを呼んだの?」

「もうあのミサンガは意味を成さない。だから強制はできなくなってしまったが……この世界を救う手助けをしてほしい。貴様らに望むのは、それだけだ」

「……強制はできない、ねェ。よく口の回る王女様だ。


 竜歩の口調は、最後だけ非難の色が混じっていた。顔も、付き合いの長い絵ノ介が微かにわかる程度に不満気だった。


「だって私たちには帰る手段がない。つい最近までこの世界に影も形もなかった異邦人なので身分も保証もない。この世界で私たちのことを心の底から必要としているのは、私たちの知る限りあなたたちだけだ。強制できない? してるだろ、状況で」

「フン。そこまでわかっているのならどうする?」

「従うよ。少なくとも、今はね。この邪神になんなりと、王女様」


 ――この女、よくもまあしゃあしゃあと。


 絵ノ介は恭しく、わざとらしく礼をする竜歩を呆れた目で見ていた。


 。何故なら彼女には使えない魔術は存在しない。

 彼女が使っているところを見た覚えはないが、絵ノ介も簡単なものであれば空間転移系の魔術をいくつか使える。


 かなり大がかりな準備は必要になるだろうが、彼女がその気になれば元の世界に帰ることは可能だろう。


 そんな思考回路を見透かしたのか、竜歩は絵ノ介の方へ急に顔を向けた。


「絵ノ介くん。悪いんだけどさ、私は別に間違ったことは言ってないよ」

「は?」

「空間転移系の魔術は確かに使えるけど、使いたくないの」

「……なんだって!?」


 早速当てが潰れた。縋るように竜歩を見るが、それでも彼女は首を横に振る。


「あの着物美女りょうけんおんなに二度と会いたくない……じゃなかった。時空間系の魔術は使うことにトラウマがあってさ。やるんだとしても絶対に安全な経路を見つけてからじゃないとやりたくないんだ。ごめんね」

「う……! 別に、お前が謝ることじゃない」


 この女が『やりたくない』と言うのだから、そこには相当の理由があるはずだ。邪神ですら手に余る事態に人間である絵ノ介が介入できる余地は皆無だろう。


 楽観した以上に、絵ノ介と竜歩の状況はどん詰まりらしい。


 だが竜歩はそこで気持ちを切り替えるように笑った。


「ま、大丈夫大丈夫。帰る手段を私たちは持たないってだけ。従うのも今だけだよ。しばらく緩々に頑張ろー!」

「それ本人の前で言うなよ、丹羽」

「貴様ら妾のことを舐めているな……?」


 怒りに頬の筋肉を震わせている王女だったが、竜歩はそれにふざけて応じる。


「あっれー! そんなこと言っちゃうんだ! あっれー! 王女って邪神より偉かったっけなー? あっれー?」

「え、偉いに決まっておろうが! 妾は――!」

「ステータスアイ強制起動」

「んぎゃあああああああああああああっ!?」

「お嬢様ーーーッ!?」


 竜歩がおもむろに指を弾くと、王女の目の周りに魔法陣が浮かび、彼女は悲鳴を上げて床を転げまわり始める。

 メディシアは急に起こったこの変化に面喰いつつも、すぐに王女に近寄って対応する。


 騒動はすぐに落ち着いたが、王女は肩で息をして、涙目で丹羽を睨みつける。


「きっ、貴様ァ……一体なにを……!」

「あなたの目の手術をしたの私だよ? なにも仕込んでないと思った?」

「まさか妾のステータスアイを!?」

「私の意思で起動できるように改造しちゃいましたァん!」

「お前本当容赦ねーな……」


 これはやりすぎだ、と控え目に告げると竜歩は小声で絵ノ介に伝えた。


「流石に私の姿がモロに見えるようにはしてないよ。ちょっと垣間見えるだけ」

「それでも命に係わるからな」

「向こうも私たちの命運を握ってるんだからおあいこさ」


 それだけ言うと竜歩は椅子から立ち上がり、床にへたり込んでいる王女に手を差し出そうと歩き出す。


 まだ王女が怯えたままだという事実には気付かない。

 腰が抜けた状態で、華奢な身体を震えさせ、必死に足を動かしている王女を『怖がりだなぁ』というぼんやりとした認識で流し、すぐ傍までやってきてしまった。


「ま、やるからにはさ。どうせなら仲良くやりたいよね。これでこっちも気は晴れたし、あなたもちょっとは反省したでしょ? お互いに手打ちにしようよ」

「ひィ! よ、よるなバケモノ、めっ……!」

「バケモノとは酷いなぁ。下手に探らなきゃ私は人間だよ? ほら、立って」


 本当に手を差し出そうとしただけだった。

 それだけだったのだが――


「い、いや……いやああああああああああああっ!」


 ゴウ、と王女の右手に火が灯った。

 竜歩が認識したのはそこまでだった。


「え?」


 次の瞬間には、竜歩の身体は爆発し、真後ろに吹っ飛んで窓ガラスを突き破り、どこかへと飛んで行ってしまったからだ。


「マジでェーーーッ……!?」


 遠くなっていく竜歩の驚きの声。そして、続いてぐしゃりと響く人体が落下するイヤな音。

 死んではいない。この程度で死ぬようなら邪神などやっていない。なので絵ノ介は一切竜歩の心配はしなかった。

 ただ彼女の失敗を考察するだけだ。


「あ……アイツ、ステータスアイを切るの忘れたまま王女に近付きやがったな」

「……お嬢様が気絶してしまいました」


 これでは手打ちではなく痛み分けだ。

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